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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第1章:本編Ⅰ 自分が書いた乙女ゲームの世界を守れ

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37.鉄の宰相 シエナ=エリオット=ローレンス

「はいはーい、仲良しなところ悪いけど、ノエルは貰っていくよ」


 聞きなれた声がしたかと思ったら、体が宙に浮いた。

 気が付いたら、ユリウスに小脇に抱えられていた。


「ロキ、ごめんね。僕はノエルを他の誰かにあげるつもりはないんだ。欲しかったら実力で取り返すように」


 言うだけ言って、ユリウスはさっさと歩き出した。

 振り返ろうとしたら、ユリウスに抱え直された。


「どこから湧いて出たんですか。誤解を生む表現はやめてください」


 驚くを通り越して、呆れる。

 今の発言はどう考えても誤解されたし、ロキを煽っている。


「じゃぁ君は、ロキのものになりたいの?」

「そういう訳ではないけど、先生のものでもないですし、そもそも私はものではありません」

「それは、そうだね」


 会話しているようで会話になっていない気がする。


(そもそも、なんでこの人、ちょっと楽しそうなんだろう)


 甚だ迷惑な人間である。


「僕は何も、学生二人の《《訓練》》を邪魔しに来たわけではないよ。ノエルにお客様が来ているから、ご案内するために連行しているだけだよ」


(じゃあ、あのセリフは何だ。ロキにとって冗談では済まないだろ。それに、連行って……)


 考えすぎかもしれないが、どことなく棘を感じる。

 本気の嫉妬だろうか、と考えるのはモブ的に奢りが過ぎると思うが。


(モルモットに他の飼い主が出来ては、面倒なんだろうな)


 そう考えるのが、一番納得できた。というか、それで納得したい。


(まぁ、あれ以上、ロキと一緒にいるのは、良くなかったかもな。お互いのために。私はロキの気持ちに応えられないんだから)


 そう考えると、迎えに来てくれたのは、有難かったかもしれない。


「それならそうと言ってくれたらいいでしょう。もうちょっと、やり方があったと思いますよ」

「随分、不満そうだね。そんなにロキと離されたのが嫌だった?」

「別に、そういう訳ではなくて」


 ロキの作戦は成功だな、と思う。確実に意識している。

 自分が書くシナリオより上出来な気がする。


(次のシナリオに使おうかな。あ、でもダメだ。攻略対象にアイアンクローかます主人公は良くない。いや、それ以前に、もう私がシナリオを書く機会はないんだった)


 何だか色々疲れて、全身の力が抜けた。

 ぶらんぶらん揺れる姿を、ユリウスが感心した顔で眺めていた。


「器用に力を抜くねぇ。収穫された小麦の束みたいだよ」

「それは、どうも。もう降ろしてください」

「ロキの所に戻られても、困るしねぇ。どうしようかな」

「戻りませんよ。お客様が来ているんですよね。私に用があるのは、お客様なんですよね」


 必死に顔を上げて訴えたら、ようやく降ろしてくれた。

 目の前にはユリウスの研究室が見えた。

 どうやらここに、お客様が御見えらしい。


(結局、目的地まで担がれた)


 変な担がれ方をされたせいで、脇腹が痛い。

 摩っていたら、腰に手を回して中に誘導された。


(やっぱりユリウスも、なんか変だ。主人公以外に執着するキャラではないに)


 モヤっとする気持ちを抱えたまま通された部屋の中では、女性が一人、アーロと親しげに談話をしていた。


「ユリウス、早かったな。ノエル嬢は、もう見付かったのか」

「僕がノエルの居場所を知らないわけがないでしょ。すぐに捕獲できたよ」

「逃げた飼い猫を捕まえてきた、みてぇな言い草だなぁ。最早、立派なストーカーだぞ」


 呆れを通り越して引いているアーロの前で微笑んでいる女性。

 彼女の顔は、知っている。


 精霊国の宰相・シエナ=エリオット=ローレンス。

 国王・ジャンヌの右腕と評判高い彼女の二つ名は「鉄の女」だ。

 一見、非常にも見える改革で国内の不正を暴き浄化してきた立役者。

 今回の件が彼女に一任されるのは、全く不思議ではない。


(流れとしては予想通り。むしろ有難い。それに、さすがの動きの速さだ)


 視察の通達があってから幾日も経っていない。優秀な彼女なら、不思議ではない。

 問題は、ノエルを指名してきた今である。


(まさかのダメ出しか……? 今更、計画の変更は無理だ。ここは何とかして適当に誤魔化さないと)


 身構えるノエルの肩に手を置いて、ユリウスがシエナを牽制した。


「うちの飼い猫が怯えているから、あんまり脅かさないでほしいんだけど」

「怯え? むしろ、勇猛に食い掛ろうとしているように見えるが?」


 シエナの目がノエルを窺う。

 顔は笑っているが目がまるで笑っていない。ノエルという人間の本質を見抜かんと探る視線だ。


(食い掛ってきているのは、そっちだろ。怖いよぉ。こんな強い人に勝てるわけない。素直に謝ろう。別の作戦を考えよう)


 気持ちで、さっくり負けた。

 シエナがどんな人間か、キャラ付けした自分が誰より良く知っている。

 敵に回しては、この国で生きていけない。


「初めまして、ノエル。ユリウスから話は聞いているよ。『呪い』に打ち勝った、初の生還者だと。今も健勝である君に祝福と、賛辞を送ろう」


 シエナが立ち上がり、手を差し出す。

 びくり、と全身が震えた。


(ビビっている場合じゃない。ちゃんと挨拶しないと。とりあえず挨拶だ)


「こちらこそ、シエナ様ほどの御方に足をお運びいただくだなんて、恐縮です。ノエル=ワーグナーと申します」


 シエナが差し出した手を握る。

 マナーブックに載っていそうな、テンプレートな挨拶しかできなかった。


(手汗が酷い。早く手を離したい)


 シエナがノエルの手を握り返し、軽く引いた。

 完全に腰が引けているノエルに顔を寄せて、シエナが無遠慮に目を覗き込む。


「なるほど、確かに変わった気配だ。ユリウスが興味を持つ気持ちが、わかるね」


 耳元で囁かれて、冷や汗が止まらない。


(この人はユリウスから、何をどこまで聞いているんだ。返答の正解が全然わからない)


 鯉のように口をハクハクさせていると、後ろからユリウスがノエルの肩を引いた。

 握っていた手がようやく離れた。


「だから、脅すなといっただろ。所望されても、ノエルはあげないよ」


 はっと我に返り、ユリウスを見上げる。

 声はいつもの調子だったのに、目が全く笑っていない。

 シエナもまた、同じような目でユリウスを牽制しているように見える。


「誰に庇護を求めるかは、ノエルが決めることだ。一方的な独占は良くないな、ユーリ。お前は相変わらず、他者の感情に無関心なようだな」

「ノエルは僕の元に庇護を求めてきたんだよ。僕は常に彼女の自主性を最大限に尊重しているけど?」


 二人が笑顔で睨み合う。


(自主性を尊重されたことなんかありましたかね⁉ ていうか、シエナは私を保護しに来たのか? もしかして私、国に軟禁される?)


 ぶらりと垂れ落ちた手が、無意識にユリウスの服を掴んでいた。

 気付いたユリウスが、後ろからノエルの肩を抱いた。


「この娘は僕のものだよ。誰にも渡す気はない。相手がシエナでも、譲るつもりはないよ」


 肩を抱くユリウスの腕に力が入る。

 ユリウスの腕が魔力を纏っている。不穏な気配を感じる。


(こんなところで国相手に喧嘩とかやめてほしい、マジで)


 ユリウスがあまりに強く抱き締めるので、首が締まった。

 締まる腕をパンパン叩く。


「あぁ。ごめん」


 気の抜けた返事と同時に、腕が緩む。

 振り返って、ユリウスを睨みつけた。


「ふ、ふふっ……」


 向き直ると、シエナとアーロが二人を眺めて笑っていた。


「存外、上手くやっているようだな、ユーリ。お前にしては珍しい執着だ。飼い猫が、可愛いか?」


 シエナが気の緩んだ顔で笑んでいる。

 ぷい、と顔を逸らすユリウスは不貞腐れた子供のようだ。


「悪いなぁ、ノエル。訳がわからねぇだろ。シエナは昔、学院で教鞭をとっていたんだよ。ユリウスはその頃の生徒だ」

「加えて、従姉弟でもあるのでな。ついつい、揶揄いたくなるんだ。怯えさせてすまない、ノエル」

「はぁ……。そう、なんですか」


 アーロとシエナの言葉に、頷く。


(言われてみれば、そんな設定あったかもしれない、資料集に。ユリウス周辺の人間関係はシナリオ書いた後の、制作サイドの後付けも多いから、本当に曖昧だ)


 とはいえ、国に軟禁される事態は免れたらしい。

 悪い想像ばかりしたせいで、体に無駄な力が入っていた。

 気が抜けて、どっと疲れた。


「シエナ様は何故、私との面会を望まれたのでしょうか。私が、『呪い』の解呪者だからですか?」

「ああ、そうだ。君は本国でも稀有な存在であり、魔術師だからね。今後は何かと協力を願う事態もあるだろう。だから、これを渡したくてね」


 シエナが手の中の小箱を開く。


「イヤリング、ですか」


 雫型の赤い結晶が下がったイヤリングだった。

 全体的な意匠(デザイン)はユリウスがくれた指輪に似ている。


『貴女に、女神さまの加護があらんことを』


 囁きながら、シエナがイヤリングを付けてくれた。


「国王から君への、魔道具のプレゼントだ。『呪い』を受けて尚、生きている君に不利益が起きないよう、加護を付与してある」

「ありがとう、ございます」


(とんでもない人からプレゼントをもらってしまった。ノア対策ってところかな。国もノアと教会の所業は把握していると断定していいな)


 シエナの台詞から考えて、ノエルの作戦は支持されたと思っていいだろう。


「余計な真似をするなよ」


 ユリウスの口から、らしくない言葉が飛び出した。


「余計、ではないだろ。お前に合わせてやったんだ。感謝しろよ」


 シエナの得意な顔に、ユリウスが押し切られていた。


(ユリウスでも敵わない人っているんだな。資料集、もっとちゃんと読んでおけばよかった)


 悔しそうなユリウスの顔など、次いつ見られるかわからない。

 貴重だな、と思いながら、ノエルはぼんやりと二人を眺めていた。

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