24.ノアとシエナの思惑
部屋を出ると、扉の横ではシエナが待っていた。
「国王を脅迫とは、偉くなったものだな、ノア」
横目で覗く顔が、笑っている。
「こんな場所で盗み聞きとは、悪趣味を通り越して罪状が付きますよ」
「盗み聞きではないさ。国王の命での待機だ。お前が反旗を翻さないとも限らんからな」
「御冗談を。今の私にそのような力も意志もありません。よくご存じでしょうに」
ノアは一つ、息を吐いた。
シエナが表情を改めた。
「ノエルたちは、本当に無事だと思うか?」
シエナが聞いているのは国王を安心させる方便ではない。ノアも今更、事実を包み隠す気もなかった。
「殺されることはないでしょう。そこに自分たちの意志が存在するかは、わかりませんが」
呪詛や幻術、呪印など、人間の意志を操る魔術が魔国には溢れている。ノエルたちが自分の意志を保って生きていられるかは、正直難しいだろうと考えていた。
「最悪、ノエルたちが敵に回る事態を想定せねばならんな。聖騎士団に加え、近衛兵団を動かす段取りは組んでおこう」
精神操作でノエルたちが革命軍に付けば、十中八九精霊国側に勝利はない。それは容易に想像できる。
だからこそ、そうなる前に手を打たねばならない。
「早々に手を打つしかないでしょうね。アーロを使えますか?」
ノアの表情を窺ったシエナが頷いた。
「成程、きっかけは必要か。ならば私の一存で潜入に行かせるとしよう」
「精霊国側の現状と情報をなるべく多く持たせてください。ノエルは情報があれば安心して前に進める奴です」
「ノエルを随分、理解してるじゃないか。さっきの国王へのプレゼンも良かったぞ。まるでノエルの代弁者だ」
「本当に代弁しただけですよ。彼女の手記を元に話をしただけだ」
手元にあるノエルの手記を眺める。
末恐ろしい娘だと思う一方で、希望の光だとも感じる。何とも不思議な心持だった。
「貴族側の調べは任せておけ。以前からキナ臭い連中には目星を付けてある。教会を動かす時は力を貸してもらうぞ、元大司教殿」
シエナの揶揄うような視線に、ノアは苦笑いした。
「全く面倒な役割を残して攫われてくれたものだ。ほぼ、丸投げだな」
ノアの独り言ちる様子に、シエナがほくそ笑んだ。
「嫌そうな言い回しの割に、楽しそうだな。大司教の時より生き生きして見えるが?」
確かに眼前の問題は、ノアが大司教時代に手を付けたくても出せなかった案件だ。だからこそ、リヨンを使い、ノエルを襲ってまで、国の危機感を煽った。
(大司教などという大それた立場にいたら、こうも自由には動けなかっただろう)
ノエルがノアと同じ危機感を持って計画を組んでいた事実もまた、ノアには都合よく作用した。
「そういう貴女も、随分と楽しそうだ。宰相としての執務はよろしいので?」
「そんなものは平和な時にこなせばいい。有事は、ただ動くのみだ。我々は魔術師なのだからな」
国の最終兵器である中和術者が盗まれた今は、確かに有事だ。
ノエルの誘拐は、眠っていた精霊国を揺さぶり起こすのに最高の起爆剤になった。
シエナもまたノアと同じように、胸中に燻ぶっていた鬱憤を晴らせる好機と考えているのかもしれない。
歩き出した背中には、怒りだけでない闘志が燃え盛っているように見えた。




