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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第3章-3 革命軍の砦

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36.意外な来訪者②

ロキ目線です。

 客間に入ると、大変見慣れた顔がにこやかに手を挙げていた。


「よぉ、ロキ。大変だったなぁ」


 立ち上がりロキに駆け寄ったアーロが左目をじっと見つめる。


「本当に紅いな。ユリウスより濃いんじゃねぇのか。何となく雰囲気も変わったような気がするぞ」


 ロキの全身を観察するアーロを冷めた目で眺めた。


「なんでアーロ先生が普通に砦に入ってきてるんだよ。俺たちを助けに来たって雰囲気じゃないよね?」


 アーロの訪問はもっとフランクな、知り合いの家を訪ねて来た友人レベルだ。来慣れている空気を全身から醸し出している。


「ああ、何度も来ているからなぁ。俺も革命軍のメンバーだから」

「はぁ⁉ どういうことだよ。先生は聖魔術師だろ。精霊国を裏切ったの?」

「そういう訳でもねぇんだけど。説明が難しいなぁ」


 アーロが困り顔で頬を掻く。


「僕も、そのあたり詳しく聞きたいなぁ。僕には聞く権利があるよね、アーロ」


 勢いよく入ってきたユリウスが、アーロに迫った。


「アーロが潜入捜査しているんだったら、僕が革命軍潜入の依頼を受ける必要は初めからなかったよね。あれさえなければノエルが無理な計画を立てる必要もなかった。カルマやユミルに無駄に接触する必要もなかったし、誘拐される理由もなかった」


 早口で捲し立てるユリウスに、アーロの腰が引けている。


「待て待て、落ち着け。事はそう単純な問題でもないぜ」

「何があろうとなかろうと、俺たちはお前たちを攫っていたし、竜神ミツハの復活は避けられなかった。それだけは断言してやる」


 後ろに立つアジムが淡々と言い放ち、部屋の扉を閉めた。

 人数分の紅茶をテーブルに並べて、アーロの隣に腰掛けた。

 リーダーながら、こういう細やかな気遣いを忘れないアジムはマメだなと、ロキは思う。


「とにかく、俺は今回、シエナとノアの依頼でここに来た。ノエルにこれを渡してほしいって言われてな」


 アーロが巻かれた紙をユリウスに手渡した。

 紙を開いて内容を確認するユリウスの隣から、ロキも覗き見る。


「これはきっと、ノアの指揮だね。ノエルの手記でも見付けた?」

「御名答だ。誘拐される直前に、ノエルが言霊魔法でノアに伝言を残した。それに従って手記を見付けて、ノアの仕切りで皆が動いてる」


 そこには、ロキが欲しい情報があった。

 ノエルの計画実行書であり、近況報告だ。

 ノアとウィリアム、アイザックの三手に分かれて、それぞれが今できることに動いていた。


「僕たちを助け出すことは、諦めたってことかな」

「そりゃぁ、意地の悪い質問だぜ、ユリウス。精霊国はまだ、国を挙げて動けねぇ。それは魔国への配慮だ。ノエルには価値がある。殺されないと踏んでの決断だ」

「確かに価値はあるけどね。殺されないとは、限らないだろ」


 小さく漏れたユリウスの言葉は、弱かった。

 自分がノエルを殺す一因になるかもしれない危惧は、完全に消えた訳ではないからだろう。


「まぁ、良いよ。これを知ればノエルが安心するのは確かだ。ロキ、伝えられる?」


 ユリウスに紙を手渡されたが、ロキは首を横に振った。


「起きてからノエルに直接、読んでもらった方がいいと思う。ミツハを介すると、話が変わっちゃうかもしれないから」

 

 苦笑いするロキを、ユリウスが微妙な顔で眺めた。


「ロキから聞くミツハの話が、僕の竜神のイメージとかなりズレるんだけど、その神様は復活して大丈夫なのかな。ノエルの中にいるのは、ローズブレイド家が代々護り継いできた竜神ミツハで、合っているんだよね?」

「ノエルに奇石を渡したのは、ユリウスだろ。今更、間違いないよ。ユリウスも眷族になれば、俺の気持ちがわかるよ」


 ロキの表情を眺めていたユリウスが明らかに不安な表情を浮かべている。


「ロキは本当に竜神の眷族になったんだなぁ。ノエルはちゃんと、目覚められるんだよな?」


 感心する一方でノエルを案じるアーロの声に嘘はないと感じだ。


「僕が迎えに行くよ。絶対に死なせたりしない」


 ユリウスの言葉は返事というより、決意に聞こえた。


「アジムも読む? これを読めば、ノエルのイメージがまた変わると思うよ」


 ロキはアジムに近況報告書を手渡した。

 無言で受け取ったアジムが文面に目を落とす。見る見る、顔色を変えた。


「ユグドラシルの大樹とウルズの泉の浄化、魔剣の所在調査、貴族の身辺調査……? これをノエルが一人で計画したというのか?」


 驚嘆の視線にロキは頷き、ユリウスを振り返る。


「正確にはユリウスと二人で、だろ?」

「ほとんどノエルだよ。僕は少し助言しただけ。精霊国と魔国なんて、分けた考え方をノエルは初めからしていなかった。むしろ結界をなくすにはどうしたらいいかを考えていたんだ」


 アジムが絶句している。


「発想が神だろ」


 間違っていないな、とロキは思った。

 ユリウスの記憶を覗いて、ノエルと桜姫の事情は理解していた。ミツハがノエルを選んだ理由も、本人から聞いて知っている。


(ノエルが先読みして動ける理由が、やっとわかった。知っている結果に向かって走っているからなんだ)


 だからこそ、信じられる。ノエルが思い描く未来なら、どんなに無茶でも叶えられてしまうのだと。


「彼女は最初から、神様だからね」


 にこやかに話すユリウスと唖然とするアジムの温度差も、ロキには理解できた。


「まぁ、それで、だ。俺が今回、戻ってきたのは近況報告を渡すためともう一つ。革命軍に協力を依頼するためだ」


 アーロがアジムに向き直った。 


「俺が革命軍に参加していたのは、精霊国からの目付だ。アジムも、もちろん承知の上でな」

「どういうこと? 革命軍は魔族の集団だろ?」


 ロキの問いには、アジムが答えてくれた。


「俺たちはあくまで魔国の王室の反対勢力の立場を取っている。精霊国の王室に牙を剥く気は無い。だから、受け入れた」

「ま、牽制みたいなもんだな。いる以上、何かしら力にはなる。牛の世話とか畑仕事とかな」

「ああ、そういう」


 少し納得した。

 革命軍とは名ばかりで、ここは街だ。生活に根付いた仕事なら山ほどあるだろう。

 ユリウスが呆れ交じりに息を吐いた。


「アーロは損な役割ばっかりだね。僕の目付とか革命軍の目付とか偵察とか。本当は誰の味方なの?」

「俺はいつでも、友達の味方だ」


 アーロが人のよさそうな顔でニコリと笑む。


「今回はノアの依頼だが、革命軍にとっても悪い話じゃない。それはその近況報告書を読んでもらってわかる通りだ。承諾してもらえるなら、ユリウスとロキにも革命軍に参加してもらいたい。もちろん、ノエルにもな」


 ロキは息を飲んだ。

 ノアの依頼というなら、現段階ではノアたち有志の集団との協定ということなのだろう。

 それとも国王が許可を出したのだろうか。救出の代わりに革命軍を取り込むつもりなのだとしたら、それはそれで素直に喜べないやり方だ。

 悩むロキの隣で、ユリウスが間を開けずに頷いた。


「いいよ。初めから、そのつもりだったから。ノエルが起きたら、多分そうするだろうからね」

「初めからって。いつから考えてたの?」


 思わず聞いてしまった。


「納得したのは報告書を読んでからだけど、予感はここに来る前からあったかな。ノエルは革命軍の実情を知りたがってた。世間で噂される人喰集団みたいな革命軍のイメージに疑問を抱いていたからじゃないかな」


 ユリウスの視線がロキに向く。

 なるほど、と思った。

 つまり、桜姫が造った革命軍の設定と違う、ということだ。確かに今の革命軍なら、協力体制を築く余地がある。


「だったら、決まりだな。いいか、アジム」


 アジムは書面に目を落としたまま、考え込んでいた。


「ウルズの泉は浄化術で何とかするつもりか?」


 アジムの問いにアーロが首を振った。


「いいや、恐らく浄化術じゃ浄化しきれねぇだろうからって、ノアはレイリーを行かせてたぞ。高揚術の使い手だ」

「高揚術? 使える術師がいるのか?」


 アジムが目を見開く。

 普段、表情がほとんど動かないアジムには珍しい反応だが、当然かと思う。高揚術は神話の中にしか出てこない術だ。

 使える術師がいるなどと、誰も考えない。


「最近、開花したばかりだがな。増強術と抑止術の使い手もいるから、大樹や泉の再生には期待できんだろ」

「だったら、ウィリアムとカルマが一緒に行ってるってことだね。三人で大丈夫かな」


 ユリウスの疑問には、ロキも苦笑いするしかない。


「カルマが……? 死んだと報告を受けていたが、やはり生きていたのか。それより、人間と共に行動している方が、驚きだ」


 アジムが混乱しているのが、わかる。


「それとな、ユリウス。アイザックとマリアとユミルは、ローズブレイド領に向かった。お前の親父さんに話を聞きに行ったよ」


 ユリウスが表情を落として俯いた。


「そうか、そうだね。父上なら、きっと包み隠さずすべて話してくれるはずだ。僕の知らない事実までもね。その話は是非、僕も聞いてみたかったな」


 微笑むユリウスの表情は、何かを含んでいる顔だった。


「ノアはシエナと貴族の身辺調査だ。国王からの勅命だって生き生きしてたぜ。大司教の時より良い顔してて、大笑いした」

「よく勅命が下りたね。国王陛下も重い腰を上げる気になったのかな」


 目を細めたユリウスが首を傾ける。


「アイラ様が背中を押したそうだ。御婆様が眠っていらっしゃる間に膿を出し切りたいんだろうぜ」


 アーロの目も同じように細くなる。


「そうか。じゃぁ、急がなきゃいけないね。人生を掛けた大仕事を始めないとね」


 ユリウスがロキの肩に手を置いた。


「御婆様って国王陛下の御婆様のことだよね。八十年以上フレイヤの剣の継承者として君臨したって女帝。今も存命って、もしかして本当なの?」


 先代のフレイヤの剣の継承者はジャンヌの祖母で、精霊国の貴族の息女だった。長い期間、剣を所持していたことから国王以上の権力を持っていた。故に、女帝と呼ばれていた。

 ジャンヌに剣を譲って表舞台から身を引いてからも影響力を持ち、今でも延命の魔術で生きている。というのは精霊国の都市伝説みたいなものだ。


「生きているよ。聖魔術師は今でも年始の挨拶で顔を合わせるからね」

「動いている姿は滅多に見ねぇけどな。数年に数日しか目を覚まさないとか聞くけど、どこまで本当か、わからないぜ」


 二人の表情から察するに、あまり良い印象はないらしい。


「それで、アジム。どうする。協定するか?」


 アーロが思い出したようにアジムを振り返る。

 アジムがアーロに、じっとりした視線を返した。


「今更、断る理由がない。お前たちの話を聞いていて、精霊国の事情を隠す気がないのもよくわかった。そもそも、国境を考えていないと理解した」

「この状況を作り出したのは、ノエルだ。僕らにこの価値観を教えたのが、ノエルなんだ。革命軍には、ノエルが必要だろう?」


 ユリウスの言葉に、アジムは頭を抱えた。


「確かにそうなら、奇石を刺激したのは早計だったかもしれんな。ノエルのことは、すまなかった。だが、ミツハが選んだ以上、この状況はいずれ訪れた。我が革命軍にノエルという参謀を迎え入れるためにも、よろしく頼む」


 アジムがユリウスに向かい、頭を下げた。


「言われるまでもないよ。ノエルを手放すつもりなんか、微塵もないからね」


 ユリウスの表情は幽閉されていた時とは打って変わって、自信に満ちたものに変わっていた。


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次話も楽しんでいただけますように。




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