10.お仕置き
ユリウスの顔が降りてくる。
唇が触れて、ふわりと重なる。
「ユリウ、ス?」
「ノエルは、僕のものになるのは、嫌?」
「嫌じゃないけど、そうじゃなくて、意味がわからない」
「これ以上、誰かに横から持っていかれるなんて、耐えられない。魔族に食い物にされるのは、ウィリアムの婚約者にされるより嫌だ」
「私だって嫌だよ。だけど、ユリウスのものって、どういう……」
既に婚約は承諾している。
これ以上、ユリウスのものになる方法が、わからない。
「だったら、僕を受け入れて。ノエルが受け入れてくれれば、僕はもっと君を守れる」
顎を上向かされて、唇を食まれる。
薄く開いた口から侵入した舌が舌を弄ぶ。
「ぁ……ん、ぁ……」
漏れる声が自分のものと思えないくらい、甘い。
両腕を頭の上で拘束される。魔法が強くて、動けない。
ユリウスの重みで、体も逃げられない。拘束されたまま、唇を貪られる。
「僕は今、かなり怒っているんだよ。君に対しても、君の血を吸った魔族に対しても。今すぐ殺してしまいたいくらいに」
ユリウスが喉元に噛み付く。肌を舐めて、強く吸い上げる。
ピリッと痺れが走った。
見下ろすユリウスの瞳に、ゾクリとした。冷えた瞳の奥に、静かな熱が疼いて見える。
「だから今から、僕だけのノエルにしてしまおうね。もう誰も奪えないように」
ノエルだけを映した瞳が間近に迫る。
あまりにも真っ直ぐに歪んだ瞳の色に、身動きが取れなくなった。
ユリウスの手が胸に伸びる。
ノアに『呪い』を仕掛けられた時より深い場所に、指先が触れた。
「ぁっ……」
漏れかけた声を思わず飲み込んだ。
「ちゃんと僕を感じられるように、気持ち善くなれる魔法をかけてあげるよ。自分が誰のものか、体が覚えるようにね」
ユリウスの声だけが、頭の中に木霊する。
耳に吐息が掛かるだけで、全身が痺れて気持ちがいい。
「ぁ……、ぁ……、ユリウ……まっ、ぁ!」
はだけた胸の真ん中に、ユリウスが顔を埋める。
ねっとりと舌が這って、肌が熱く濡れる。
腹の奥が熱くなって、ノエルは足を曲げて耐えた。
「ぅ、ぅ……ぁ!」
ユリウスがノエルの胸を強く吸い上げた。
やけに気持ちが善くて、力が入った足の指が丸まる。
胸に何かの紋様が浮かんでいるのが見えた。
(あの紋様、どこかで……。指輪、付けられた時の、魔法陣に、似てる)
胸の紋様を一撫ですると、ユリウスが腹に触れた。
「次は、腹。気持ちイイ? ちゃんと耐えて。君の全身に僕の印を残すから」
「全身て、ぁっ! んんっ」
臍を舐め上げた舌が、ノエルの下腹を丁寧に舐め上げる。
何度も同じ場所を舐めて、最後に強く吸い上げられる。
胸より何倍も強い疼きと快楽が背中を駆け上がる。
「はぁ……はぁ……」
下腹部にも胸と同じ紋様が浮いていた。
ユリウスの手がノエルの足を持ち挙げる。
大きく開かせると、内腿にキスを落とした。
「やぁ……、はずかし、ユリウス、やだぁ」
自分でも驚くような甘えた声が出て、ノエルは口を閉じた。
内ももを執拗に舐めて、何度も吸われる。
腹が疼いて、ビクビクと体が震える。
「良い感じに敏感になってきたね。まだまだ終わらないよ。もう片方の腿にも、腕にも肩にも背中にも腰にも。それくらいしないと、僕の気が済まない」
内腿の柔らかい場所を強く吸われる。
快楽で腰が跳ねた。
気持ちの善さが疼いて溜まって、体中が震えて目に涙が溜まる。
力が入らなくて、足を立てていられない。
「ん……も、ダメ、我慢、できな……ゆるして」
「何が? 何が我慢できないの? 教えてごらん」
腹から内腿にかけて、ユリウスが指を滑らせる。
触れるか触れないかの指の感触を、肌が敏感に感じ取ろうとする。
「き、もち、良くて……。こんなの、しらな……」
「そう、ノエルは知らない気持ち善さなんだね。僕の指と舌の気持ち善さ、ちゃんと覚えて」
反対側の内腿に、ユリウスがキスをした。
這う舌で皮膚が濡れて、余計に敏感になる。
腹にどんどん疼きが溜まっていく。
「僕でしか感じられないノエルになるまで、やめないよ」
「ヤ、ムリ……、も、むり……」
くねる腰を押さえつけられて、身もだえる。
目に涙がどんどんたまって、ユリウスの顔が見えない。
舌や指の感覚しかわからなくて、余計に敏感になる。
「どんどん蕩けていくノエル、可愛いよ。今は、桜姫って呼ぼうか?」
突然、唇と舌を吸い上げられて、喘ぎすら漏らせない。
返事なんか、出来ない。
(これお仕置き、なのかな。ユリウス、怒ってる。こんなん、普通にお説教されるより、しんどい)
ぼんやりとした頭はもう、与えられる快楽に支配されている。
「んぁ……、ぁ、はぁ……」
たくさんの口付けと、知らなかった快楽が次々と体に刻み込まれていく。
意識が蕩けて、何も考えられない。
「ユリ、ウス……ユーリ、ぁ……」
普段なら出さないような甘い声で、普段なら呼ばない名前を呼ぶ。
ずっと気持ちがいいのに、弱い刺激ばかりでじれったくなる。
「この体に、もっと、僕を刻んで……、君から僕を求めるように、躾けてあげるよ」
目の前でほくそ笑んだ目が遠くなって、背中に同じ快楽と舌の感触が這った。
意識が遠くなって、浮き沈みを繰り返す。
「んっ……、んぅ……もぉ、がまん、むり」
「じゃぁ、どうしてほしいの」
耳元で聴こえる声が吐息にのって鼓膜を揺らす。
体がビクビク跳ねて、肌がぞわりと粟立つ。
「もっと……、ほしぃ……」
意識がぼんやりして、自分で話している気がしない。
何も考えない頭が、素直な気持ちをどんどん零す。
「何が? 魔族の舌が? 牙が?」
「やだ、怖い……、もう二度と、あんなの……」
震える手を伸ばす。
ノエルの震える手をユリウスが握った。
「ユーリが、ぃぃ……きもちよく、して、もっと……」
言葉を吐いた唇が、自分からユリウスの唇を食んだ。
食んだ唇が重なって、舌が入り込んでくる。
「ん……、ぅ、んっ……」
ほんの少し指先が触れるだけで震えるほど気持ちいいのに。
こんなに深く口付けられたら、おかしくなる。
「君は僕のモノだ、ノエル。次、魔族に出会っても、指一本たりとも触れさせちゃ、ダメだよ。わかったね」
小さく頷いたノエルに、ユリウスがまた囁く。
「大事な言葉を、言ってごらん。ノエル、言えるよね?」
「すき、ユリウスだけ、あいして、る……」
「ふふ……、良い子」
ゆっくりと髪を梳かれた後は、ただ気持ちが善くて、何もかもわからなかった。
どれくらい同じ行為を繰り返されたのだろう。
零れる自分の吐息も、かかるユリウスの息も熱くて、頭は完全に麻痺していた。
「これで、全身かな」
ユリウスの指が、最初の胸に戻った。
浮いている紋様を指で一撫でする。
全身に付いたユリウスの印が体の中に沁み込むように消えた。
その様を眺めて、ユリウスが満足そうに笑んだ。
「これは只のおまじないだ。だけど、君が僕のモノである証拠の印だ」
「しょうこ、の……印……」
気持ちが善くてずっと体に入っていた力が、やっと抜けた。
ユリウスの指が首筋をなぞった。
「んん……」
それだけで、体が全部、反応する。
「ノエルに不利益は起こらないから安心して良い。これはノエルを守るためのモノだから」
「守る……」
感じすぎて疲れたのか、ウトウトしてきた。
「決定的な快楽がもらえなくて、辛かったろ。今日はお仕置きだから。僕を感じて体を疼かせながら、お休み」
頬に優しいキスをされて、また気持ち善くなる。
(やっぱり、お仕置きなんだ。この人、ドSだ……。そうだよね、そうだった、知ってる……)
焦らしプレイは現実だと辛いのだと実感した。
「次はちゃんと、気持ち善くなれるように、もう僕を怒らせないようにね」
「はい、ごめんなさい……」
いつもより素直に謝った。
「もう、ユリウスを不安にさせたり、しない、怒らせたり、しない、から……」
伸ばした手を握って、ユリウスが驚いた顔をしている。
目を閉じる直前のユリウスが満足そうに笑んで見えたので、ノエルは安心して眠りに就いた。




