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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第3章-2 シナリオなんか吹っ飛ぶ急展開

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23.駆け引き

 国王ジャンヌのノアを見据える目は冷酷だった。


「魔力が再度封じられぬままここに来たからには、私を納得させられる言訳を考えてきたのでしょうね、ノア。そんなものがあるとは思えないけれど」


 胸に手をあて、ノアはジャンヌに礼をした。

 ノアの魔力封印を解いた時の縛りは『ノエルの命に従い、ノエルを守ること』だ。今まさに、その為に動いている。 


「この度は、私の力及ばず皇子殿下始め貴族の御子息御息女に及んだ危険を回避できなかったこと、更には精霊国に多大なる損失をもたらしましたこと、深くお詫び申し上げます」


 深々と頭を下げる。


「社交辞令は良いわ。さっさと本題に移りなさい。時間が惜しいわ」


 ジャンヌが手を下げる。

 軽く会釈すると、ノアは席に着いた。


「ノエルの命に従い、これから幾つかの作戦を実行する予定です。その為に、国王陛下の許可を頂きたく存じます」

「計画の実行とは、ノエルたちを救い出す算段かしら? 聖騎士団を動かすわけにはいかないわよ」


 今回の魔族による学院襲撃は公には伏せられていた。

 魔族が結界を破って学院に侵入したなど、異常事態だ。事実が知れれば、国民の恐怖を煽る。

 学院の建物の破損はクラブ活動中の事故、それにより負傷した学生は療養中ということになっている。

 

「勿論、心得ております。私が提案する計画は、ノエルたちの奪還ではありません」


 ジャンヌの目が引き攣った。


「救い出す気は無いというの?」

「ノエルなら、自力で帰ってくるでしょう。元々、革命軍に潜り込むつもりでいたようですし、攫ってもらって手間が省けたと考えているかもしれません。私の提案は、ノエルが戻るまでに準備を整える算段です」


 ジャンヌがテーブルを叩いて立ち上がった。


「本気で言っているの? あのユリウスですら容易に連れ去られたのよ。お前の楽観した提案が二人を、ロキを殺したら、お前はどう責任を取るつもり」


 ジャンヌの声は逼迫していた。

 その焦燥は正解であると、ノアも思う。

 ノエルの言霊魔法に込められていた声は、お世辞にも余裕があるとは言えなかった。本当なら、今すぐにでも助けに行くべきなのだろう。

 だとしても、ノエルがノアに託した願いは、自分たちの救出ではない。


「自力で戻れなくても、ノエルが殺される危険はありません。魔族はノエルを利用するために連れ去った。ノエルの行動を縛るためにユリウスとロキを連れ去ったのなら、二人もまた生かされる。目下の問題は、それではありません」


 歯噛みしたまま、ジャンヌが腰を下ろした。何とか自分を納得させたのだろう。

 いつものジャンヌなら、冷静にノアと同じ判断をするはずだ。

 

(さすがの国王も息子二人を殺されかけ、あの三人をあっさりと連れ去られては、穏やかではいられないか)


 更に、今回の魔族の侵入は、精霊国と魔国との結界の緩みを意味する。ジャンヌの結界が疲弊している現実を突きつけられた形だ。

 焦りは魔法を弱体化させる。ジャンヌの心が乱れれば、革命軍の更なる侵入を許すことになる。


「革命軍の中に、結界を渡る術を持つ魔術師がいます。学院の結界も、空間魔法ですら超える魔術です。恐らく、どれだけ強靭な結界であろうとも無意味でしょう」

「そんな魔術、聞いたことがないわ」

「私も、存じ上げません。しかし、この目で見た以上、事実です。だからこその異常事態であり、だからこそ、今動かねばならないのです」


 愕然とするジャンヌの手を、アイラが握った。


「ジャンヌの結界が総て無効化されたわけではないだろ。結界は機能している。ノアの話を聞いてから対策を練るのでも、遅くはないよ」


 アイラの優しい語り口に、ジャンヌが俯きながら頷いた。


「ノエルは初めから、精霊国に降りかかる災厄をある程度、予測していた。その為に魔国の王族二人を革命軍から守護する提案をしていました」


 ノアが一枚の計画書を差し出す。

 それはノエルが書き記した計画書の一端だ。

 ノエルの部屋で見付けた『未来を変えるための手記』に記された壮大な計画を部分的に抜き出し、時系列に並べたものだった。

 目を通していたジャンヌの目が見る見る見開かれた。


「どういうことなの、ノア。あの娘は一体、何を知っていて、これを。本気で実行できるつもりで、計画したというの?」


 ジャンヌの戸惑いは、理解できる。

 最初にこの手記を読んだ時のノアも、全く同じ心情になったからだ。


「まるで精霊国神話の一節を読んでいる気分になるでしょう。しかし、ノエルは本気ですよ。大真面目に、この夢物語を、大帝国ユグドラシルの復活を望んでいます」


『大帝国ユグドラシル』は、精霊国と魔国が結界で別れる前の、一つだった頃の国の名だ。今では精霊国神話の創世の物語に出てくる神々の住まう場所の名である。


「有り得ないわ。魔族が魔族である以上、結界は必要不可欠よ。人はもう、捕食されるだけの生き物ではないのよ」

「魔族もまた、捕食するだけの生き物ではないのかもしれません」


 動揺を隠せないジャンヌに、ノアが被せた。


「ユミルが命懸けで守っている法案はご存じでしょう。カルマは兄を守るために、半ば人質として革命軍に下ったそうです。事実、先日の魔族襲撃でカルマは身を挺してユミルを守っています」

「カルマもユミルの人喰禁止令に賛成だと言いたいの? 魔獣の森でノエルから吸血した半魔は、カルマよ」


 ジャンヌの声から、徐々に勢いが失われていく。


「カルマの左腕には呪印がありました。革命軍のリーダー、アジムの血魔術だとか。ユミルによれば、カルマもユミル同様、元々の吸血衝動はないそうです。ただ、血を吸った事実は覆しようもありませんが」

「だから、認めろと言うの? 魔族が人と共生できると? 私には、この国の民総てを守る義務があるわ。アイザックとウィリアムは魔族に殺されかけたのよ? それも総て、許せと言うの?」


 ジャンヌの声が震える。


 きっとジャンヌは理解している。

 ノエルの計画書は結末こそ夢物語だ。しかし、夢の結末に至るまでの計画は、あまりに現実的で実行可能であると思わされる。

 ジャンヌの国王という立場が、その理解を拒むのだ。千年以上の長きに渡り続いて来た王室の歴史は、魔族への恐怖と抵抗の歴史と言っていい。

 教会という、魔族を排除する組織の頂点を極めたノアには、ジャンヌの今の心情は痛いほど理解できる。


「ノエルの中にある魔石ですが、魔族の一人が『奇石』と呼んだそうです」


 ジャンヌの顔色が変わった。

 隣に座るアイラの表情も焦りの色が見える。


「前から一度聞いてみたかったのですが、ノエルのミドルネームに『リンリー』を選定したのは、何故ですか?」


 この国においてのミドルネームは、生まれ持った性別とは逆の名前が与えられる。しかし、ノエルに贈られたのは女性の名前だった。

 事情を知る者から見ればあまりに因縁めいた名であり、まるで希望が込められた選定にも思えた。


「国王はノエルに期待を込められたのではないですか? 王族には成し得ない未来を切り開く者として、行き詰った精霊国と魔国の開拓者と成り得る者として。『奇石』を持つノエルなら、国王陛下の願いが叶えられるかもしれません」


 俯くジャンヌの肩をアイラがそっと抱き寄せる。


「レイリーが高揚術を開花させたそうだね。ノエルは約束を守ってくれたのかな」


 アイラがノアに視線を向ける。

 望む答えが、アイラの目の中に透けて見えた。


「レイリーの開花に関しては、カルマの助力が大きいでしょう。ウィリアムが増強術を、カルマが抑止術を極めれば、レイリーの高揚術はより確かな術になる。ノエルにも予測できなかった事態だったようです」

「神話の中にしか存在しない術を人と魔族が協力して開花させた、ということだね。ノエルの中和術といい、マリアの浄化術といい、私たちは今まるで、神話の中に生きているようだね」


 アイラがジャンヌに語り掛ける。


「今のこの瞬間は千年後にもまた、神話として語り継がれるのだろうね。その時、国王として名前が出てくるのはジャンヌ、君だよ」


 ジャンヌが顔を上げて、アイラを眺める。


「今が変革の時なのだとしたら、君は決断しなければならない。それは王たる君の務めだ。百年前の、御婆様のような後悔はしたくないと、思っているんだろう。君なら大丈夫だ」


 ジャンヌの眉が下がり、目が潤む。

 涙を飲みこむように、アイラが握った手を強く握り返した。 


「計画を実行なさい。アイザックたちが魔族に死んだと思われているなら、都合がいいわ。ユミルとカルマも使いなさい。シエナを一時的にお前に協力させるわ。ノア、貴族たちの扱いは、お前に一任するわ」


 ジャンヌが計画書を握り締めた。


「私の国から、膿を出し切るわよ」

「国王陛下の御心のままに」


 ノアは立ち上がり、胸に手をあて深く頭を下げた。



読んでいただき、ありがとうございます。

面白かったら、『いいね』していただけると嬉しいです。

次話も楽しんでいただけますように。




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