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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第1章:本編Ⅰ 自分が書いた乙女ゲームの世界を守れ

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43.ラスボス・エリートチートの真意

 呆然としていた頭が、一瞬で目が覚めた。この殺気は知っている。一度殺されかけた。

 放たれた殺気に向かい、目を凝らす。

 黒いボールのような塊が、ノエル目掛けて飛んでくるのが見えた。


「ノエル、避けろ!」


 ユリウスの声が聞こえた時には、体全体で抱え込まれていた。


「ユリウ、ス」


 体に何かがぶつかったような、強い衝撃は自分ではない。ノエルを抱えるユリウスにあたったものだ。

 辺り一面が、真っ白だった。夏の庭の景色は、何処にもない。

 さっきからの急展開に、脳の処理能力が全く追いつかない。


「なんだ。結局、庇うのか」


 ユリウスの肩越しに、見たくもない顔が見えた。

 ユリウスとノエルを見下ろしている。


「お前に掛けたかった『呪い』ではないのだがな。それも悪くない。小娘を言いくるめるには、良い材料だ」

「呪い……?」


 恐る恐る、ユリウスから体を離す。

 ユリウスの胸に、『呪い』の紋様が浮かび上がっていた。


「ユリウス先生、どうして!」


 ユリウスが息を詰まらせて、胸を押さえている。

 ノエルは慌てて中和術を展開した。


「中和術を使うのは待ったほうが良い。その『呪い』を解呪すれば、ウィリアムが自死する。それでよければ、解いてやれ」

「どうして、どういう、意味?」


 何もない空間でノアが足を組む。

 椅子にでも座っているような仕草だ。


「呪いにはイレギュラーな術式を付与できる。その『呪い』には連動の術式を付与した。もっともそれは、お前に埋め込むはずの『呪い』だったのだがな」

「私に、埋め込む? 何故、そんな必要が」


 状況もノアの意図も、よく理解できない。


「お前を教会の飼い猫にするためだ。私の指示に従い、私の意志に沿ってのみ行動する魔術師。頭を使う必要はない。私の命令に沿って、仕事をこなせばそれでいい」


 ノエルは顔を顰めた。


「何を言っているのか、わからない。『呪い』で意識を操作された人間が、有能な動きなんか、できるはずがない」

「私にとり使い勝手が良ければ、それが有能だ。総ての意識を乗っ取っても、それなりには働くだろう。だが確かに、木偶人形は詰まらん。そうだな。私に従いたくなるように、感情をいじってみるか?」


 つまり、どんな状態にも精神操作可能だ、と言いたいんだろう。

 焦りが胸に広がっていく。


「わかったか? 今のユリウスが、どういう状態か。私の命令一つで、コイツはお前を簡単に殺す」


 ノアが手を挙げる。ユリウスの手がノエルの首に掛かった。

 瞳に色がない。『呪い』が発動している。

 ユリウスの手がじわじわとノエルの首を絞める。


「ぁ……ユリウ、ス……」


 すっと、力が緩んだ。咳き込みながらユリウスを見上げる。

 苦悶の表情で頭を抱えながら、ユリウスが息を荒くして、突っ伏した。


「ぁ、はぁ、ノエル、はや……ここから、早く」

「ユリウス先生、ダメです、そんなに抗ったら、魔力を消費して」


 魔力切れを起こして死んでしまう。


「ノ、エル。逃げろ。空間魔法を、中和術で壊して、外に出れば、シエナが、いる」


(そうか、空間術を解けば外にシエナとアーロがいる。聖魔術師二人を相手では、ノアも流石に逃げ切れない。外に出てウィリアムと同時にユリウスの『呪い』を解呪すれば二人とも救える)


 ノエルは両手に中和術を展開した。

 足下に思い切りぶつける。

 真っ白だった空間が緑のある夏の庭に戻った。が、すぐにまた白い空間になった。

 訳が分からなくて、ひたすら周囲を見回す。


「壊されたらまた閉じ込めればいい。空間術は一度きりしか使えない魔法ではない」


 当たり前のことを言われた。

 壊した瞬間、同じように閉じ込められたのだ。ノアなら秒より早く魔法を展開できる。


「私自身を中和でもするか? 魔力の核ごと中和すれば、逃げられるかもしれんぞ?」


 見下した目が、笑んだ。ノアが自分の胸を、とんとんと指で突く。

 確実に勝算がある目だ。


(私の中和術じゃ、ノアほどの魔術師の中和なんか無理だ。わかって言ってるんだ)


 そんなのは、ノエルもよくわかっている。

 エリートチートは規格外チートの次に、この国の最強魔術師だ。

 光属性でノアに敵う魔術師はいない。


「お前だけなら逃げられるかもしれんぞ。試してみるか? 次に会った時、私の傀儡となったユリウスがお前に何をするか知れんがな。今のままだと『呪い』に抗い、魔力切れで死ぬだろうが。ユリウスの核が壊れて平気なら、一人で逃げていいぞ」


 ノエルを庇うユリウスは大量の汗を流して、息を荒くしている。

 見た目にも、既に大量の魔力を消費しているのがわかる。

 ノエルは震える手を握り締めて、ノアを凝視した。


(コイツ……下衆だ。やってることも言ってることも最高に下衆い。考えていた以上に最低最悪のラスボス。なんて……、なんて私好みなんだ)


 THE 悪役と呼ぶにふさわしい悪行を、さらりとやってのける。

 リヨンは心を殺して教会に従う悲運のラスボスだった。

 ノアがラスボスに入れ替わったら、同情の余地すらない最低のラスボスになった。


(悪役はかくあるべきだ。自分以外は只のゴミ! 或いは駒! 自らの野望のために利用するだけの存在。人間と認識すらしていない。目的の為に手段など選ばない。自分だけが正しいから選ぶ必要がない。大事な仕事を他者に任せず自ら動く姿勢も望ましい)


 背筋がゾクゾクする。気持ちが静かに興奮する。

 書きたかった最低なラスボスは、制作サイドに却下された。乙女ゲの世界には、そぐわなかったらしい。

 目の前に理想のラスボスが現れた今に歓喜し、何より恐怖した。


(私好みの下衆ラスボスは、鬼畜の外道。そんなものが現実に存在したら、関わりたくないに決まってる。しかもリアルに人の命が掛かっている今は、普通に、いや、かなり怖い)


 現実世界でこの手合いは最早狂人、常軌を逸した人間ほど面倒な存在もいない。


(ノアは私なんかよりずっと強い。正攻法で勝てる相手じゃない。作戦を考えろ。最低に強くて下衆い思考が回るラスボスの倒し方。原作者の私になら出来る方法が、絶対にある)


 隣で息を荒げるユリウスを見詰める。


(このままじゃ、ユリウスが本当に死んでしまう。マリアに倒してほしいとか、言ってる場合じゃない。とにかく二人でこの空間から生還しなきゃ。その為には、私がノアを、ラスボスを倒さなきゃ)


 マリアはアイザックを中和術で救った。

 ノエルがこの場でラスボス(ノア)を倒したとしても、誰も見ていない空間術の中だ。

 事実はいくらでも偽造できる。あとでマリアの手柄にすればいい。


(どれだけ外道でも所詮は私の発想から生まれたキャラだ。ならば倒せる。きっと倒せる。倒せなきゃおかしい。原作者である私が引導を渡してやる! 誉に思え、華々しく散れ!)


 泣きそうになりながら懸命に自分に言い聞かせて気持ちを鼓舞する。

 少しずつ落ち着いてきた。

 重いものが、腹の下の方に下がっていく感覚だ。覚悟が決まった。

 ノエルはノアに向き合った。


「わからないことも理解できないことも多すぎます。説明をしてもらえませんか。話をするくらいの時間は、あるでしょう?」 


 ノアが詰まらないものを見る目で、ノエルを見下ろす。


「ユリウス、ノエルを摑まえておけ。下手な細工をされても、詰まらん」


 ユリウスの手がノエルに伸びる。

 後ろから羽交い絞めにされる勢いで、抱き締められた。


(ノアの命令でも、ユリウスにとって摑まえるって、こんな感じなのか)


 なんというか、ただ抱きしめられているだけだ。

 違うのは、ちょっと腕の力が強いかな、くらいだ。

 いつものユリウス過ぎて安心する。


(無理に『呪い』に抗って魔力を消費するより、いっそ従ってくれた方が時間稼ぎにもなるし、マシだけど。ノアに動かされているのは気に入らない。私が設定したユリウスってキャラは本来、ノアなんかに良いように使われたりしない)


 ノエルはノアを睨み据えた。


「古来より存在する『呪い』とは、便利な魔術だ。精神操作で頭を乗っ取り人間を駒にできる上、用済みになれば処分できる。術式が複雑で、細かな魔術付与が可能だ。なのに生成者の残滓すら残さない。同じように緻密な魔術は、今の魔術師には作れまい」


 後半の意見には同意できる。

 千年前の天才が作り上げた技術を現在の魔術師は超えられない。

 今の魔術師も決して質が悪いわけではない。しかし、そういう不思議は、この世界に限らず存在する。


(私が作った設定以上に教会が『呪い』を使いこなしている事実に一番、驚きを隠せないけどな)


 イレギュラーな『呪い』はシナリオにも紹介程度に出てくる。

 だが、ここまでメインキャラに使用する描写はない。

 そもそもアイザックの『呪い』すら、シナリオでは発動しないはずだった。


「それで、その便利な『呪い』を使って私を飼い猫にしたい理由は、何ですか」

「呪いは、今の世に必要だと思わないか?」


 ノエルの質問をガン無視して、ノアが問う。


「思いません。なくなってしまえばいいと思います」


 本当は少し、惜しいと思う。

 これほど緻密な魔法を跡形もなく無くしてしまったら、もう二度と再現できないだろう。


(魔術師としては惜しいと思うけど、『呪い』に苦しむ人がいるのも事実だ。何より、『呪い』を消し去らないと次の展開にシナリオが進まない)


「呪いは闇魔術、魔族が残した魔法体系だ。詳細を知らずとも国民は皆、『呪い』とは魔族の置き土産だと認識している。だからこそ、恐怖するのだ」

「呪いへの畏怖を煽っているのは教会でしょう。恐ろしいものだと喧伝しながら、陰でばらまく自作自演なんて……」


 何のためか。

 魔族への畏怖を忘れないためだ。


(そうだった。その設定は第一章の最後で明かされる事実。そうか、そういうことか。だからノアは私を。マリアではなく、私だったんだ。だけど、何故ノアが知って……。あぁ、分かったな。何だか全部、わかったぞ)


 答え合わせはできた。

 ノエルの中で、総てが繋がった。


「中和術を使える私が教会に組すれば、毒に対する解毒剤になる。今まで以上に『呪い』の使い勝手が良くなりますね。でも貴方の本当の狙いはそれじゃない。魔国に対する軍事強化。それに伴う中和術の禁忌解除。今のこの状況は貴方にとり目的ではない、手段だ。貴方の本当の目的は、国防強化。危機感を煽って最も動かしたかったのは国王、その目と耳であるシエナですね」


 中和術の禁忌を解除するために、アイザックの『呪い』を発動させた。中和術の有用性を見せ付けるためだ。

 しかし、アイザックの『呪い』は合法中和術の使い手であるマリアが解除してしまった。


(だから私は、ここに連れてこられた。ノアの目的は治癒系中和術ではなく戦闘系中和術の実用性を国の宰相(シエナ)に見せ付けて禁忌を解かせること)


 強靭な結界に胡坐をかいて国防をおざなりにしてきた国へ警鐘を鳴らすため。

 そのために教会が何百年も秘匿してきた暗部である『呪い』すらも利用した。

 つまりノアは自分の目的のために教会そのものを利用した。


(やってくれるじゃないか、下衆ラスボス。そんな展開は恋愛メインの乙女ゲのシナリオに組み込んでないよ。何せ本来なら戦闘系中和術を使うノエルなんてキャラ、このゲームに存在しないんだからな!)


 この展開は、ノエル=ワーグナーが生きているからこそ起きた事件だ。


 違う意味でノエルの背中に冷たいものが流れた。


ノエル()のせいでシナリオが変化した。だけど今更、この事件をなかったことにはできない。どうやって建直せば……)


 そこまで考えて、ノエルは思考を止めた。

 今は先の未来を憂いている場合ではない。

 目の前の外道ラスボスを何とかしないと未来はない。

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