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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第3章-4 ユグドラシルの大樹

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45.魔獣の森を抜けて

 マリアたちが馬車に揺られている頃、ウィリアム達は魔獣の森の中を歩いていた。

 

「魔獣の森から魔国に入れば、その先がすぐウルズの泉で、その畔にユグドラシルの大樹がある。この森は元々、ユグドラシルの大樹を護るための鎮守の森だったんだ」


 カルマが安全な道を探しながら先導する。


「魔性スズランを探しに来た時とは、瘴気の量が全く違う。ほとんど流れていないな」


 レイリーが辺りを見回した。

 瘴気が少ないせいか、昼間のせいなのか、あの時とは景色まで違って見えた。


「あの時は俺が瘴気をコントロールしてたせいもあるなァ。侵入者だと思ったから警戒した。実際、侵入者だったしな」

「自国の森に入って何が悪い。お前の方こそ、侵入者だろう」


 ムッとして、ウィリアムはカルマに食って掛かった。

 カルマは怒るでもなく、ウィリアムを白々しい目で眺めた。


「まァ、そうなんだけどよ。そろそろ、その考え方は改めたほうが良いぜ。すぐには無理だろうが、お前らの仲間ン中で、お前だけが固定概念に囚われすぎてるように見える。苦しくねェか?」


 ウィリアムは何も言えなくなった。

 ノアの話を聞いた後、各々が考え方を変え、成すべきことを定めたように見えた。

 何より同じ王族のアイザックが、誰よりも早く切り替えた。


(兄上は昔から、そういう人だ。だが、俺は違う)


 アイザックは昔から何でも器用にこなす。ウィリアムの方が優秀に見えていたのは、アイザックが『呪い』のせいで本来の力を発揮できていなかったからだ。

 本来のアイザックは、ウィリアムよりもずっと有能な人間だ。それはウィリアムが一番よくわかっている。


 ウィリアムは前を歩くカルマに視線を向けた。


(コイツも、兄上と同類の生き物だ)


 粗野な話し方と雑な振舞で隠してはいるが、頭も切れるし行動力もある。本当はユミルよりカルマの方が優秀なのだろうと思う。

 なのに、アイザックもカルマも権威に執着しない。自分ではない誰かを立てようと、下がる生き方をする。

 ウィリアムにとってはそれが、堪らなくもどかしい。


(ユミルはカルマのことを、本当はどう思っているんだろうな)


 優秀になることを求められ続け、期待に応えようと努力を重ねても優秀になり切れなかった自分だ。今更、幼少より埋め込まれた固定概念を簡単に覆すことなど、出来るはずがない。


 ちらりとレイリーを眺める。


 レイリーは自分と似た人間だと思う。だが彼女はカルマと出会い、触れ合うことで自然とその概念を取り払った。

 それが悔しくもあり、羨ましくもあった。


(結局、変われないのは俺だけか)


 ウィリアムは小さく息を吐いた。


「もう少し行くと、魔性スズランの生息地だ。その先に、魔国と精霊国の境界線になる結界がある」


 カルマの指さす先は、大きな木で二つの道に分かれていた。

 魔性スズランを探しに来た時、強い瘴気を感じて立ち止まった場所だ。


「ここで立ち止まった時は、怖くて進むのを止めようかと思ったな」


 レイリーが懐かしそうに呟く。

 左側の道を選んで歩を進めながら、カルマがぼやいた。


「そこで引き返してくれていりゃァ、今頃こんなことには、なっていなかったかもしれないぜ。何せ、ノエルの奇石に気付いたのは、あの時だったからなァ」

「あの攻撃的な瘴気は、お前だったんだろ。俺たちを追い払うためだったのか?」

「どうだろうなァ。俺は人間、嫌いだし、脅したかっただけかもな」


 ウィリアムはカルマの腕を掴んだ。


「誤魔化すな。たまには、ちゃんと答えろ!」

 

 本当は警告を発していたのではないのか。魔族に遭遇せずに済むように、あえて恐怖を煽っていたのではないのか。

 もしそうだとしたら、何故本音を隠すのか。何故、自分の優しさや手柄を声高に主張しないのか。その態度が、ウィリアムは気に入らなかった。


 少し驚いた顔でカルマが振り返った。


「何を怒ってんだ? 別に嘘は吐いちゃァいねェよ」


 はっと我に返って、ウィリアムはカルマから手を離した。


「いや、すまない。何でもないんだ」


 顔を逸らして、後ろに下がる。

 そんなウィリアムの姿をカルマが横目で眺めていた。


 しばらく歩くと、魔性スズランの群生地が見えた。

 昼間のせいか、スズランは一様に花弁を閉じている。あの夜の夢のような光景とは全く違って、ただ白い花が咲いている花畑だった。


「この場所に魔性スズランが咲いていられんのは、ウルズの泉から水脈が流れているからだ。水そのものに魔力があるとされる命の水だ」


 花畑の脇をすり抜けて、先に進む。


「水脈は精霊国も魔国も関係なく流れているんだな」


 カルマの説明に感心しながら頷くレイリーは、どこか嬉しそうに見えた。


 一時間ほど、歩いただろうか。

 虹色の壁が視界を遮った。

 ジャンヌが敷いているフレイヤの結界だと肌で感じた。


「これが結界だ。ウィリアム、開けてくれ」


 カルマが親指で結界の壁を指さした。

 ウィリアムはポケットから鍵を取り出す。


「すごい防御結界だ。さすが、国王陛下だな。カルマはあの時、どうやってこっち側に入ったんだ?」


 結界に手をあてて見上げるレイリーがカルマに問い掛ける。

 

「革命軍のムラドって奴が結界を渡るレベルの術を使えんだよ。空間魔法と転移魔法の合わせ技みてェな技だな」

「そんな魔術が存在するんだな」


 レイリーと同じように、ウィリアムも驚いた。


「ムラドだから使えるんだろうぜ。何せアイツ、天才魔導師サーシャの一人娘だから。娘っても、普段は男の姿してるけどな。ロキの姿でクラブ室に乗り込んで来た、アイツだ」


 思わず鍵を落としそうになった。

 驚くポイントが多すぎて、どこから突っ込めばいいのか、わからない。


「サーシャ学長はムラドの侵入に気が付かなかったのだろうか。自分の娘が来たのなら、魔力の気配でわかるだろう」


 ノアやカルマがサーシャを革命軍側と疑う気持ちが、今更ながらに分かった。夫と娘が革命軍にいれば、連絡を取り合っていると思われても全く不思議ではない。


「さァなァ。サーシャは当時、赤子だったムラドを置き去りにして精霊国に帰還しているからな。娘っても、成長した姿も気配もわからねェんじゃねェの?」


 ウィリアムもレイリーも黙ったままだった。

 サーシャの精霊国への帰還が本人の希望ではなかったことくらいは、ウィリアムも知っている。国政に翻弄された魔導師だと記憶している。

 精霊国の事情で魔国に追いやられ、同じように戻されたサーシャの心情は、どれだけだっただろう。

 サーシャの家で話した時のあの反応は、サーシャのこれまでの人生の反映のように思われた。


(だからこそ、このままでは、いけないんだな)


 突き付けられる現実や新たに知る事実が、変化を求めているように聞こえる。国の境を超えるほどの変化を必要としている。


(ノエルはもっと早くから、その事実に気が付いていたんだな)


 ウィリアムは鍵を握り締めた。

 結界の一部を一時的に無効化できるカギだ。ジャンヌがこれを貸し出すことは今までになかった。息子の自分でさえ、預かったのは初めてだ。

 ジャンヌもまた、変化に対応しようとしている一人なのだろう。


「開けるぞ」


 ウィリアムは鍵を結界に差し込んだ。時計回りに九十度回転させる。

 虹色に輝いていた壁が、溶けるように消えた。

 先頭を切って、カルマが結界の穴を潜る。レイリーが後に続いた。最後にウィリアムが渡ると、振り返り、結界を閉じた。

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