5.魔性スズランの花畑
禍々しい気が澱む道をひたすらに進む。
瘴気が混ざり、濃くなってきた。浄化結界の内側にいても息が詰まりそうになる。
時間としては、きっと五分も歩いていない。しかし、酷く遠い道のりに思えた。
(こんなにしんどい工程だなんて、聞いてない。てか、もっと簡単に手に入るはずなのに。この辛い工程を私は全カットしたのか。大変だった、で済ませたのか)
己のシナリオと、「巻きで」と指示した制作班を呪う。
しばらくして、視界が明るくなってきた。
遠くに、ぼんやりと淡い光が浮かび上がる。
皆の足が徐々に速まる。光を目指して走り出した。
木々を抜けた先で、開けた場所に出た。
大きく開いた白いスズランが、辺り一面に咲き広がっていた。
「本当に、あった」
レイリーがぽつり、と零した。
脱力したのか、膝を折る。屈んで顔を近づけると、スズランの白が顔に反射した。
月明かりを受けた魔性スズランは、より白く輝いて、金色の蜜をたっぷりと含む姿は神々しささえ感じる。
指で揺らすと、蜜がとろりと滴り落ちた。
「良かった……」
安心して、ノエルは膝から崩れ落ちた。
(ここまで皆を巻き込んでおいて、なかったらどうしようかと思った)
この花がなければ、多分マリアは目覚めない。設定的にあるだろうとは思っていた。だが、確信がなかった。何せ、シナリオはもっと雑でシンプルだからだ。
(魔性スズランの生態から生息地から御伽噺まで、学院の図書館で調べたんだ。この世界でシナリオ書いているようなもんだ)
花畑に座り込んだ。
遠くでアイザックが花の選別をしている。
どの花を摘むか迷ってるレイリーに、ウィリアムが積んだ花を手渡している姿が見えた。
(皆、ちゃんと自分で選んでね)
魔性スズランは、ゲームの中では一人一回しか使えないアイテムだ。この世界でのルールがどうかはわからないが、おそらく似たようなものだろう。
(自分で摘んだ花しか使えないからな。私も一輪、摘んでおこう)
目の前で、蜜をたっぷりと含んだ魔性スズランを手折る。
傷付かないように保管魔法でくるんで、ポケットにしまった。
「お疲れ、ノエル」
見上げると、ロキが満面の笑みでノエルに向かって手を差し伸べていた。
その手を取って立ち上がる。
辺り一面に咲き誇る魔性スズランの花畑を見渡した。
「綺麗だね。まさか御伽噺に出てくる花を本当に見られるなんて、思っていなかったよ。全部、ノエルのお陰だ」
「皆のお陰だよ。謙遜とかじゃなくて、本当に。私一人じゃ、怖くて絶対、たどり着けなかった」
「それって、俺が手を繋いであげたお陰ってことでも、ある?」
「うん。すごく、心強かった。実は本気で怖かったから」
こんな時ばかりロキに頼るの自分は狡い、と思う。
そう思うから、顔を見られない。
腰に手を回して、ロキがノエルの体を引き寄せた。
俯いていた顔が上がる。
「じゃぁさ、月の言霊をノエルに使っても、いい?」
ロキの顔が月明かりに照らされて、妖艶に浮かび上がる。
「私は、起きてるよ……」
そんなことを聞いているのではないと、わかっている。
だが他に、言葉が出てこない。
「眠っているようなものだよ。ノエルの気持ちを起こす蜜を、流し込まないと」
ロキの顔が近付く。
ノエルは慌てて、両手を伸ばしロキを止めた。
「待って、待って、皆いるのに」
「いなければ、いいの?」
「そういうことじゃない。ロキ、変だよ。どうしたの?」
さすがに他人がいる時に、ここまで大胆な行動は、今までしなかった。
「変じゃないよ。俺、わかったんだ。ノエルは本当の気持ちに気付いていないだけだよ。俺が今、気付かせてあげるからね」
蜜を口に流し込んだロキが、花を捨てる。両手でノエルの顔を包んだ。
「ロキ、離して……ん!」
押し付けられた唇から蜜が流れ込んでくる。
顎を上げられて、喉が反射的に嚥下した。
(飲みこんじゃった。え? これって、どうなるの?)
「ほら、これでノエルは俺の……」
ロキの体が傾いて、ノエルの肩に凭れ掛かった。
脱力した体が重くて支えきれずに倒れ込んだ。
「……え? ロキ? ロキ!」
虚ろに目を開てはいるが、返事がない。
(まさか、いつの間に)
気付いたら、辺りに瘴気が充満していた。
異変に気がついたウィリアムが駆け寄ってくる。
「レイリー、浄化結界をはって! ロキに浄化術を!」
(ロキは自然属性だから、光属性のウィルたちと違って瘴気の影響を諸に受けていたんだ)
光属性の魔術師は加護のために瘴気に抵抗力がある。ノエルも光属性適応者だ。加えて闇属性特化のため抵抗力は更に高い。
だから、気付くのが遅れた。
(花畑に入る前に感じた瘴気は敵意を隠していなかった。まるで私たちを威嚇するような。でも、今の瘴気は気付かれないよう静かに充満させたような流し方だ)
人為的な意図を感じる。嫌な予感がした。
駆け寄ったレイリーが結界を展開し、ロキに浄化魔法をかける。
「俺も手伝おう」
アイザックが重ねて浄化術をかけ始めた。
(二人掛かりでも、マリアの浄化術には及ばない。今ここに、マリアがいてくれたら……。いや、違う、そうじゃない。私がもっと早くに気付くべきだったんだ)
ロキの様子がおかしいと気付いていたのに、瘴気の可能性を考えなかった。己の至らなさに腹が立つ。
(よく考えたら、私自身も変だった。いつもだったら、ここまでロキに甘えたりしない。ロキの気持ちを知っているのに、応えられないって思っているのに)
自分も瘴気の影響を受けていたことに、今更気付く。ロキが流し込んでくれた魔性スズランの蜜のせいか、頭がはっきりし始めた。
ノエルはウィリアムを見上げた。
「早く、この場を離れよう。魔獣にしては、瘴気のコントロールが巧すぎる。もしかしたら、近くに魔族が……」
後ろから、引っ張られる感じがした。
体が宙に浮いて、森の中に連れ込まれる。
「ノエル!」
ウィリアムが伸ばした手を掴めずに、空をかく。
ノエルの体は森の奥の闇へと連れ去られた。
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お読みいただき、ありがとうございました。 (霞花怜)