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モブに転生した原作者は世界を救って、攻略対象と恋をする⁉  作者: 霞花怜(Ray)
第2章:親密度アップのための甘々イベント『月の言霊』
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9.焼け残った血約

 頭が痛い。体が重い。下卑た笑みが近づいてくる。嫌だ、もう触れられたくない。なのに、逃げられなくて、明るいほうに手を伸ばす。

 そんな夢を、何度もみている。

 夢のループから逃げられない。苦しい。どうすれば、出られるんだろう。暗闇の中を、懸命に手を伸ばす。伸びてきた手を、必死に掴んだ。

 その手はひどく温かかった。


「ユリウス……」


 自分の呟きで、目が覚めた。

 見慣れた天井に、いつものベッド。

 寮の部屋のようだ。外は明るいから、昼間なんだろう。


「目が、覚めた?」


 声の方に目を向ける。

 ユリウスがベッドに座って、ノエルの手を握っていた。


(どうしたんだろう。いつもよりラフな格好だ)


 ローブを纏っていない姿は、あまり見慣れない。

 ユリウスは読んでいた本を置くと、ノエルに顔を向けた。


「体調は、どう?」


 ユリウスの言葉が、いつもより素っ気なく聞こえる。


「体調は……、頭がぼんやりして、少し痛いです。体が重くて、力が入らなそうです」

「そう。その程度で済んで、良かったよ」


 やっぱり声が冷たい。


(怒っているのかな。なんでだろう。私、何か……、あ)


 魔獣の森での出来事が、怒涛の勢いで蘇る。


(怒って当然だ。怒られるようなことをしたし、きっと心配も迷惑も掛けた)


「あの、ユリウス……」

「三日も眠っていたんだよ。昨日ようやく、君の瘴気の浄化が終わった。浄化に丸二日も掛かる瘴気なんて、常人なら死んでる」


 何も言えなかった。

 確かに辛かったけど、それほどの量だなんて思わなかった。


(カルマは、一体何がしたかったんだろう。魔石を刺激して、私をどうしたかったんだろう)


 明確な目的はわからない。只の興味本位だったのかもしれない。

 あの時の感覚を思い出して、体が震えた。


「魔獣の森の方から君の気配を感じた時は驚いたよ。探しに行ったら魔力そのものが消えて、気が気じゃなかった」

「私の魔力が、消えた?」

「君の血を吸った魔族が、空間魔法で隔離したんだろう。他の学生も瘴気でやられていたから、保護した。その後、動けるアイザックとノアの三人で君を探した」


(だからあの時、アイザックが。アイザックが先に私を見付けてくれたのか)


 自分がアイザックにしてしまったことを思い出して、目を伏せる。


「ロキは、ウィリアムやレイリーも、大丈夫でしょうか?」

「消耗はしていたけど、回復したよ。森を覆っていた瘴気が突然、消えたらしいね。障りは少なくて済んだ。今の君よりずっと元気だ。全員、寮で謹慎中だよ。僕もね」


 結果を考えれば、当然の処分だ。それだけの禁忌を、ノエルたちは犯した。結局、顧問のユリウスにまで迷惑を掛けた。


「本当に、申し訳ありませんでした」


 あまりにも申し訳なくて、他に言葉がない。

 今回は完全にノエルの計画の杜撰さが招いた事態だ。ゲームのシナリオのイメージで、簡単に考えすぎていた。


(魔獣の森の危険さは、この国に住んでいる人間なら、誰でも理解している。ゲームじゃないんだ。リセットできない、やり直しもきかない。ここは、現実なんだ)


 改めて、思い知らされた。

 ユリウスから手を離す。

 すり抜けかけた手を、ユリウスが強く掴み戻した。


「それで? 左の親指の血約は、どう言訳するつもり?」


 ユリウスの鋭い目が、ノエルを見詰める。


「いいかい、ノエル。精霊国の森に魔族が潜んでいただけでも問題なんだ。その上で、君は国王直下の聖魔術師だ。その君が魔族と血の契約を交わした。この状況が、どう受け止められ、どういう事態を招くか。考え及ばない君では、ないだろう?」


 ユリウスの言葉の意味は、ノエルにも理解できる。

 入れるはずのない魔族が進入禁止区域に潜伏していた。ノエルたちは正式な許可を得ずに森に侵入している。ノエルが引き入れ匿ったと考えられても、おかしくない。

 さらに血約は、内容によっては精霊国への裏切り行為、下手をすれば反逆罪に問われる危険性すらある。

 ユリウスは、それを危惧しているのだ。


「内容によっては、精霊国にも私自身にも、損害にもなり得る行動だったと、思います」

「何故、血約を交わした?」


 ユリウスの質問はあくまで事務的だ。

 彼が顧問として、同じ聖魔術師として事実確認をしているのだと、わかる。


「皆を、生きたまま森から返すために、私も、死なないために、です」

「契約の具体的な内容は? 密約では、ないだろうね」

 

 血約には、契約と密約がある。密約を交わした場合、口外は死に直結する。

 ノエルはユリウスに向かい、頷いた。


「始めに名前を聞かれて、応えないでいたら、皆を殺すと脅されました。なので仕方なく、私から血の契約を提案しました」


 ユリウスの顔が引き攣る。


「契約の内容は、私含め全員を生きたまま森から返すことと、私の名を使った魔術を私に行使しないこと。向こうが出してきた条件が、名前を教えること、だったので」


 もう一つの条件を伝えるのを躊躇った。聞いたらどんな反応をされるか、怖い。


「それから? 契約は対等でなければ成立しない。君が二つ唱えたのなら、相手も二つ、提示しただろう」


 ユリウスの声は静かで冷ややかだ。怖いと思うし、悲しいと思う。

 自分が悪いのに、何を甘えているのだろう。


「気が済むまで血を吸わせること、でした」


 ユリウスの纏う気が怒気を孕んだ。


「……そうか」


 ノエルの手首を掴む力が、徐々に強くなる。

 声は静かだが確実に怒りを含んでいた。


「君が血約を交わしたから、森に流れていた瘴気が消えた。ロキは昏倒するほど瘴気に中てられた状態だった。命の危険を感じた状況での君の判断は、間違ってはいなかったよ」


 ノエルを握るユリウスの手の力が、どんどん強くなる。


「でも、正解ではない」


 ユリウスの指が食い込んで、肌が血の気を無くし白くなっている。

 痛いが、離してほしくない。

 今、この手が離れたら、二度と戻っては来ない気がする。その方が、ずっと怖かった。


「血約は、あくまで契約だ。本人の同意の元に交わされる。一方的な魔法攻撃とは違う。君の中和術でも、消し去ることはできない。君の体に刻まれ、残る。それがどういう意味か、わかる?」


 ユリウスの言いたいことが、分からなかった。

 契約は守られ、失効したはずだ。もう終わったことだ。


「君が交わした血約は、相手にとってはマーキングだ。奴は、気が済むまで何度でも血を吸いにやってくる。相手の魔族が飽きるまで、この血約は、おそらく消えない」

「……え?」

「君は相手に、一度きり、と回数制限を提示したか? していないだろ。だから、まだ契約の印が残っている」


 ユリウスが乱暴にノエルの腕を持ちあげた。親指の腹を目の前に突き付けられる。

 そこには、見たことがない黒い紋様が刻まれていた。


「うそ……なんで……」


 カルマとのやり取りを思い出す。

 ノエルは、あの場限りのつもりだった。だがもしカルマが一度きりでなく、()()()気が済むまで、という意味で提示していたら。ノエルは、それに同意したことになる。


『逃がさないぜ、ノエル』


 耳元で囁かれた言葉が蘇る。


(あれは、そういう意味だったんだ)


 途端に怖くなって、体が震え出した。

 ユリウスが腕を降ろして、ノエルを見下ろす。


「魔族の瘴気は本能に作用する。君はあの時、自分がどんな状態になっていたか、わかっている? あんな行為を繰り返し、されるってことなんだよ」


 右腕と胸と肩口の噛み跡から血が流れて、頬と唇からも出血していた。服も引き裂かれていたと思う。

 何より、快楽に飲まれて、自分が自分でなくなっていた。だから、アイザックにあんな真似をしてしまったのだ。


(あの場をどうやって切り抜けるか、そればっかり考えていた。回数なんて……、あの状況じゃ、一度きりだって思って当然……いや、違う。そうじゃない)


 もし自分が作家としてそれを書くなら、カルマのように発想する。一度きりの契約など、カルマには利が少なすぎる。


(だからあんなに、あっさり契約に応じたのか。向こうの方が上手だった。魔族とは、そういう生き物、か)


 言葉の扱いには、多少なりとも自信があった。それが、ただの奢りだったと思い知らされた。

 狡猾で独善的で、ずる賢い。魔族には、言葉ですら勝てなかった。敗北感と恐怖が、腹の底から湧き上がってくる。


 突然、腕を引っ張り上げられた。体が起き上がって、ユリウスの顔が目前に迫る。今まで見たこともないくらい真剣で強い眼が、ノエルを捉えていた。

 

「君は時に、自己犠牲を厭わない。僕はそれを、美徳とは思わない。自分が死ねば解決するとでも思っている? 自分を贄にしなければ生き残れないほど、弱くはないはずだ。君は、死にたいの?」


 ノエルは、何度も首を振った。


「違う、そんな、つもりじゃなくて」


 この世界が破滅しないために、

 マリアのために、

 ノエルは本当ならもう死んでいるはずの人間だから。


(あ、そうか。私は初めから、この世界からノエルを除外して考えていたのかもしれない)


 いないはずの人間が邪魔しないように、いないはずの人間だから構わない。

 この考え方は、歪曲すれば死んでもいいと思っているのと同じかもしれない。

 ノエルという人間(自分)を大事にしようと考えたことはないかもしれないと、初めて気が付いた。


 急に、怖くなった。さっきまでカルマに感じていた恐怖とは、違う。


(モブのノエル=ワーグナーは、この現実の世界で()()()()()んだ。なんて当たり前な事実だろう)


 現実はシナリオ通りになんか進まない。事実、ここまでだって、シナリオにない展開ばかりだった。


「ごめんなさい、ユリウス。私は、他にやり方を知らない。でも、死にたくない。怖くても、もっと生きたい」


 『だから貴女も、いっぱい楽しんでね。たとえ、書いたシナリオ通りに行かなくても、人生は普通、先がわからないものだから』


 ノエルが残してくれた手紙の一文を思い出す。


(なら、私は、どうすればいいんだろう。どうするのが、正しかったんだろう)


 俯いた頭の上で、ユリウスが息を吐いた。

 握った腕が離れる。

 心細くて顔を上げたら、温かい体温が体に密着した。体を強く引き寄せられる。


「泣くほど死にたくないなら、もっと僕を頼ればいい。怖いなら、僕と一緒に生きればいい。これじゃ、何のために婚約を申し出たか、わからない」


 ユリウスに指摘されて、自分が泣いているのだと気が付いた。


「君が器用貧乏な不器用だってこと、忘れていたよ」


 本当に困った顔で、ノエルの額に額をあてる。

 頭を抱いて、ノエルの顔を胸に抱き寄せた。


「本気で心配したんだ。血塗れの君を見付けた時、自分がどうにかなりそうだった。あんな思いは、もう二度と御免だ」


 ユリウスの手が頬に触れる。

 さっきと違って、優しくて温かい。撫でられていると、気持ちが良くて安心する。


「あの時、魔石が活性化していた。瘴気だけでなく、魔力も流されたね」


 ノエルは頷いた。

 カルマが、そんなような話をしていた。


「今の君が魔石に飲まれて魔獣化することはない。けど、瘴気や魔族の魔力を強く受ければ、体が魔族の習性に近づく」


 ユリウスがノエルの左目を拭った。


「それは何か、デメリットがありますか」

「左目が赤みを帯びてきてる。半魔の、僕みたいな状態だよ。更に影響を受ければ魔石が瘴気を発するようになる。そうなれば、この国では生きられない」


 つまり、魔国に追放になるということなんだろう。

 瘴気は人心を惑わす。魔族の象徴のようなものだ。


「今の君は、いつまた魔族に狙われるかわからない。何度も血を吸われるのは、他の人間とは違う意味で危険だ。だからね」


 体が反転して、視界に天井が飛び込む。

 ユリウスに押し倒されていた。


「僕だけのノエルに、してしまおうと思うんだよ」


 言葉の意味が理解できなかった。








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お楽しみいただけましたら、『いいね』していただけると嬉しいです。

次話も楽しんでいただけますように。

お読みいただき、ありがとうございました。        (霞花怜)

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