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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第1章:本編Ⅰ 自分が書いた乙女ゲームの世界を守れ

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41.まさかの事態

 事件はある日突然起こるもので、事前に準備した計画なんて、運命は笑いながら一蹴する。

 人間は、何度も運命に裏切られ絶望しながら、時々起こるささやかな幸運に感謝して生きる。

 人生なんて、そんなものだ。


 それは、どうやら異世界に転生しても同じらしい。 


 ロキの雷魔法を試すために向かった夏の庭でノエルたちが目撃したのは、信じたくない光景だった。

 渦巻く闇を纏っているような異形、膨大な魔力の塊が佇んでいる。

 暴発した魔力に飲まれて本体すら確認できないそれは、アイザックの気配を漂わせていた。


「アイザック、なの……?」


 マリアの震える声は、皆の気持ちを代弁していた。

 あまりに突然の出来事に、現実を受け入れられない。


「まさか、『呪い』が発動したのか?」


 レイリーの戸惑う声が零れた瞬間、鋭い氷の刃が頬を掠めた。


「これ、アイザックの氷結魔法だね」


 氷の破片を拾い上げて、ロキの目が鋭くなる。


「呪いなら、精神操作で自死するんじゃないのか? あれでは、まるで、人を殺そうとしているようだ」


 ウィリアムが戸惑いの目を向ける。 

 魔力の塊と化したアイザックからは、確かな殺意を感じる。

 それも一人に向けられたものではない。無尽蔵に他者にばら撒かれる、意志のない殺意だ。


「呪いには、イレギュラーな魔術付与を施したタイプも存在します。リヨン様のような」


 ノエルの説明に、ウィリアムが息を飲んだ。


(そうだ、アイザックの『呪い』はイレギュラータイプ。発動すれば自身の魔力が尽きるまで、周囲の人間を殺し続ける)


 シナリオでは発動前にマリアが中和術で解呪する。

 だから実際に『呪い』が発動したアイザックはゲーム内には登場しない。


(この世界でも、アイザックの『呪い』が発動するとは、考えてなかった。人質は生かしておかなきゃ意味がない。もし発動するなら、解呪法を入手しているはず。一体、どうやって……)




 現状、『呪い』の完全解呪は二パターンしかない。

 一つは、ノエルとマリアが使う中和術。

 もう一つは、『呪い』を生成した闇魔術師自身が解除する方法だ。


(でも、本人すら解除不可という縛りを付けていたら、解除法は中和術しかない。何より、二十年近く前の『呪い』を生成した闇魔術士が生きているとは思えない。だとすれば、教会は解除手段を持っていないことになる)


 それでは交渉の余地はない。

 脅しに毒を使うなら、解毒薬は必須だ。でなければ取引が成立しない。


(一体、どういう状況で、こんなことに……)


 異形と化したアイザックの魔力が、大きく畝った。

 周囲に巻き散らかしていた魔力が集約し、こちらに向かう。


 全員に緊張が走る。


 目などどこにもないのに、異形に睨みつけられているような圧が掛かる。

 同時に無数の氷結魔法が雨のように飛んできた。


 ウィリアムが咄嗟に炎の壁で遮る。

 ロキが稲玉を空高く放り投げる。

 稲玉が割れて、無数の雷が氷の塊を撃ち落とした。


(すごい……。さっき覚えたばかりの魔法を、もう自在に使いこなしてる。やっぱり、ロキ天才)


 うっとり眺めてしまった気持ちを、頬を打って引き締め直す。


「マリア、中和術を準備しろ! 私たちが攻撃を防ぐ。レイリーはマリアの保護を!」


 攻撃を防ぎながら、ウィリアムが叫んだ。

 マリアが頷き、浄化術を展開する。その前で、レイリーが防御結界を張った。

 ノエルは闇魔術のベールを降ろした。ベールに刺さった氷の棘が、どろりと溶けた。


「自然発動した可能性はあると思うか?」


 攻撃をいなしながら、ウィリアムがノエルに問う。


「多分、ないです。あれだけの魔力量を維持しているのに、自然に発動するとは思えません」

「ならば誰かに、意図して発動を促されたか」


 ノエルは頷く。


「ノア様が、何らかの目的でアイザック様の『呪い』を発動させた、と考えるのが妥当だけど、目的が分かりません。今の時点でアイザック様を使っても、利がないはず……」

「待て! 不用意に近づくのは危険だ! 戻れ!」


 レイリーの大声に、ウィリアムとノエルが振り返る。

 一人の男子学生がこちらに走り寄ってきた。


「ウィリアム様、僕も、何かお手伝いを」


 顔も知らない男子学生だ。

 ウィリアムの前で震える男子学生は、魔力量も少なく、正直役には立たなそうに見えた。


「有難いが、君の魔力量では危険の方が大きい。この状況で君を守りながら攻撃を防ぐのは、我々の技量では至難だ。戻って安全なところへ……」

「そうですよね。僕程度じゃ、何の役にも立たない。才能も実力もあるウィリアム様とは違う。取り巻きの一人にすら、なれないんだ」

「? 何を話している?……っ!」


 男子学生がウィリアムに凭れ掛かった。


「ウィリアム様が悪いんですよ。貴方は王族で優秀で友人も多くて、何でも持っている。僕とは違う。何も持っていない僕の気持なんか、貴方にはわからない」


 ウィリアムの腹から、嫌な気配がした。


「お前、何してる!」


 ロキが男子学生を引き剥がす。

 左の脇腹に、短刀が深々と突き刺さっていた。

 ウィリアムの体が、その場に崩れる。


「僕は悪くない。悪くないんだ。やらないと、僕の『呪い』が発動するって。やらなきゃ僕はすぐに死んでしまうって」


 ぶつぶつと口の中で呟く言葉に、ノエルは、はっとした。


「ウィリアム様! 傷口を、見せてください!」


 ウィリアムに駆け寄り、腹を確認する。

 短剣が刺さる傷口に、紋様が浮かび上がっていた。


「これは、闇魔術の、『呪い』の紋様……」


 ノエルは息を飲んだ。

 ロキが男子学生の襟首を掴み上げた。


「どういうつもりだ。誰の指示だ!」


 男子学生に反応はない。目の焦点もあっていない。


「ぁ、あは、あははは!」


 笑い出した男性学生がロキを突き放した。

 ウィリアムに飛び掛かり、腹の短剣を引き抜くと、自分の胸に突き刺した。

 男子学生は自ら心臓を一突きし、絶命した。

 あまりの速さに止めることも出来ず、全員が唖然とした。


「これが、『呪い』による自死……」


 状況と本人の言葉から考えて、呪い持ちだと考えて間違いない。

 発動を仄めかして脅され、誰かに利用されたのだろう。


(誰かなんて決まっている、ノア以外いない。最初から使い捨てるつもりの駒だったんだ。アイザックを消費して、ウィリアムという人質を新たに作るための、捨て駒)


 ノエルは拳を握り締める。


「っ……ぅっ……かはっ」


 咳き込んだウィリアムの口から鮮血が流れる。

 ロキと共にウィリアムを担ぎ、レイリーの防御結界の後ろに寝かせる。


「リアム、リアム! どうして、リアムに『呪い』が」


 涙目でウィリアムに縋り付くレイリーの手を、ロキが握る。


「レイリー、落ち着け。今は、リアムの傷の手当てをするんだ。マリアの中和術があれば、『呪い』は解呪できる、だろ?」


 口元を手で覆って、レイリーが何度も頷く。

 何とか冷静を保つように、必死に言い聞かせているようだった。


 後ろの様子を気にしながらマリアは浄化術を展開している。

 光の粒子が乱れて荒い。


「飛んでくる攻撃は私とロキで引き受ける。だからマリアは、安心して中和術を練って」


 防御結界の前に出るノエルの腕を、マリアが引いた。

 逼迫した表情のマリアがノエルを見詰める。


「大丈夫だよ。きっと全部上手くいく。明日になったら、昨日は大変だったねって、皆で笑えるよ。だから今は、何があっても頑張ろう」


 マリアの手を、強く掴んで、そっと離した。


「ロキ、行こう」


 ノエルとロキは魔力の塊と化したアイザックに向かって走り出した。


「ノエル、作戦とかある?」


 ロキの表情には、焦りが見える。


(このまま消耗戦を続けるのは、得策じゃない。何よりアイザックの魔力が持たない。魔力切れを起こせば、死んでしまう)


「私が闇のベールでアイザック様を囲うから、そこに稲玉落とせる? あと何回くらい使えそう?」

「二回が限界かな」


 雷魔法は魔力消費が激しい。作ったノエルが一番よく知っている。


(根本を何とかしないといけない。マリアの中和術が完成するまでの時間稼ぎ。雷は動きを封じるには良策だけど、二回じゃ時間稼ぎには短い。どうする……)


 ノエルは自分の手を見詰めた。


(最終的には、私が中和術を使う、しかない。こういう時の為の、奥の手だ)


 ノアが何故、このタイミングでアイザックの『呪い』を発動させたのかは、わからないが、意図があるのは確実だ。


(わからないことは、考えても仕方ない。アイザックが死んだら、どのみち世界が破滅するんだ。死なせない作戦を決行するしかない)


「とにかく、動きを止めよう。稲玉、準備して」

「わかった」


 風魔法で飛び上がり、アイザックの周りにベールを巻く。

 途中、飛んでくる氷攻撃を避けながら飛行する。氷の棘はどんどん太く大きくなって矢になっていた。

 魔力を強く纏った氷の矢は手足に掠るだけで出血する。

 もろに当たると、凍り付いてしまう。避けるだけでも一苦労だ。

 一通り闇のベールを降ろしてロキを振り返る。


「ロキ、今!」


 頭上に稲玉を掲げたロキが稲妻を何本も走らせる。

 感電したアイザックが動きを止め、攻撃が止んだ。

 ちらりとマリアを窺う。焦りからか、中和術への昇華に梃子摺っているようだ。


(感電で動きを止められるのは、精々数分だ。あと一回、同じ作戦を使う前に、私が中和術を使ってしまうか)


 マリアの後ろから、黒い霧が立ち上っているのか見えた。


(なんだ、あれ。魔力が流れているのか?)


 霧の元を辿る。ウィリアムの傷口から、魔力が流れ出していた。

 黒い霧はアイザックに向かい流れる。

 ウィリアムの魔力を吸収したアイザックの闇は、更に膨れ上がった。


「嘘だろ……」


 ロキが言葉を無くす。


(これじゃぁ、アイザックもウィリアムも死んでしまう。ノアは一体、何がしたいんだ)

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