25.革命軍の砦
ノエル(主人公)目線です。
大きな音と地鳴りのような揺れで、ノエルは目を覚ました。目の前には高い天井が広がっている。
視線を泳がせる。ノエルが眠っていたベッド以外に部屋の中にこれといった調度品はない。ベッドサイドの小さなテーブルには、水差しとコップが置いてある。
窓の向こうには小さなバルコニーがある。差し込む陽ざしから晴れているのだとわかる。遠くで人が騒ぐ声が聞こえた。
「ようやく起きたか」
ビクリを肩を震わせて、声の方に目を向ける。知らない男がノエルに背を向けてベッドに座っていた。
「お前は幻覚術の類がかかりずらいからと、テュールが強めに催眠魔法をかけたらしいんだが。今度は目が覚めなくなって、どうしたものかと思っていた」
「催眠魔法……?」
(ここ、どこだろう。この人、誰? 何で私、ここで寝てるんだっけ?)
ここに来る前のことを、思い出す。
学院のクラブ室が魔族の襲撃を受けて、幻術使いに皆を殺されそうになって、ユリウスに血を吸われて、いつの間にか気を失った。
記憶が怒涛のように蘇って、血の気が下がった。
(もしかして私、魔族に攫われたのか? てことは、目の前にいるのは、魔族?)
男がノエルを振り返る。その顔には覚えがあった。
(革命軍リーダーのアジム。間違いない。ここは魔国の革命軍の根城だ)
「気分は、どうだ? 体に痛む所など、ないか? 魔力は回復しているように見えるが」
アジムの問いかけに、自分の体を確認する。
「特に辛いところは、ないです。気分も悪くありません。たっぷり寝たので、むしろ元気です」
今までの睡眠不足が解消されて、気分爽快と言っていい。
アジムが表情も変えずに頷いた。
「あれだけ寝れば、そうだろうな。そこの水を飲んでおけ。飯を持ってきてやりたいんだが、今はまだ……」
「あの!」
ノエルは思わず身を乗り出した。
「私は貴方たちに攫われた、捕虜ですよね? どうして、そんなに親切なんですか?」
革命軍のリーダーであるアジムはもっと残虐的で冷徹なキャラ設定だったはずだ。捕虜の体調を気に掛ける優しさなど、持ち合わせてはいない。
「親切にしているつもりはない。お前にはある程度の健康を維持してもらわねばならんだけだ。使い物にならないのでは、攫ってきた意味がない」
アジムが窓辺に立ち、カーテンを開ける。
「早速だが、お前に仕事がある。あそこで暴れているユリウスを止めろ。飯はその後だ」
「はぁ⁉」
ノエルはベッドから飛び降りた。
アジムの隣に並び、外を見詰める。
窓の外には、街並みが広がっていた。町の周囲には高い城壁が伸び、その外側を防御結界が覆っている。
凡そ革命軍の根城とは思えない。むしろ、一つの小さな国のように見えた。
「この砦は俺の防御結界で瘴気も流れ込んでこない。戦えない魔族も多く住んでいる。あまり暴れられると、怪我人が出る」
どぉん、と大きな音がして、また地響きがした。
砦の城壁が大きく崩れ落ちた。
風魔法で飛行したユリウスが攻撃を仕掛けている姿を見付けた。ユリウスの腕には、ロキが抱えられている。気を失っているように、脱力して見える。
「どうしてユリウスが、こんなこと。それに、ロキは、どうなって」
現状が理解できずに慌てる。
窓を開けようとしたノエルの手をアジムが止めた。
「瘴気にやられたんだろう。ユリウスの攻撃が防御結界を貫通して、街にも瘴気が流れ込んだからな。住人にも数名、負傷者が出た。これ以上は、迷惑だ」
「ユリウスは貴方たちに迎撃しているだけでしょう? 攻撃を止めればユリウスだって止まります」
アジムがノエルを見下ろす。
「俺たちは攻撃していない。ユリウスはお前を返せと強硬手段に出た」
「はぁ? だったら、私を返せばいいでしょう?」
アジムの言葉の意図が上手く掴めない。
「そうはいかない。俺たちにとっては、お前もユリウスも必要な駒だ。精霊国に返すわけにはいかない」
「私が言うのもなんですが、幻術でも呪詛でも使ってユリウスを大人しくさせればいいのでは?」
攫われる直前のユリウスは幻術に操られていた。同じ手段を使えば、少なくとも攻撃は止められるだろう。ノエルに助力を求めるまでもない。
「奴は、ここにきてすぐ自力で幻術を解いた。それ以降、精神操作系の魔術がきかない。お前の血のせいだろうな」
アジムがノエルを見下ろす。
「私の血を、吸ったから?」
「ユリウスの中の竜人因子が刺激されたんだろう。竜神は王家に並び魔族の頂点に立つ存在だ。他者のつまらん幻術など、子供の遊び程度のものだろう」
ノエルは窓の外を、再度見詰めた。
(やっぱり、やっぱりダメだった。あの設定は活きていたんだ。これ以上、私の血を吸ったら、ユリウスは魔族に、竜人になってしまうんだ)
血の気が失せて、手が冷えていく。
「貴方たちの、目的は何ですか? 私たちに何をさせるために、ここに連れてきたんですか」
声が震える。恐怖でもあり、怒りでもあった。
このままでは、自分がユリウスを変えてしまうかもしれない恐怖、どうにもできないかもしれない怒り。全部、自分に向いた感情だった。
「さしもの目的は、お前にユリウスの竜人因子を覚醒させること。お前の中の奇石を目覚めさせることだ」
「奇石……。奇石って、何ですか」
(そういえば、私たちを攫った魔族も、魔石ではなく奇石と言っていた。サーシャはそんな話、していなかったのに)
「知らんのか。……その石について知る誰かに、説明されなかったか?」
随分、意味深な言い回しだな、と思いながら、ノエルは首を振った。
アジムが小さく息を吐いた。
「どこまでも中途半端な奴だ。お前を巻き込まない選択肢など、最早ないのにな」
独り言ちるアジムに向かい、ノエルは顔を上げる。
「奇石は、別名を竜の隻眼という。大昔、この大陸にいた三人の神の一人、竜神の片目だ。この世界に一つしかない、奇跡の石。だから、奇石だ」
アジムがノエルの胸を指で突いた。
「奇石が人を選ぶのは何十年振り、まして人の体に巣食うなど初めてだ。お前は奇石に選ばれた。フレイヤの剣と魔剣に次ぐ、三本目の剣だ。それがどういう意味か、分かるか?」
ノエルは首を振った。
アジムの言葉が、ノエルの中を流れていく。とても恐ろしい話をされている気がして、正面から受け止めることができない。
「魔剣の正式な名称はフレイの剣。本来はフレイヤの剣と対を成す存在だ」
「二人とも精霊国神話に出てくる創世の神、竜神と併せて三神と呼ばれる存在ですね」
フレイとフレイヤは兄妹神であり、二人を愛し守護したのが竜神であるミツハだ。
この三人が、大帝国ユグドラシルの創世の神とされる。
その後、大陸は精霊国、魔国と竜国の、三つの国に分かれた。竜神の国は精霊国の一部として、今はローズブレイド領となっている。
「お前はミツハの剣として、奇石の眷族を選ばねばならない。他の二本の剣が、そうするように。お前自身を最大限に活かす眷族を選ぶんだ」
「どうして、私がそんな、大それたこと。私を活かすって、何?」
「それが、奇石に選ばれた者の義務だ。この世界が、滅亡しないために、お前は本来の力を使いこなさねばならん。それを補助する眷族が必要だ。剣が継承者を選ぶのは、剣の力を最大限に引き出す者が必要だからだ。それと同じだ」
(この世界が、滅亡しないために? 継承者を選ぶ?)
心臓の鼓動が早くなる。
アジムの言葉はまるで、自分が書いたこの世界の設定をなぞって読み上げているようだった。
ぐらりと、眩暈がした。
「私はそんな、大層な人間じゃ……。ただ、この世界を立て直したくて、壊れてほしくなくて」
原作者だから、この世界を作った本人だから、神様が転生させたから、ただそれだけだったのに。いつの間にか自分の周りのスケールが大きくなりすぎて、ついていけない。
「その思考が最早、只の人ではない。お前は立派にミツハの剣だ。三本目の剣は二本の剣で世界を維持できない時に人の形で現れる。伝承通りだったのには、俺も驚いたがな」
いつの間にかアジムに体を支えられいた。
体にうまく力が入らない。自分で思っている以上に、アジムの話はショックだったらしい。
(嘘、ついてる感じじゃない。何より、私自身がアジムの話を事実だと受け入れている)
ノエル自身というよりも奇石が肯定しているのかもしれない。それを体で感じるからこそ、恐怖が湧き上がってくる。
「アジムは、どうして奇石について、そんなに詳しいの? どうして精霊国神話に書かれていない話まで、知っているの?」
頭が、くらくらしてきた。
三本目の剣の話は、桜姫が書いたシナリオにはない。そもそも奇石など乙女ゲームのシナリオに出していない。
これはもう、この世界の完全オリジナル設定のストーリー展開だ。
「俺が奇石の寄辺であり、語部だからだ。精霊国、魔国、それぞれに奇石の語部はいる。最たるはローズブレイド家だが、あそこは竜人因子を血に持つせいで精霊国の王室から執拗に警戒されている。身動きが取れない奴らの代わりが、俺たちだ」
アジムの設定が変わっているのも、奇石のせいなのだろうか。と考えて、違うと感じた。
この世界はもう、桜姫が書いた乙女ゲの世界ではない。その延長上にある、全く別の世界だ。この先に、桜姫が書いたシナリオ展開はきっと存在しない。
(私の書いたシナリオに奇石を持つノエル=ワーグナーは存在しない。ユリウスの言った通りだ。これじゃ、先の展開がわからない。何が正解か、判断できない)
頼りにしていた大切なものがなくなって、足元がぐらついた。未来が見えないことが、急に恐ろしくなった。
ぐらついた体を、アジムの腕が支え、抱き寄せた。
「俺はお前の敵じゃない。だが恐らく、味方らしい行動もしない。俺は俺の目的のために、お前を利用させてもらう」
ノエルの体を抱き上げて、アジムがバルコニーに飛び出した。
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