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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第3章-4 ユグドラシルの大樹

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47.魔法の実

 大樹の側に建っている二階建ての家は、それなりに広かった。

 普段、ノルンはイズンとブラギという夫婦と共に暮らしているらしい。

 イズンとブラギは代々、ユグドラシルの大樹とウルズの泉の管理をする家系なのだという。魔国の王室が『守護者』として大事に守ってきた一族なのだそうだ。


「今日は、ココアがあるの。苦手ではない?」

「好きだよ。ノルンは? 甘いものは好き?」

「大好きよ。マシュマロもあるから、良かったらココアに浮かべて飲んでね」


 レイリーとおしゃべりするノルンは、とても楽しそうだ。

 ウィリアムはノルンの、ころころ変わる表情に目を奪われていた。

 何故、こんなにも目で追ってしまうのだろうと不思議に思う。


(よく考えると、周りにいなかったタイプの女性だからかもしれない)


 明るくて可愛らしくて可憐で清楚で、でも木に登るお転婆で。ノルンを表現する言葉を無意識に探してしまう。

 マシュマロを浮かべたココアのカップを両手で包んで一口含む。幸せそうに微笑むノルンは、何とも可愛らしい。


(無防備に笑うんだな。そんな笑顔は初めて見た……)


 と考えて、自分の思考に違和感を持った。

 ついさっき初めて会ったのだから、初めて見るのは当然だ。


(誰かに似ているのか? でも、こんな女の子らしい女の子なんて……)


 ウィリアムの周りにはいない。

 基本的に自己をしっかり主張する強くてはっきりした女性しか、思いつかない。


(だとすると外見的な特徴だろうか)


 小柄で長い髪を綺麗に二つに結い上げている。名前が、ノルン。


「あ、ノエルか」


 思わず、呟いていた。


「リアムも思うか? 私も、ノルンはノエルにどこか似ているなと思うよ」


 レイリーが何の抵抗もなくウィリアムの呟きに同意した。

 カルマの顔が見る間に険しくなった。


「おいコラ待て、俺の妹がノエルに似ているだと? いくらレイリーでも聞き捨てならねェな」

「外見的特徴が似ているよ。小柄な背丈や髪型、あと名前も」


 カルマの険しい顔がウィリアムに向いた。


「ノルンはあの女みてェに性格悪くねェし、半笑いで揶揄ってきたり、嫌味言ったりしねェからな」

「カルマはノエルが嫌いなんだな」


 レイリーが引き気味に呟く。


「確かにノエルはノルンのように、あどけなく笑ったり素直にお礼を言ってくれる娘じゃないが、心根は良い子だよ」

「リアムも大概、酷いぞ」


 レイリーが呆れた顔で呟く。


「ノエルは、表現がひねくれているだけで、素直な質の子だよ。甘え下手というか、照れ屋なんだ」


 皆の話を聞いていたノルンが、レイリーにキラキラした目を向けている。


「レイリーって素敵なお姉様なのね。きっとその人の本質をちゃんと見てくれる人なんだわ」


 ココアを含んだレイリーが照れた顔をした。


「そんな風に考えてくれるノルンも、素敵な女性だと思うよ」


 笑いかけるレイリーにノルンも笑顔で返す。


「ノエルって女の子に、私も会ってみたいわ。皆がこれだけ褒めるんだもの。きっと素敵な人なのね」

「俺は褒めてねェぞ」

「そう? カルマ兄様に嫌味を言ったり揶揄ったりできる相手って、そういないわ。仲良しなのでしょう? ウィリアム様だって、心根は良い子って言ったもの」

「君の方が良い子だよ、ノルン。どうして似ていると思うのか、自分でもよくわからないが。やっぱり見た目かな」


 ウィリアムと同時に、カルマが同じように息を吐いた。


「多分、違うよ。似ているのはもっと、本質的な部分だ。ノルンもノエルに会ったらきっと仲良くなれるよ」


 ノルンが嬉しそうにレイリーを見上げた。


 高揚術が開花してから、レイリーはすっきりした顔をしているように思う。

 話す言葉も表情も、前より自信に満ちている。レイリーが本来持っている明るさが戻ってきたように思えた。


(術の開花が理由なのか。それとも)

 

 ウィリアムはカルマを横目に覗いた。

 レイリーに前向きな変化を与えたのは、カルマではないか。自分が差し伸べられなかった救いの手をレイリーに差し出したのは、カルマだ。


『ウィリアムはレイリーのことだけ見ていればいい』


 かつてノエルに言われた言葉が、今更になって胸に刺さる。

 万人を救おうとする欺瞞めいた優しさのせいで、たった一人の大事な人を取りこぼす結果になるくらいなら。初めから独善的な愛を貫けば良かった。

 それを守ろうとした当人に指摘されたのだから、格好悪いことこの上ない。

 

「自業自得か」


 自嘲気味な声が零れた。

 隣から腕が伸びてきた。リンゴが乗った皿をカルマが回してきた。


「皮向いたから、食え。イズンおばさんが育ててる実だ。魔力の増強になる」

「普通のリンゴとは違って、魔法の実って呼ばれている特別なリンゴなのよ」


 ノルンがレイリーにリンゴを勧める。

 器用に皮を剥くカルマの姿を、ぼんやり眺める。


「お前、リンゴの皮、剝けるんだな」

「いや、普通だろ。俺を何だと思ってんだ」

「王族」


 カルマがちらりとウィリアムを見て、またすぐリンゴに視線を落とした。


「俺は外で暮らしてる方が多いから、基本的な生活は何でもできるよ。ノルンもここでの暮らしが長いから自立してる。ユミルだってリンゴくらい……剥けねェかもな」


 自信なさそうにカルマが呟いた。

 

「ユミル兄様は、あまり生活力がないのよね。お仕事や魔術なら誰にも負けないのだけれど。人には得手不得手があるもの。仕方ないわ」


 何となく安心した。

 生活力という点では、ウィリアムもきっとユミルに負けないくらい足りないと思う。

 ウィリアムの口にカルマがリンゴを突っ込んだ。


「いいから早く、食えよ。お前の増強術が開花しねェと困るのはレイリーなんだぜ」


 大変、不服な気持ちでリンゴを咀嚼する。

 一瞬で、気分が晴れた。今までに食べたことがないくらい、美味しかった。

 ノルンがウィリアムの表情を満足そうに眺めている。


「そういえば、カルマ兄様たちは、ここに何をなさりにいらしたの? 私に会いに来てくれただけではないのでしょう?」


 ノルンが小首を傾げる。


「ウルズの泉の浄化。あと、大樹の再生。レイリーの高揚術でどこまで出来るか、試す」


 リンゴを頬張りながら、カルマが至極端的に説明した。

 ノエルが見る間に表情を変え、尊敬の眼差しでレイリーを見上げた。


「高揚術って、神話に出てくる、あの? 生き物が秘めている力を目覚めさせて高める術のことよね? レイリーが術者なの? すごい……」


 レイリーが困った顔で笑う。


「それで、ノルンに頼みがあんだよ。お前の『占い』でウィルを視てやってくれねェか?」

「ノルンの『占い』?」


 レイリーの問いかけに、カルマが頷く。


「ノルンの魔術は特殊でさ。精霊の力を借りて未来を予見したり術者が内包する力を探ったりできんだよ。ある意味、精霊術みてェなもんかな。母親譲りの力だろうな」


 カルマとノルンの母親であるリンリーは光魔術師だった人間だ。精霊術が使えても不思議ではない。

 もしかしたらノルンは半魔といっても、人としての特性を強く持つ少女なのかもしれない。


 ノルンがカルマを見詰めて、立ち上がった。


「わかった! やるわ!」


 あまりの勢いに、カルマが仰け反る。


「やる気満々だな。どうした?」

「だって、カルマ兄様が私に御願い事なんて、初めてだもの! 今まで一度もなかったもの! 三人の大切なお仕事で、私もお役に立てるなら、すごく嬉しい」


 意気込むノルンにカルマが笑いかけた。


「そうか。じゃぁ、頼むな」


 その顔は普段見せることのない、優しい兄の顔だった。


「集中したいから、お部屋を変えるわ。ウィリアム様、一緒に二階の個室に来て!」


 ノルンがウィリアムの腕を引っ張る。

 ウィリアムは慌てて立ち上がった。


「おい、カルマ」


 ノルンに腕を引かれながら、ウィリアムはカルマを振り返る。

 事情が事情とはいえ、兄と婚約者の前で婚前の女性と個室に二人きりになるのは、如何なものかと思う。


「ノルンの『占い』の精度を上げるためだ、仕方ねェ。手ェ出すなよな」


 薄ら暗い目で、カルマがウィリアムを見上げた。


「出すわけないだろ」


 声が狼狽えているのが自分でもわかって恥ずかしかった。

 カルマとレイリーを二人きりにするのも嫌だったが、今はノルンと個室で二人きりになる状況の方に気を取られていた。

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