33.引きこもりの神様
久々のノエル(主人公)目線です。
混沌が蠢く雲の合間に生まれた大陸には、竜を始めとした魔獣たちが住んでいた。命が増えると生き物たちは竜を絶対神として竜神と崇めるようになった。
そこに二人の兄妹が飛来した。フレイとフレイヤと名乗る兄妹は竜神ミツハと共に同じ大地に住まう仲間となった。
フレイは魔獣と交わり子を成した。それが今の魔族の祖であるヘルヘイムである。
フレイヤは魔法で人を作った。人は人と交わり増えた。それが今の人間の祖であるフォーサイスである。
魔獣を慈しむフレイとミツハは恋に落ち、一人の子を成した。それが今の竜人の祖であるローズブレイドである。
兄を奪われ嫉妬に駆られたフレイヤはミツハを極東の大地に幽閉した。
フレイはそのことに酷く心を痛めた。フレイの心が塞がると、魔獣や魔人は怒り狂った。魔獣たちを鎮めるミツハもいない。魔獣や魔人は人を喰い殺した。
恐れ震えたフレイヤは結界を張り、魔獣たちを北方の地に閉じ込めた。
見かねたフレイは妹を抱き締め、もう二度と誰のものにもならないと誓った。
しかし、ミツハを失ったフレイの心は凍ったままで、北方の地から出てくることはなかった。
深く後悔したフレイヤはミツハに謝罪し、戻ってくるよう声を掛けた。しかし、ミツハにはもう人との間になした子があった。
ミツハはフレイヤに嘆願した。何も犯すことなく静かに過ごすから、平穏を奪わないでほしいと。
フレイヤはミツハの一族を永劫守ることを誓い、人の土地に招いた。一部の竜人は魔国に残った。それがカリシア領となった。
この時、一つだった大地は三つに分かれ、精霊国、魔国、竜国と呼ばれた。やがて竜国は精霊国の一部となり、今のローズブレイド領となった。同じようにカリシア領は魔国の一部となった。
―――――精霊国神話 序幕 創世の物語より一部抜粋。
この世界に来たばかりの頃に読み耽っていた精霊国神話の序文が頭の中に流れ込んで来た。
ろくでもない話だと思いながら読んだのを、よく覚えている。
神話とは、どこの国もどの話も得てして、碌でもないものだ。だからこそ神の血は人に繋がるのだろうとノエルは思っている。
罪を犯した神の血族が人なのだ。
だからこそ、人という存在は罪深い。
「それじゃぁ、まるで性悪説ね。考え方としてはちょっと悲しいけど、否定できない自分が辛いわ」
誰かがノエルに話しかけている。しかし自分は今、眠っているはずだ。
「体は眠っているけど、魂は起きているのよ。ゆっくり目を開いてみれば、わかるわ」
目を開く? どうやって?
いつもなら当たり前にできる行為が、よくわからなくなっている。
「あぁ、そうね。私がいるから起きられないのね。ごめんね、今、起こしてあげるから」
温かい何かがノエルに触れた。
唐突に視界が開けた。真っ白い空間が目の前に広がっている。
(ノアの空間魔法に似てるけど、違う。もっと内在的な、何なら命に近い場所にいるような)
「感覚としては、あってるかも。魂が丸裸になっているみたいな状態だから。心の中にいるようなものだから、心の声は丸聞こえよ」
どこから流れてきているのかもわからない声の主を探す。
気付いたら、目の前に女性が座っていた。左目を長い髪で隠した、美しい女性だ。
「いつから、そこに?」
「ずっと。桜姫が見たいと思ったから見えたの。受け入れてくれて、ありがとう」
女性が控えめに笑った。
「受け入れ? どういうことでしょうか? ここはどこでしょうか?」
「ノエルの心の中。貴女は今、むき出しの魂だから、桜姫の状態。私は、竜神ミツハ。奇石に宿る神様。私が存在できるのは、貴女が受け入れてくれたお陰。これで質問の答えになったかしら?」
わかったような、わからないような回答だ。
ノエルはとりあえず、自分がこうなる前のことを思い出そうとした。
「ロキだったら無事よ。半魔になって私の眷族になって元気に生きてるから」
「半魔……。眷族……」
ノエルの血を吸ったロキが変な言葉を口走っていたのを思い出す。
「すべては貴女のものって、どういう……。ロキに何をしたんですか!」
詰め寄ると、ミツハは慌てて後ろに下がった。
「あれは眷族の合言葉みたいなものだから。拘束力とかないから。ロキはロキのままだから」
「どうしてロキを眷族になんか、選んだんですか。魔族になっちゃっただけでも大変なのに、こんな風に巻き込むなんて」
ノエルの表情に気付いたミツハが悲しそうな顔をした。
「ノエルの血には私の、竜神の因子が多く含まれるから仕方なかったの。魔族と竜人は厳密には違う種族だから。今のロキは魔族じゃなくてユリウスと同じ竜人なのよ」
理解が追い付かない。
感情ばかりが先走って、何をどう整理していいか、わからなくなった。
「私がノエルを選んだから、こんなことになって、ごめんね。でも、助けてほしいの。桜姫じゃないと、きっと私を助けられないから」
ミツハがノエルの頭を撫でる。
逆立っていた感情が少しずつ凪いでいく。
「取り乱して、ごめんなさい。とりあえず、色々教えてほしいです。わからないことが多すぎて、整理できないから」
「いいのよ。ここは心の中だから、取り繕ったりできないのだし。とりあえず何から話そうか。えっとね、ああ、そうね。今は魂の状態だから、桜姫の姿よ。久しぶりでしょ、鏡見る?」
ミツハが、どこからともなく鏡を取り出した。
そこに映る姿は生前の、ノエルになる前の桜姫の姿だった。
「本当だ。懐かしい……。でも、どうして、ミツハ、様が私の前世をご存じなのでしょうか?」
「ちょっと、様とか、やめて。あと敬語もいらないから。もう魂が繋がった同士なんだし、対等で良いよ。ノエルの中にいるだけじゃ退屈だから、色々全部観てただけ」
さらっと物騒なことを言われたが、あまり驚かなかった。
感覚的に、そんな感じがしていたからだ。
それよりも最後の言葉の方が気になった。
「暇だったからアマプラ観てたみたいなノリで人のプライベート覗き見るのやめてくれない⁉」
「だって仕方ないよね。見えちゃうんだから。私、神様だから別に何か思ったりしないし、誰かに話したりもしないよ。話せる相手は桜姫だけなんだから」
「そういう問題じゃない」
桜姫は両手で顔を覆って崩れ落ちた。
そんな桜姫をミツハは静かに眺めている。
桜姫は息を吐いた。一喜一憂している自分が馬鹿らしくなってきた。
「このままじゃ、話が進まないから、とりあえず質問するね」
「あー、桜姫って、そういうところ、あるよね。別に無理に話、進めなくても良くない? 作家さんだから、そんな風に考えるの?」
「違う。今の状況でミツハと女子トークだけしていられるほど、呑気な性格じゃないんだよ、私は」
ずい、と顔を近づける。
ミツハが申し訳なさそうに笑った。
「アハハ、そっか。ごめんね。誰かと話すの千年以上振りだから、ちょっと燥いじゃったかも」
「そんなに長いこと、自分の左目に籠ってたの? 気が長すぎる話だね」
「だってさ、奇石の適応者が見つからなかったのよ。基本的に奇石が体に入って私が復活しちゃうと元の人格が消えちゃうし、それって死ぬのと同じだから、迂闊に選べないでしょ?」
「何ですと?」
血の気が下がった。
つまり今、ミツハが目の前にいる時点で、ノエルの、桜姫の死は確定ということになる。
「お前、何してくれてんだ! 助けろって体を明け渡せって意味か!」
思わずミツハに掴みかかった。
「違う、違うから。待って、桜姫。落ち着いて。ちゃんと説明するから」
はっと、直感が走った。
「奇石、のこと、ユリウスは知らなかったのかな。ずっと魔石って言ってた、でも。ローズブレイドの人間が、奇石の存在を知らないなんて、有り得るの?」
もし自分が書くとしたら、絶対にありえない。竜神に最も近い半魔であるローズブレイド家なら、奇石を保護していてもおかしくない。
竜人因子を流し込んだロキ以上に眷族に成り得る存在だ。
だから奇石を持つノエルの血で竜人因子が覚醒するのだ。
(だとしたらユリウスは、知っていて敢えて黙っていたってこと? 私の中のミツハが復活したら私が死ぬことも、知っていたんじゃ……)
更に自分が書くとしたら、ローズブレイド家の半魔なら竜神ミツハの復活を願う構図にするだろう。
(ミツハ復活のためにノエルに奇石を渡して、気付かせないようにわざと魔石だと偽って。だとしたらユリウスは、私が死んでもミツハの復活を願ってる?)
「桜姫、桜姫、一端、止まって」
ミツハが桜姫の頭に手を乗せた。
途端に頭が真っ白になる。強制的に思考を停止させられたのだとわかった。
「桜姫はいつもそうやって、一人で考えを先へ先へと進めてしまう。それは良いことでもあり、悪いことでもあるよ。その思考は大体あってるけど、一つ間違ったら、どんどんズレていく。今も、そう。訂正するから、聞いて」
ノエルは素直に頷いた。
ミツハが桜姫の前に座る。
「確かにユリウスは魔石ではなく奇石だと知っていてノエルに手渡した。でも、ノエルの体が奇石を取り込むとは思っていなかったみたい。正直、驚いたんじゃないかな。今まで私は、一度も人の体に巣食ったことはなかったから」
ミツハがじっと桜姫を見詰める。
理解したか? と問い掛ける視線に、頷いた。
「ユリウスがノエルに魔石と偽り続けたのは多分、ノエルがこの石を奇石だと認識した時点で竜神ミツハの復活の条件を一つ満たしてしまうから。ユリウスはきっと、自分にもこれは魔石だと暗示をかけていたんじゃないのかな。鋭いノエルに気付かせないためには、それくらいしないと誤魔化せないから」
「復活の条件?」
ミツハが頷く。
「竜神ミツハが復活するための条件は、三つ。一つは奇石が人の体に巣食うこと。もう一つは、内包する人間が奇石を認識すること。最後の一つは竜人因子を持つ者に吸血されること」
「どうして認識しないと、いけないの?」
ミツハが桜姫を指さした。
「奇石の中から私が出てくるため。認識はすなわち、受け入れたってことになるの」
「だからさっき、受け入れてくれて、ありがとうって言ったのか」
落胆で肩が下がる。
「アジムの話でノエルは奇石を認識した。その後、ユリウスに吸血されて、私が出てきた。けど、ユリウスの方の準備が不完全で、表にまでは出られなかった。私的には、助かったよ。桜姫が消えちゃったら、困るのは私だから」
「どういうこと?」
桜姫は顔を上げた。
「ユリウスはノエルの、奇石の竜神因子を含む血を吸うことで、自分の中の竜人因子を覚醒させる。覚醒したユリウスでないと、私を表に引き出せない」
「いや、それもそうだけど、そうじゃなくて。ミツハは、私が消えたら、困るの? 復活するために私の中に巣食ったんじゃないの?」
ミツハが首を振る。
「桜姫に助けてほしいの。私を、この世界から消してほしい。それができるのはきっと、桜姫だけだから。だから私は、桜姫を選んだのよ」
「え?……」
目の前で微笑む引きこもりの神様を、桜姫はただただ、見詰めていた。
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