モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

第１章：本編Ⅰ 自分が書いた乙女ゲームの世界を守れ

46．いけないものはいつだって美味しい

　ノアはシエナとアーロに連行された。　

　ウィリアム始め、クラブのメンバーは治癒魔法室に運ばれたらしい。

（皆の怪我も、酷かっただろうな）

　特にアイザックとマリアの容態が心配だ。

（あのまま、目を覚まさないかもしれない。その時は……）

　考え込むノエルを、ユリウスが抱き上げた。

「ユリウス先生、どうしたんですか」

「僕たちも治癒魔法室に行くんだよ。魔力がカラカラだからね」

「私は、そこまで酷くないです。むしろ先生の方が、早く治療しないと」

「呪いが発動したアイザックの攻撃を防いで、ノアに散々嬲(なぶ)られた後なのに、平気なの？」

「そうだけど、ノア様に関しては、むしろ精神的ダメージの方が大きいですね」

　空間魔法の中で起きたことは、思い出したくもない。

（特にあんなユリウス、もう見たくない。ユリウスには最強チートとして君臨していて欲しい。……でも、それだけではないな。この人が傷付く姿を、私が見たくないんだ）

「そうだね。僕もだよ。それじゃぁ……」

　渡り廊下の途中の中庭に入る。

　廊下側の壁を背にして、ノエルを抱いたまま、ユリウスが座り込んだ。

「ノエルからキスしてよ」

　いつもの揶揄うトーンではない、懇願のような言葉に、戸惑う。

「さっき、しましたよ」

「あれは言霊魔法を流し込むためでしょ。そうじゃなくて、ちゃんと欲しい。ノアに自分からキスしたノエルのままに、しておきたくない」

　ノエルの下唇を、ユリウスの親指がなぞる。

「そう、でしたっけ？　実は、よく覚えてなくて」

『呪い』を埋め込まれてからの記憶が曖昧だ。

　思い出そうとすると、頭が痛くなる。

「思い出さなくていい。浮かんできたら、僕が記憶を消してあげるから」

「それ、禁忌の術式ですよ」

「禁忌を犯してもいいと思うくらい、消し去ってしまいたい」

　そんなに酷かったのかと思うと、知るのが怖い。

（でも確かに、自分からノアにキスしたんだとしたら、癪だ）

「だったら、私の魔力を貰ってください。受取ってくれるなら、キスします」

「そういう理由がないと、嫌？」

　悲し気に首を傾げるユリウスは、捨てられた子犬のようだ。

「だって、あんなに追い詰められた先生を見たのは、初めてで。本当に核が壊れちゃうんじゃないかって、心配だったから。だから、ちょっとでも補充してほしいんです」

「そっか、格好悪いところ、見せちゃったね。幻滅した？」

　ノエルは首を振った。

「格好悪いなんて、思いません。『呪い』を受けて、あれだけ抵抗し続けたら、普通は死にます。なのに、あんなに、抗って、あんなに……」

（守ろうとしてくれた。命まで捨てようとして。それが、怖かった）

　勝手に涙が零れてきて、慌てて顔を隠した。

　なんで泣いているのか、自分でもよくわからない。

「私のせいで、たくさん無理させて、ごめんなさい」

　そもそも自分が中和術なんか覚えなければ、ノアに目をつけられることも今回の事件もなかった。

　ノエルが冒頭にちゃんと死んでいたら、こんな展開もなかった。

（まるで私が自分でシナリオの展開を壊しているみたいだ。この世界を守るために来たはずなのに）

　自分のせいでユリウスを殺しかけたのだと思うと、それが何より、怖かった。

「ノエルのためなら、無理したいんだよ。僕が好きでやったことだ」

　流れるノエルの涙を、ユリウスの指が拭う。

　ノエルは、また首を振った。

「だったら私も、好きで魔力を分けますから」

　ユリウスの両頬を挟む。

　少しだけ考えた顔をして、ユリウスがノエルの体を持ち挙げた。

「え？　何？　なんですか？」

　足を開かされて、ユリウスに跨る。

　そのまま膝の上に座らされた。

「この方が、ぴったりくっ付ける」

「そうかもしれないけど、この格好は恥ずかしいです。横座りで何とか……」

　立ち上がろうとしても、ユリウスが腕を離してくれない。

「魔力を分けてくれるんでしょ？」

　小首を傾げるユリウスが、可愛く見える。

（あんなことがあった後だから、感情がやけに昂って、ちょっとおかしくなっているのかもしれない）

　もっと恥ずかしいことが既に起きているので、色々と麻痺しているのかもしれない。

　ユリウスの頬に手を添える。

　そっと唇を重ねて、押し付けた。

　薄く開いた口に舌を差し込んで、魔力を流し込む。

（温かくて、気持ちいい……。ユリウスの魔力が早く戻って、最強チートでいてくれるように。私のユリウスは、どんな時も強くて格好良くて、優しくて、ちょっと可愛い。相手を煙に巻くミステリアスキャラのはずなのに、この世界のユリウスは、ちょっと違う。ヤキモチ妬きで、無駄な心配いっぱいして、いつも隣にいて、頼りになって、何故か、私に構う……困るけど、いてくれないと、もっと困る人）

　頬に添えた手を背中に回す。

　体が自然と密着して、胸と胸がぴたりと合わさった。

　下唇を食んで、舐める。ちゅっと小さな音がして、もう一度、合わせる。

　心地よくて、眠くなってきた。

「……エル、ノエル。それ以上は、ダメだよ」

　ユリウスの声にはっとして、唇を離す。

　見上げると、顔を真っ赤にしたユリウスが、目を逸らしていた。

「それ以上、僕にくれたら、ノエルが死んじゃうよ」

「そう、ですか。あんまり、辛い感じがしなくて。むしろ、心地良かったから」

　唇を人差し指で止められた。

「ノエル、魔力には感情が乗るって、知ってた？」

「へ？　どういう意味ですか？」

「僕の魔力を分けてあげていた時は、感じなかった？」

　ユリウスから魔力を貰っていたのは、初めて会った直後だ。特に何も感じなかった。

　首を傾げていると、ユリウスが小さく息を吐いた。

「まぁ、あの頃は僕も、面白そうな子だなとしか、思っていなかったからね」

　ユリウスの顔を眺める。

　照れているように見えなくもない。

　ユリウスがノエルの頭を撫でながら、胸に抱いた。

「私の感情が、ユリウス先生にダイレクトに伝わったってことですか？」

「そうだね。百万回愛してるって言われるより、嬉しかったよ」

「え⁉　そんなつもりは全くなかったんですが」

　ユリウスがノエルの顔を見つめる。

「……もしかして、誤魔化してるんじゃなくて、本当に無自覚？」

　驚きすぎて、言葉が出ない。

　ユリウスが赤くなるくらい恥ずかしい感情を流し込んでしまったんだろうか。

（私の中に、そんな感情あるのか？　大切な人だとは、思っているけど）

　ノエルの表情を見て、ユリウスが吹き出した。

「その様子だと、感情をセーブしないで全部、僕にくれちゃったんだね」

　ユリウスがノエルの肩に顔を乗せる。

「元気になったら、今度は僕がお返しするよ。魔力から感情が流れ込んでくるのが、どんな感覚か、教えてあげる」

「んー、遠慮しておきます」

　今でも十分、ユリウスの気持ちを貰っている気分だ。

　これ以上貰ってしまうと、躱しきれなくなる。

「ダメだよ。遠慮させない。ノエルの胸を育てていいのは、僕だけでしょ」

「は？　なんですか、それ」

「何でもない。ノエルはゆっくり気付いていったら、それでいいよ」

　優しく髪を撫でられて、眠気が襲う。

　さっきよりユリウスの手が温かくなっていて、安堵した。

　ノエルの肩で寝息を立て始めたユリウスに気が付いた時には、ノエルもウトウトしていた。

　ユリウスの熱が気持ちよくて、意識が眠りに落ちていった。