39.欲しい気持ちが同じなら
引き続き、ロキ目線です。
確認するように、アーロがロキに問い掛けた。
「どうする、ロキ。計画通りに進めるか?」
ロキは迷わず頷く。
「相手が精霊国の大貴族様だろうと、今更引く気は無いよ。願い通り、ノエルを出荷してあげよう」
この決断は恐らく、精霊国側で動いているノアの行動に繋がる。ロキとしては願ったりだ。
ロキの言葉にテュールの方が青ざめた顔をした。
「お前は俺を止めに来たんじゃないのか? 竜神の復活を阻むような行動を眷族が取れるのか?」
混乱するテュールを余所に、ロキは平然と頷いた。
「ノエルを出荷してもミツハは復活するし、ノエルも失わない」
テュールを避けてノエルに近づく。頬に触れると、ノエルが目を開いた。
「何だよ。もう話、終わったの? まだ眠いのになぁ」
「ちゃんと話を聞いていてねってお願いしただろ。本当に寝てたの?」
伸びをしながら大欠伸するノエルを、ロキは困った顔で見下ろす。
「まさか、そのノエルは、ムラドか?」
「テュールでも気付けないもんなんだな。お前の変化術はすげぇなぁ」
ノエルの姿をしたムラドの頭をアーロが撫でる。
「当たり前だろ。僕の変化術は本人になり切ることができるんだ。足りないのは奇石くらいだよ。僕の血を吸わせても魔族にはなれないだろうから、相手先はビックリするだろうね」
悪戯に笑うムラドを眺めて、テュールが脱力した。
「ムラドまで抱き込んでいたのか。だとすれば、アジムも全部、知っているんだな」
「アジムもムラドも、テュールに総てを背負わせる気は無いよ。だから、俺たちの計画に乗ったんだ」
ロキが合図すると、風で部屋の扉が開いた。
扉の外で待っていたアジムが中に入ってきた。
「お前にばかり背負わせて、すまなかったな、テュール。ようやく終わらせる時が来たんだ」
「終わらせる? この街をか? やっとで作ったこの平和な街を、捨てる気なのか? それが、竜神の意志か?」
テュールが弱々しくアジムに縋る。
「終わらせるのは取引だけだ。街が次の段階に進むために。この街は、魔国全土の未来の姿だと、そう誓っただろ。次に進む時が、来たんだ。竜神の意志じゃない、俺たちの希望だ」
アジムの言葉にムラドが続ける。
「僕たちカリシアの竜人族は生まれた時から竜神の眷族だ。カリシアの魔力をきっかけに、奇石は目覚める。ミツハが復活してもしなくても、何も変わらないんだよ」
ロキはクラブ室での出来事を思い出していた。
ムラドが自分の姿に化けている間、ロキはムラドの姿で転がっていた。
確かにムラドがノエルの奇石に何かを仕掛けてからユリウスに吸血を促していた。あの吸血から、ユリウスの竜人因子が目覚め始めた。
テュールの目から、涙が流れた。
「たとえ、そうだとしても。アジムが思い描く未来に、俺はいられないと、話しただろうに」
「人を喰うのが辛いなら、食わずに済む未来を探そう。衝動を抑える方法は、きっとある。リンリー妃が御存命の間、お前は一人も人を喰わなかった」
テュールの表情が苦渋に染まる。
「リンリー様は、もういない。あのような聖女は、もう二度と現れない」
「リンリー様はいねぇが、リンリー様みてぇな聖女なら、いなくもないぜ」
アーロの言葉に、テュールが目を上げた。
「リンリー=ガーナバルトはローズブレイド領に住んでいた人間で、光属性のみに特化した浄化術の使い手だ。フレイヤの剣に選ばれながらも、それを退けて魔国に嫁いだ稀有な魔術師だ」
アーロがロキに笑いかける。
ロキは納得して、言葉を続けた。
「だったら、俺たちの仲間に似たような特性を持った、マリアって子がいるよ。魔族の血約すら焼き消す浄化術の使い手で、中和術も使いこなす光魔術師だ」
ロキはアジムに向かい、頷いた。
アジムもまた、ロキに頷き返す。
「今は、我々魔族だけではない。人と魔族が手を取り合い生きる未来が、夢物語ではなくなるかもしれないんだ」
アジムがテュールの手を取る。
「その場所には、お前がいてくれないと困る、テュール。きっと魔王もそれを望まれるだろうから。それが本来の、我々の役割だったはずだ」
「アジム、その話は、今は」
慌てるテュールをアジムが制する。
「この街の、神様みたいな魔法を維持しているのは魔王であるヘル=ティオラ=ヘルヘイムだよね。アジムたちは王族に反旗を翻した革命軍を気取って、その実は魔王の意志を継いだ精鋭軍だったわけだ」
テュールがロキを見上げた。困惑を隠せない表情は、当然だろう。
ロキですら、アジムに実情を聞いた時は驚いた。
「ユミルやカルマに隠匿することもまた、革命軍が担った役割だった。革命軍が落ちた時、王室を繋ぐ者が必要だったから。でもさすがに、殺すのはやり過ぎだったと思うよ」
ロキが呆れ顔でムラドを見下ろす。
「本当に死んじゃうとは思わなかったんだよ。魔族があの程度で死ぬなんて、思わないだろ!」
「広範囲中和術なら、死んでもおかしくなかっただろ」
アーロの言葉に、ムラドが言葉を失くした。
「実際はすべて、サーシャが見せた幻術だった。お前はまだ未熟な魔術師ってことだ。精進しろ、ムラド」
アジムに窘められて、ムラドが唇を噛む。
「どっちにしろ、ユミルもカルマも、俺の仲間たちも全員、生きてる。もう皆、動き始めているんだ。俺たちも足踏みしている暇はないよ」
ロキがムラドの肩に手を置いて、微笑み掛ける。
ムラドが安堵した顔でロキを見上げた。
「この人身売買は、何かしら曰くありげなメイデンバルク家に斬り込める好機だ。精霊国側で待ち構えているノア先生に、きっかけをあげないとね」
ほくそ笑むロキを、アーロが感心した顔で眺めた。
「お前、悪い顔するようになったなぁ。眷族になった影響か?」
「俺は前からこんな感じだよ。周りの人たちが勝手に俺のイメージを作っていただけだし、それに合わせてあげていただけ」
ふぅん、とアーロが鼻をならす。
「何にせよ、今が素でいられるんなら、良かったな」
眉を下げて笑むロキを、ムラドが引っ張った。
「ねぇ、ロキ。僕も頑張ったんだから、御褒美くれるよね?」
「ムラドは寝てただけだろ。頑張るのはこれからなんだから、御褒美は仕事が終わった後だよ。それに」
ロキがムラドの耳元に唇を寄せる。
「ノエルの顔をしたルティアに御褒美をあげるつもりはないよ」
「ロキの、馬鹿」
顔を赤くして俯いたムラドが呟く。
「今……、お前が知らないはずの名前がお前の口から聞こえた気がしたが、気のせいか? 気のせいでなかったら、俺が納得できる答えが聞けるんだろうな」
いつものように静かに淡々とした顔と声で、アジムがロキに近づいてくる。
聞こえないように囁いたつもりだったのに、聞こえてしまったらしい。
「多分、気のせいだと思う。そうじゃなくても、もうしばらくは気のせいってことにしておいてほしいな」
ロキが後退る。
近くに立っていたアーロがニヤつきながらロキから離れた。
「気になる娘ねぇ、そういうことか、ロキ。相変わらず手が早ぇなぁ」
「誤解を招くような言い方するなよ、アーロ! それじゃ、誰彼構わず手出ししているように聞こえるだろ! 第一、俺はまだルティアに何もしてない」
どんなに誘われても指一本触れていないのは事実だ。
ノエルには散々、抱き締めたりキスしたりした経緯はあるが、それくらいしないとノエルに意識してもらえないから、というロキなりの言い訳はある。
ずい、と顔が寄って、アジムがロキの腕を握り締めた。
「やっぱり聞こえたな。まだ、ってことは、これから、何かするつもりだったと? ご褒美って、何だ。お前の御褒美じゃないのか、それは?」
迫るアジムの服をムラドが引いた。
「父さん、僕、ロキのこと好きなんだけど。好きな人とは、そういうこと、してもいいんだよね? 好きって言ってるのに、ロキは何もしてくれないんだけど、何でダメなの?」
ムラドの爆弾発言がアジムに火をつけた。
「ムラドに何をした? お前の血魔術で誑し込んだのか? ムラドをどうするつもりだった?」
ロキを掴む腕から黒い煙が立ち上る。
「痛い、痛い! アジム、落ち着いてよ。ここには治癒術師がいないんだから、怪我とか勘弁してほしいんだけど!」
「回復魔法なら俺が使える。安心して怪我していいぞ」
テュールがしれっと恐ろしい発言をする。
ここぞとばかりに、さっきのやり取りの反撃に掛かった。
「確かに血魔術は何回か使ったけど、そのせいかどうかは、わからないよ。ノエルが目覚めてから中和術を使ってもらえば、戻るから!」
どんなに振り払ってもアジムの手が離れない。瞬きすらせず迫るアジムが怖い。
「僕もそれでいいよ。中和術を使っても、きっと変わらないから」
ムラドの言葉に、アジムが振り返った。
「ロキも父さんと同じように血魔術のせいだっていうんだ。ノエルに中和術を使ってもらってから、ちゃんと告白するからって。でも、意味ないと思うんだよね」
「ルティア……。そういうのは、秘密にしといてくれる?」
あまりの恥ずかしさに顔が熱くなる。
思わず、自分の顔を覆い隠した。
「だってロキは、僕の気持ちがわかるって、言ってくれたんだよ。母さんに会わせてくれるって、それまで一緒にいてくれるって約束してくれた。僕が欲しかったもの、全部くれたのはロキだけだよ」
心底嬉しそうに微笑むムラドを見て、アジムが手を離した。
「お前はノエルを、諦めきれるのか? ミツハの眷族になったお前が、ノエルを忘れてムラドを、ルティアを幸せにしてやれるのか?」
「ノエルにはユリウスがいる。それで十分だ。最初から、俺に入り込む余地なんかなかった。そういう俺の気持ちを癒してくれたのは、ルティアだったんだよ」
傷の舐め合いだというなら、それでいい。
一番に愛されたいと泣き叫ぶ少女を放っておけなかった。欲しがる愛が同じなら、それでいいと思った。
「中和術を試すまで、手は出すなよ」
それだけ言って、アジムは背を向けた。
「わかってるよ。最初から、そのつもりだ」
親馬鹿なアジムの背中がいつもより小さく見えた。
どくん、と心臓が沈むような圧が、体に掛かった。
同じことを感じたのか、アジムとムラドの表情が一変している。
「どうした? 何かあったか?」
三人の表情が変わったことに気が付いたアーロが、ロキの肩を掴んだ。
「きた……」
ムラドの畏怖を孕んだ呟きに、テュールが息を飲んだ。
「竜神ミツハが、復活した」
ロキの言葉に、アーロが不安の色を呈した。
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