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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第3章-3 革命軍の砦

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27.ロキの魔族覚醒

 脈を取り、顔を近づけて呼吸を確認する。


(生きてる、良かった。でも、このままじゃ)


 魔獣の森に入った時と同じか、あれより酷い。

 ノエルの拙い浄化術ではとても浄化しきれない瘴気を浴びていた。


(魔国に浄化術が使える魔術師なんかいない。どうすれば)


 拙いながらも浄化術をかけながら、ノエルは頭をフル回転させていた。


「もしかして、その浄化術で何とかするつもり? 馬鹿なの? 頭、悪過ぎじゃない?」


 可笑しそうに笑う少年を睨みつける。


「五月蠅い、ガキは黙ってろ」


 話し方や内容から察するに、ロキに化けてクラブ室を襲ったのはコイツだ。確か、ムラドとか呼ばれていた。ロキを魔国に連れ帰ったのも、ムラドだろう。


(コイツ、誰なんだ。私が作ったキャラの中にはいなかった。何なんだよ)


 ムラドの性格も然ることながら、知らない事実が多すぎて混乱が怒りに転嫁する。


「ガキにガキなんて言われたくないね。僕の方がよっぽど年上なんだから」


 髪を鷲掴みにされて、振り向かされた。

 ノエルの顔を覗き込んだムラドが、表情を変えて吹き出した。


「お前、泣いてんの? そっか、そっかぁ。もう助けられないって気付いてるんだ。このまま緩やかに死んでいくの見ているしかないって、わかっちゃったんだぁ」

 

 ニヤついた顔を見ていたくなくて、顔を逸らす。

 ロキの顔色がどんどん悪くなっている。

 ノエルはアジムを振り返った。


「せめてロキだけでも精霊国に返してくれませんか。私とユリウスは、ここに残るから。だから今すぐロキを」


 ムラドがノエルの顎を鷲掴みにして上向かせた。


「間に合う訳ないだろ。僕の結界を渡る術も準備に時間がかかる。その間に死んじゃうよ。しかもこれだけの瘴気、払える術師がいるの?」

「戻りさえすれば、きっと助けられる」


 マリアなら、この状態のロキを助けられる。カルマの血約すら焼き消した浄化術なら、生きてさえいれば、きっと救える。


 ノエルはムラドを強く睨みつけた。


「悪いが、生かして返すのは難しい。砦の場所は隠している。精霊国に帰ったロキが口外しないとも限らない。数千人の魔族の命と精霊国の貴族一人の命なら、天秤にかけるまでもない」


 アジムの言葉は尤もすぎて、反論できなかった。


「だったらさぁ、お前の血でロキを魔族にしてやったらいいんじゃないの?」


 ムラドの言葉が理解できなくて、ノエルは顔を顰めた。


「お前の血は人を魔族に出来るんだろ? 魔族になれば瘴気なんかに中てられないし、むしろコントロールできる。この場で生かす手段て、それしかないよ。お前に、仲間を魔族に変える度胸があれば、だけどね」 


 ムラドが可笑しそうに笑う。

 確かにユミルもそんな話をしていた。

 ロキを見下ろす。

 顔は真っ白で、手も冷たい。目の下が窪んで、呼吸も浅い。時間がないのは明白だ。


(でも、私の血にそんな力が。あったとして、ロキが魔族になっちゃったら、もう精霊国に戻れないんじゃ)


 悔しいが、ムラドの言う通りだ。一人で決断など、出来るはずがない。

 動けないノエルを眺めて、ムラドが詰まらない顔をした。


「決められないなら、本人に聞けばぁ? ロキ、起きてよ、ねぇ。お前は、どうしたい? 人のまま死にたい? それとも、魔族になってでも生きたい?」

 

 ムラドが無遠慮にロキの頬を叩く。

 ノエルはムラドの手を払いのけた。


「いい加減にしろ! ロキの命を弄ぶような真似、するな! 第一、私の血でロキが魔族になるなんて、そんな確証は……」


 涙が、ポロポロと零れる。

 ユリウスの竜神因子の覚醒だけでなく、ロキまで魔族に変えてしまうとしたら。自分の血が、自分という存在が、人の運命を弄んでいるようで、とても怖い。


「奇石は竜の隻眼だと教えただろ。今の魔族のほとんどが竜神から生まれた。お前の血液には奇石の竜神因子が多分に含まれる。流し込んでやれば因子が根付くかもしれん。絶対ではないがな」


 アジムの説明がわかりやすすぎて、かえって不安になった。

 下から手が伸びてきて、ノエルの頬を撫でた。

 冷たい指がノエルの涙を拭いとる。


「ロキ……、ロキ!」


 ロキがうっすらと目を開けて、微笑んでいた。


「ノエルの血を、ちょうだい」


 乾いた唇が、かすかに声を発する。


「でも、でも。そんなことしたら、ロキは魔族になっちゃうかもしれないんだよ。精霊国には、もう、戻れないかもしれないんだよ」

「どのみち死ぬなら、同じだよ。俺はまだ、生きたいんだ」


 言葉が出てこない。

 代わりに涙が、とめどなく溢れる。


「ノエルが俺のために泣いてくれるのは、嬉しいけど。笑ってる顔の方が好きだ」


 生気のない顔でロキが弱々しく笑う。

 ロキの頭を膝に乗せる。


「アジム、血の注ぎ方とか、方法って、ありますか」

「特にはない。ただ、お前の血を流し込めばいい。だが、抹消よりは奇石に近い場所の血の方がいいだろうな」

「近い、場所……」


 今のロキが自分から吸血するのは難しいだろう。第一、ロキは人間だ。きっと吸血行為自体出来ない。

 ノエルは自分の舌を噛んだ。

 ロキと唇を重ねて、舌に血を擦り付ける。次第にロキの舌が動いて、ノエルの舌の血を舐めとり始めた。


「うっ……、あっ……っっ!」


 飛び起きたロキが、胸を押さえて苦しみだした。


「ロキ、しっかりして、ロキ!」


 蹲るロキの背中を摩る。

 早かった呼吸が徐々に落ち着いて、ロキがゆっくりと上体を上げた。


「ノエル、苦しく、なくなった」

「ロキ、左目が……」


 ユリウスやノエルと同じ、深紅の瞳に変わっている。

 ロキの左目は、ユリウスよりずっと深い赤だった。


「すごーい! 成功した! 人が魔族になるとこ、初めて見たよ。まさか本当にやるなんて、思わなかったなぁ。生かすためとはいえ、酷いことするよねぇ。もう二度と人間には戻れないのに」

 

 はしゃぐムラドの頭をアジムが押さえつけた。

 アジムに睨みつけられて、ムラドが不満げに言葉を飲み込む。


「ノエル、ロキにもう少し血を分けてやれ。因子が不安定だと、ロキが苦しむ。今なら自分から吸血できるだろう」


 アジムの提言に頷いて、ノエルは肩口を出した。


「ロキ、吸って」

「いいの? ノエルにとっては、されたくない行為なんじゃない?」

「ロキになら、構わない」


 ロキの手がノエルの肩をふわりと撫でる。


「じゃぁ、吸うよ?」


 ノエルが頷くと、ロキが唇を押し当てた。ピクリと肩が震える。

 牙が滑り込んでくるのがわかるが、痛みはなかった。


「ぅっ、ぁ……」


 気持ちが良くて力が抜ける。

 崩れかかるノエルの体を、ロキが受け止めた。吸う力が強くなった。


「ぁ!」


(強く吸われると、背中が痺れる)


 ロキが夢中でノエルの血を吸い続けている。

 頭の芯が痺れて、呼吸が早くなる。顎が上がって、顔が熱い。

 ロキの腕がノエルの小さな体を拘束するように抱き締める。


「ノエル……ノエル……愛して……。あぁ、……ミツハ……さま……」


 譫言ように、ロキが知らないはずの名を呼ぶ。

 存在を請うように、ロキの手がノエルの体を弄る。

 

(あ、れ……? なんだか……)


 意識が霞む。視界が途切れて、霧が掛かったようにぼやけ始めた。

 ノエルの意志とは関係なく、両手がロキの顔を覆った。


『やっと会えた、私の可愛い眷族。どうか桜姫を守って頂戴ね』


 口が勝手に動いて、思いもしない言葉を発する。

 ロキの顔を引き寄せて、口付けを交わす。

 心底嬉しそうに微笑んだロキが、唇を返した。


「すべては神の御心のままに。俺の総ては貴女のものだ」


 歓喜に溢れた瞳がノエルに、いや、ノエルの中に眠る何者かへ向けられているのがわかる。


(ロキは誰と話しているんだろう。私を見ているのに、私を見ていない)


 自分の意識がどこか深い場所に沈んでいくのがわかる。

 堕ちてはいけないとわかるのに、沈む意識をどうにもできない。


(ロキ……、知らない誰かに、なってしまわないで)


 想いは言葉にならないまま、ノエルの意識は深い深い場所へと沈んでいった。


読んでいただき、ありがとうございます。

面白かったら、『いいね』していただけると嬉しいです。

次話も楽しんでいただけますように。




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