41.救世の女神、爆誕
ユリウスに手を引かれて、暗闇を登っていく。
遠くに見える小さな光に、二人は飛び込んだ。
「桜姫、桜姫……」
ユリウスの声に促されて、ゆっくりと目を開く。
目の前にはユリウスの姿があった。背中に、黒い羽根が見える。
「ユリウス、背中に羽が、はえているよ」
「ああ、うん。そうだね。竜神の名残かな。覚醒したら、背中から飛び出した」
ユリウスがあまりにも淡々と話すので、驚いている自分がおかしいのかと思えてしまう。
「それって、普通なの?」
「ローズブレイド家は人じゃなくて神の方の竜神因子をもつ家系だから、体の一部に竜の特徴が残っていても不思議じゃないよ。闇魔術の魔獣化と同じで隠せるから問題ない」
ばさっと大きな音を立てて羽をたたむと、すぅと視界から消えた。
「そっか、普通か。ユリウスが大丈夫なら、良かった」
「それより桜姫の方こそ、姿がノエルじゃなくて桜姫なんだけど、どうして?」
指摘されて、ペタペタと自分の体や顔を触る。
髪が短いし、見える範囲の足もノエルより長い。
「もしかして、これは……」
ミツハが言っていた「救世の女神プロデュース」というやつだろうか。
さぁっと、血の気が下がった。
「ミツハ! ミツハ! 近くにいるんでしょ! 出てきて説明して!」
叫ぶと、白竜が姿を現した。
「もう出てきちゃったの? 早くない? もっと二人でゆっくりしてきたら良かったのに。なんなら続きとかしてきたら良かったのにぃ」
至極楽しそうに話すミツハに、若干イラっとする。
「全部、観てたんでしょ? そのあたり、今後は善処していただきたい! けど今は、私のこの姿について、説明して!」
「善処したら私の楽しみがなくなるぅ。でも、照れるんなら仕方ないかぁ。私のことは壁だと思ってくれたらいいんだけどなぁ」
白竜が姿を変えて、ミツハの姿になった。
「壁の使い方、微妙に間違ってるよ! いや、あってるのかな? でも、あれは主にBのLで腐女子が使う単語で……」
「私はさぁ、桜姫とユリウスが仲睦まじくしている姿を見ているのが幸せなのよ。だからね、ユリウスがさっき、桜姫と抱き合ってみたいとか言ってたから、しばらく桜姫の姿でいたらいいんじゃないかなぁって思ってね」
両頬に手をあてて恥じらいながらミツハが語る。
「そういう理由なの⁉」
「第一の眷族としてミツハ様に感謝の意を捧げます」
ユリウスが胸に手をあててミツハに礼をする。
「ユリウス⁉ ノリが良すぎじゃない⁉」
思わず突っ込んでしまった。
「でも僕はノエルの姿の桜姫も愛しているので、適当に戻してもらえると嬉しく思いますが」
ユリウスが幸せそうに笑む。
「そのつもりよ。だけど今はダメ。桜姫の姿は神様アピールに必要だからね。あ、ユリウスも、敬称も敬語もいらないからね」
ぴしっと指摘して、ミツハが桜姫に向き合った。
「この状況で桜姫がノエルの姿で、私が竜の姿で戻っても、特に何てことないでしょ。けど、成長した大人の女性の、しかも別人の姿で戻ったら、新しい神様キターってならない?」
ミツハの説明が微妙に俗っぽくて素直に頷けない。
「しかも白竜の私を従えて戻ったら、インパクトあると思うんだよねぇ。眷族は全員、桜姫に平伏すように伝えてあるし」
「平伏すって、何? 嫌だよ、そんなの」
ミツハがむっとして、頬を膨らます。
「じゃぁ、私の姿で戻る? 姿だけ貸すことなら出来るよ?」
「いいえ、桜姫のままでいきましょう。いや、桜姫が良い」
間髪入れずにユリウスが割って入った。
「事態はもう動き出してる。この混乱の時勢に救世主は必要だよ。ミツハの変わりならノエルの姿より桜姫の姿の方がきっと説得力がある。全部終わったら、ノエルに戻ればいい。大丈夫だよ」
ユリウスが桜姫の両手をぎゅっと握る。
裏に別の意図が隠れているような気がしてならないが、ユリウスの言葉には確かに説得力があった。
「そう、それ。そういうことが言いたかったの。さすが第一の眷族~。私の姿じゃ嫌だ~とか、しばらく桜姫の姿を愛でたい~とか聞こえた気がしたけど聞こえなかった振りするね」
「ありがとう、ミツハ。さすがは、我が主」
分かり合っている二人が、とても不思議だ。
「あとは神様っぽい服を着せて、肩に白竜の私が乗って、覚醒したユリウスがエスコートしたら、めっちゃ神様っぽくない?」
「桜姫は背が高いしスタイルが良いから、マーメイドラインの白い装束とか似合いそうだね」
「それ、いいねぇ。肩に透け感のあるベールとか付けたら神っぽい、むしろ結婚式みたーい。ユリウス正装する?」
「式は総てが終わってからしめやかに行いたいけど、折角エスコートするなら準ずる格好は必要かな」
まるで結婚式を悩むカップルとその親のような空気になってきて、桜姫は慌てて割って入った。
「待って、待って。話が逸れてる! あくまで私はノエルなんだから、姿がどれでも同じだよ!」
ユリウスとミツハが桜姫を振り返った。
「そっか、名前かぁ」
「桜姫って名前は、あんまり他の人に教えたくないなぁ」
悩みどころのベクトルが違っている。
しかし、二人は真剣だ。
「ならさ、創世の神ノエルでいいんじゃないの? この世界を造ったのは桜姫なんだし。もしくは救世の神とか、どう?」
ここ数日でミツハには見事に厨二が沁み込んだ。
いや、多分、ノエルの中に奇石が宿ってから培われた病気なんだろう。
自分のせいとは言え、何とも受け入れ難い。
「ノエルのままでいい。姿は、ミツハの影響とか、そういうことにしとく。神である必要はないよね」
「えー、でも、そのあたりの設定はちゃんと打合せしておかないと」
「全部、ミツハに任せるよ」
何となく疲れて、総てどうでも良くなった。
「そう? じゃぁ、さっきの感じで仕上げるね!」
ミツハが嬉しそうに桜姫に魔法をかける。
御伽話の御姫様のように、服装が変わった。
「さっきの話のまんまだね。こういう服は着たことがないから、ちょっと照れるな」
「なら、綺麗な桜姫を見るのは、僕が最初ってことだね」
ユリウスが手を差し出す。
戸惑いながら、その手に、手を乗せる。
くぃと引かれて、桜姫は立ち上がった。
腰を引き寄せられて、口付けられる。
「誰にも見せたくないくらい、綺麗だよ。勿体ないけど、新生ノエルのお披露目といこうか」
白竜の姿に変わったミツハが肩に乗る。
気が引き締まる思いがした。
(ここから、世界を変える戦いが始まるんだ)
空間魔法を中和術で解くと、部屋の外に出る。
ノエルの新しい戦いが幕を開けた。
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