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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第3章-2 シナリオなんか吹っ飛ぶ急展開

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21.誘拐

 周囲はいつものクラブ室に戻っていた。

 違うのは壊れた扉と、倒れている仲間たち、それに知らないロキが目の前に立っている。


「僕の幻術が跡形もなく消えるなんて」


 呟いたロキがノエルに目を向けた。


「もしかして、お前がノエル? なら、これが中和術か。でも中途半端だね。仲間たちに掛かった幻術は消えたけど、僕の魔力を消し去るまでには至らなかった」


 座り込んで俯いているノエルに、ロキが近付いた。


(中和術? 今のが? いつも使っている術とは違う。体に力が入らない。動けない)


 無自覚に使った中和術は、あまりに魔力消費が激しくて、指すら動かせない。

 視界の端に映ったカルマが小さく咳き込んだ。よく見ると、出血が止まっている。

 全員、意識はないが、怪我をしている様子はない。


(そうか、中和術に続いて、得意じゃない治癒魔法を広範囲に使ったんだ。だからこんなに魔力を消費して……。皆、生きてて、よかった)


 傾きそうになる体を懸命に支える。

 何とか顔を上げて、ロキの姿をした誰かに向き合う。


(ロキの顔で仲間を殺そうとしたコイツは、絶対に許さない)


「残念だったねぇ、ノエル。さっきの幻術が消えても、僕はまた幻術が使える。僕に向かって中和術を放てば次はなかったのに。お前は選択を誤った」


 ノエルはロキの顔を睨んだ。


「気に入らない目だなぁ。圧倒的に劣性なのに、希望を捨てない生意気な目だ。現実に絶望して壊れちゃうくらいが可愛いのに。だったら、もっと面白いパフォーマンスをしよう」


 ロキの指が振り下ろされる。

 ユリウスの手が突然、ノエルの服を引き千切った。


「ユリ、ウ、ス……」


 驚いて、顔だけで何とか振り返った。

 ユリウスの目に意志の色がない。


(あの時と同じだ。ノアに『呪い』を植え付けられた、あの時と)


「仲間が目の前で殺し合う程度じゃ、お前の心は壊れないんだろ? 愛する男が自分の血のせいで魔族に覚醒したら、どうかなぁ。それでもお前は、平然と僕を睨み据えていられるかな?」


 ロキの目が愉悦に歪んだ。

 慌てて逃げようと身を捩る。今の体力ではユリウスの腕の力から逃げられない。


「ダメっ、ヤダ。ユリウス、しっかり、してっ!」


 振り向きたくても、動けない。ユリウスの唇が、ノエルの肩に吸い付いた。

 びくり、と小さく肩が震える。


「ユリウスも今のままじゃ、ただの人間と変わらないよねぇ。僕の幻術に抵抗できないんだから。竜人因子が覚醒していれば、ユミルやカルマみたいに見分けられたのにね」


 気の毒そうに言いながら、ロキが頬杖をついてユリウスを眺める。その目がノエルに向けられる。


「お前も()()()()()()()()()から、わからないか。他の奴らは、目の前の仲間が敵に見えていたんだよ。自分を狙ってくる敵、仲間を狙う敵。守るために殺した相手が実は仲間だったなんて、最高だろ」


 ノエルは愉悦に歪む目を睨みつけた。


「最高に、悪趣味だ。見えなくって、良かった。広範囲中和術は、間違いじゃなかった」


 歪んだ目から愉悦が消えた。


「いいや、お前は間違った。どう足掻いても人間は魔族に勝てない。お前はこれからその現実を、嫌というほど思い知るんだ。ユリウスに血を吸われてね」


 逃げるように半身を捩って、ユリウスの顔を抱き締める。


「私の血を吸っても、ユリウスは、魔族になんか、ならない」


 ノエルの血を吸っても、何も起こらないとユリウスは話していた。

 実際に血を舐めても変わらなかった。


(何も変わらない。もう試したんだ。大丈夫だったじゃないか)


 必死で自分に言い聞かせる。

 けれど、どうしても、体が震える。


 ユミルはノエルの血が人を魔族に変えると言った。カルマも、さっき何か言いかけた。目の前の魔族の言葉は確信を持っている。

 ユリウスを信じていても、頭の片隅にこびり付く不安が拭えない。


 ロキの顔がまた、歪な笑みを取り戻した。


「そう思うなら、大人しく吸われていろよ。可能性があると感じるから、逃げようとする。お前は自分の血が本当はどんなものか、知らないのに。お前の中にある石が本当は何かを、知らないのに。体が、本能が、危険だと警鐘を鳴らすんだろ」


 ロキの声が、意識に絡みつく。突然、体が重くなった。


(なにこれ、どうして……)


 ロキが少しずつノエルに手を伸ばす。

 視界が歪んで、地面が斜めに見える。

 ノエルの顎を掴んで強引に上向かせると、無遠慮に顔を近づけた。


「その警告は間違ってない。お前たちの中に眠る竜人族の因子は、僕らが目覚めさせてあげるよ」


 ロキの顔が間近に迫る。歪に笑う顔は、まるでロキの表情とは思えない。


(竜人……、ユリウスのこと? どうして、私まで……)


 ローズブレイドの祖先は竜人、それは桜姫が作ったゲーム設定の一つだ。今は魔族に分類される竜人は、魔国と精霊国が別れるより以前は、この国土全体を収める長だった。


(何か、考えなきゃいけないのに。頭が回らない。何を、考えないと、いけないんだっけ?)

 

 思考が徐々に消えていく。


「僕の目的はお前とユリウスを革命軍に連れ帰ること。ロキは気に入ったから、僕の玩具にするよ。最高に楽しいだろ」


 ロキの言葉が頭の中に響いて、渦を巻く。言葉は聞こえるのに、何を言われているのか、わからない。

 ノエルの胸にロキが指を立てた。

 とん、と突かれた瞬間、どくりと心臓が大きく震えた。


(今の、何? 魔力を込められた? それとも魔術? わからないけど、胸が苦しい)


 心臓がすごい速さで脈を打つ。血が沸いて全身を駆け巡った。

 魔石が心臓のように脈を打っているのがわかる。あまりの熱さに逃げ出してしまいたい。


「はっ、はっ……ぁっ……」


 息が上がって、上手く呼吸ができない。

 ノエルの姿を見ていたロキが、ニタリと笑った。


「準備完了。さぁ、ユリウス。愛するノエルの血を存分に楽しめ」


 ノエルを抱いたユリウスが、肩に顔を寄せる。

 細い牙が、ノエルの薄い肌を貫いた。


「んっ……ぁっ……」


 痛みなんか、ほとんどない。ただ気持ちいいだけだった。目が潤んで、視界が滲む。二人を眺めるロキの顔も、よくわからない。

 早かった脈も呼吸も落ち着いて、快楽だけが全身に広がっていく。

 ノエルを抱くユリウスの腕に力が入る。唇が深く吸い付いて、吸う力が増していく。

 ユリウスが触れている所だけを体が敏感に感じ取る。


「やぁ……、やめて」

 

 譫言の抵抗を聞いて、耳元で囁かれた。


「はぁ? やめて? もっと吸ってください、だろ? ほら、言えよ」

「はっ……ぁっ……もっと、吸って、くださぃ……」


 口が勝手に言葉を吐く。


「くっ、あははは!」


 ロキが声をあげて笑う。


「好きな男に血を吸われるのは、気持ちいいだろ。快楽に堕ちていくお前を眺めるのは気分が良いよ。ずたずたに壊れてくれたら、もっと楽しかったのに」


 このままユリウスに吸血されていたい衝動と必死に戦う。

 身を捩り、逃げようと動く緩慢な体を、ロキが抑え込んだ。


「今更、逃げようとするんだ? まだ抗うの? そういうの詰まらないから、もういいよ。ユリウスが覚醒するまで、素直に快楽に溺れてろ。ほら、左目の赤が濃くなってきた。ここから、どう変わるのか、楽しみだなぁ」


 ロキの顔をした男がうっとりとユリウスを眺めた。


(やだ、いやだ。ユリウス、いやだよ)


 上手く思考が回らない。体も動かない。

 涙で視界がぼやける。

 なけなしの理性は今にも快楽に飲まれてしまいそうだ。


 遠くから近づいてくる知らない気配を感じた。

 気配はロキの後ろで止まった。


「ムラド、遊びは終わりだ。王族の二人は始末したのか?」


 振り返ったロキが倒れているユミルとカルマを指さす。


「全員、死んでる。ノエルの中和術で皆、核が壊れちゃったよ。可哀想にね」


 ニコリと笑むロキに対して、男はピクリとも表情を動かさなかった。


「精霊国の王族まで殺せとは指示されていない。余計な真似をしたな」


 二人のやり取りに微かな違和感を覚えた。


(全員、死んで……? さっき、カルマは動いてた。今だって、皆の魔力は感じる。何を話しているんだろう)


「しかし、僥倖だろう。いずれは死んでもらう手筈だった。ノアが追い付く前に、この場を離れるぞ。これ以上は時間の無駄だ」


 男が警戒しながら後ろを振り返る。


(ノア……。この魔族はノアと戦っていたんだ。ノアに、せめてノアに何か残さないと……)


 働かない頭を必死に回転させる。今、伝えられるだけの言葉を、言霊に込める。

 ノエルがステルスを纏わせた言霊魔法を手から転がす。ばれないように、なるべく後ろに静かに投げた。


「あーぁ、もうちょっとだったのになぁ。竜神因子が覚醒したユリウス、見たかったのに」


 残念そうにしながら、ムラドと呼ばれたロキが立ち上がる。


「続きは砦に戻ってからでいい。それより、ノエルにしっかり幻術を掛けておけ」

「よくわかんないけど、完全には掛からないんだよ。今は広範囲中和術のせいで動けないみたいだし、このままで良いんじゃないの?」

「お前の幻術が掛からない? やはり奇石を持つ人間は特殊なのか。魔力を回復したら、厄介だな」

「その前にアジムに呪印でも付けてもらえばいいんじゃないの? テュールが今、やってもいいけど」

「アジムの許可なしに私が付けるわけにはいかない」


(奇石? 奇石って、何? テュールって、知っている名前だ。誰、だっけ)


 テュールに顔を持ち挙げられて、覗き込まれる。


「この状態なら、運ぶのに難はないだろう。早く連れ帰るぞ」

「はーい。ねぇ、ロキって人間、持って帰ってもいい? 僕、気に入っちゃったんだよね」

「好きにしろ。いじり過ぎて壊すなよ」

「玩具で、どう遊んだって僕の勝手だろ。どうせ飽きたら捨てるんだから」


 テュールの手がノエルの目を覆う。

 目の前が真っ暗になる。ノエルの意識は、そこで潰えた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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次話も楽しんでいただけますように。




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