13.月の言霊イベント終了
「想定以上の成果だ。ノエル、マリア」
ノエルと同じように呆気に取られているアイザックの後ろで、シエナが拍手した。
「さて、どうします?」
シエナが後ろを振り返る。
気が付くと、部屋の扉の前に、ジャンヌが立っていた。
ユリウスと他の三人も一緒だ。
ジャンヌがベッドサイドからノエルを見上げた。
「酷い目に遭ったわねぇ、ノエル。ノアにいじめられたばかりなのに、今度は魔族の玩具にされるなんて。自虐趣味でもあるのかしら?」
見上げるジャンヌの目は笑んでいるが笑っていない。
思わず無言で首を振る。
「大人しくウィリアムの婚約者になっていれば、怖い思いもしなくて済むのよ? 私が丁重にもてなしてあげるから」
マリアにしがみ付いて、フルフルと首を振る。
ノエルの小さな体を摑まえて、マリアがジャンヌから遠ざけた。
「ノエルはユリウス先生を想っているのよ。それに、ウィリアムの婚約者はレイリーだわ。想い合っている人たちの仲を裂くような真似しないで」
マリアがきっぱりと言い放った。
ノエルは血の気が下がる想いで、マリアを見上げる。
「マリア、この御方は国王陛下だよ。ウィリアムとアイザックの御母上だよ」
「え? だって、私たちより子供よ?」
マリアがノエルを見下ろす。
「見た目はね、そうなんだけどね。中身は違うんだよ」
マリアの顔が見る間に蒼褪める。
二人を眺めていたジャンヌがクックと笑いだした。
「威勢が良いわね、マリア。そういう子、嫌いじゃないわ。お母様と呼んでいいわよ。貴女はアイザックの婚約者になるのだから」
マリアが息を詰まらせながら、頬を染める。
何とも複雑な表情だ。気持ちはノエルにも理解できた。
「国王陛下、御沙汰を」
咳払いして、シエナがジャンヌを促した。
「そうねぇ。魔族の血約すら打ち消す浄化術は見事ね。覚醒を促すための一連の行動は聖魔術師としての貢献、とでもしておこうかしら。でもね、ノエル。次も優しくしてあげられるかは、わからないわ。よく覚えておきなさい」
ジャンヌの鋭い視線に、ノエルはマリアから離れて正座した。
「肝に銘じます。寛大な御沙汰と御配慮、恐悦至極に存じます」
ベッドに額が付く勢いで頭を下げた。
(ああああ、怖くて反射的に時代劇っぽいお礼しちゃったけど、伝わっただろうか)
「ワーグナー家は変わったお礼をするのね」
ジャンヌが不思議な顔をする。
原作者自ら世界観をぶっ壊したことに気が付いて、後悔した。
ジャンヌが、ちらりと後ろを覗く。
「ああ、それと。ユリウスと婚約したそうね」
ジャンヌの視線に気が付いたユリウスが、駆け寄った。
「それについては、先ほどご報告した通りです」
ジャンヌの前に立ち、手を胸にあて、礼をする。
「ええ、そうね。ノエルはわかっているのよね? あくまで優先されるのはウィリアムとの婚約よ。ノエルが私との約束を守れなければ、ユリウスとの婚約は破談よ」
ジャンヌが指でバツを作る。
「わかっています。必ず、成し遂げてみせます」
出来なければどのみち世界は破滅する。ノエルとしても必死にならざるを得ない。
ジャンヌが笑んだ。
「期待しているわ」
くるりと振り返り、部屋を出ていく。
去り際、レイリーの前を通り過ぎたジャンヌは一瞥もすることはなかった。
ジャンヌの姿が見えなくなって、ほっと息を吐く。
マリアがノエルの腕を引き、ぎゅっと抱いた。
(マリア、胸が! 君は胸がでかいんだから、あたるんだから!)
ノエルの細腕がマリアの胸に埋まる。
「ユリウス先生と婚約したのね。良かったね、ノエル。おめでとう」
マリアの目が涙ぐんでいる。
「うん……。何か色々急展開で、自分でも驚いてるけど」
「私だけのノエルじゃなくなっちゃうの、悲しいけど。さっき、沢山愛をくれたから、許してあげる」
マリアがノエルを抱き締めた。
「目が覚めたのも、浄化術が巧く使えたのも、ノエルがたくさん、愛を込めてくれたからよ。ありがとう。ノエルが誰と結婚しても、ずっと大好きよ」
小さなノエルの体がマリアの腕に収まった。
(この台詞は覚えているぞ。ミニイベントが成功した時に主人公が言うセリフだ。つまり、これは、ハッピーエンド⁉)
主人公とモブの親密度が爆上がりしたのをヒシヒシと感じた。
同時に月の言霊イベントが終了したのだと理解した。
『フレイヤの剣と聖魔術師 ミニイベント:月の言霊』 完
第二部:「魔国からの使者」に続く
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ミニイベントが終了しました。いよいよ第三章目前です。
第三章がこの物語の本髄です。引き続き、お付き合いください。
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次話も楽しんでいただけますように。
お読みいただき、ありがとうございました。 (霞花怜)