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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第3章-2 シナリオなんか吹っ飛ぶ急展開

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20.奇襲

 土埃を上げて飛び込んできたのは、銀髪の少年だった。


「うっ、かはっ……」


 体を強打して、咳き込んでいる。

 派手に壊れた扉にはまだ土埃が舞っている。その向こうに人影が見えた。


「ロキ……?」


 ロキの姿をした男が剣を片手に部屋の中を窺う。視線を定めると、口の端を上げて、ニヤリと笑んだ。


(違う、あれはロキじゃない)

 

 そこからはまるでスローモーションのように、ロキの姿をした生き物が、突進した。

 構えた剣が向かった先は、ユミルだ。


(やめろ、ロキがユミルを殺したりしたら)


 たとえ中身がロキじゃなくても、精霊国と魔国の戦争が始まってしまう。


(誰か止めて、ユリウス!)


 声を出したいのに、言葉が出ない。動きたいのに、体が言うことをきかない。

 懸命に手を伸ばした先に飛び込んだのは、カルマだった。

 座り込むユミルの前に立ったカルマの腹に、ロキの剣が迷いなく突き刺さる。


「カルマ!」


 やっと声が出た時には、ロキがカルマを串刺しにしていた。

 崩れ落ちそうな体を支えて、カルマが腹に刺さった剣を握ぎりしめた。


「約束が違うぜ。俺がノエルを連れて行くまで、ユミルを狙うのはナシって話だっただろ」


 目の前で剣を握る男をカルマが睨み据えた。


「約束? そんなもの、本当に守ってもらえると思ってたの? 王族は呑気だね」


 ロキの顔をした男が見下した顔で笑う。


「お前には無理だよ、カルマ。人間の女に惚れるような半魔だ。最初から期待なんかしていなかったさ。だから僕が、ユミルを殺してノエルを攫って帰るんだよ」


 男がカルマの横腹を思い切り蹴る。勢いで剣が抜け、カルマの体が崩れ落ちる。

 力なく倒れたカルマを、ユミルが受け止めた。


「お前は、誰だ。ロキの顔をしているが、ロキではないな」


 ユミルの手がロキの首を摑まえた。


「魔力が使えない今のお前に、何ができるの? 僕の首をへし折って殺すつもり?」


 首を掴んだユミルの手に力が入った。


「そうだな。今の僕にはそれしか手段がない。魔族といえど、首を折られれば死ぬだろう」


 静かな話し声にも怒気が孕んでいるのがわかる。


「ユミル、ダメだ。今は、早くカルマを」


 アイザックがユミルの腕からカルマを奪い取り、後方に下がる。駆け寄ったレイリーが治癒魔法をかけ始めた。


「カルマ! カルマ! 返事をしろ! カルマァ!」


 叫び声をあげるレイリーの隣にマリアが並んで、二人で治癒魔法をかける。傷が深く、出血が止まらない。 

 硬く目を閉じたカルマは、ピクリとも動かない。


「くっ……くくっ……」


 横目でカルマの状態を視認していたユミルが、男に目を戻した。


「お前ら、まだ気付かないの? ここはもう僕の幻術の中なんだよ。何をしたって無駄だ。カルマは、もうじき死ぬよ」


 ノエルは辺りを見回した。

 気付けば、真っ白い空間が広がっているだけで、何もない。


「ここは、どこだ。俺たちは、何を見せられている?」


 カルマの前に慌てて防御結界を張ったウィリアムが、周囲を注意深く探っていた。


(これが幻術。ロキの顔をした男は、魔族か。カルマの話からして、革命軍のメンバーっぽいけど)


 低く構えて、静かに集中する。

 いつでも中和術を使えるように、体内に術を展開する。

 ノエルの動きに気が付いたユリウスが、ステルス結界を張ってくれた。


「美しいよねぇ。優秀な兄を庇って無能な弟が死ぬなんてさ。お前を殺すのは惜しいよ、ユミル。でも仕方ないよね。折角の純血も、白子アルビノなんて劣性じゃぁさ。それが王族だなんて、恥ずかしくて生かしておけないよ」


 至極楽しそうに語るロキにも、ユミルは顔色を変えない。


「小物はよくしゃべると言うが、本当だな」


 ユミルの呟きに、ロキの顔が笑みを消した。


「黙れよ、人に寄るしか策がない無能の王が。お前らは魔国に必要ない」


 ユミルの指が男の首に食い込む。


「だから言ってるだろ。ここは僕の幻術だって。殺したければ殺せばいい。それでお前の気が済むならね。精々、弟の仇討ちをした悦にでも浸ってろ」


 更に指に力を籠めるユミルに向かい、別の場所から剣が飛んだ。

 いつの間にかアイザックが剣を持ち、ユミルに向き合っている。

 ユミルの手から、ロキが消えていた。


「何度も言ってるだろ。無駄だって。こっちには使える駒が、たくさんあるんだ」


 ウィリアムが後ろからユミルを抑え込んだ。目に意志の色がない。

 防御結界も解けている。

 よく見ると、治療をしていたはずのレイリーとマリアが項垂れている。徐に顔を上げると、互いに互いの首を絞め始めた。

 羽交い絞めにされたユミルの目の前に、アイザックが剣を持って立っていた。


「ユミルをウィリアムごと刺し殺せ、アイザック。それと、お前も動くなよ」


 ロキの目が、ノエルに向いた。指を弾く仕草をする。後ろにいたユリウスがノエルの両腕を拘束した。

 ステルス結界もなくなっている。

 一体何が起こっているのか、理解が追い付かない。起きている光景は目に入っているのに、頭が働かない。

 気が付いた時には総てが終わっているような感覚に、焦りだけが湧き上がる。


(どうして皆、操り人形みたいにされてるの? 何で私とユミルだけ、意思があるの? そんな風に仕向けられている?)


 両手に中和術を展開したくても、ユリウスの邪魔が入って上手くいかない。

 アイザックがユミルに向かい構えた剣を伸ばす。


(ダメだ。このままじゃ、皆、死んじゃう。どうにかしないと。どうにか……)


 アイザックの剣がユミルの胸を目掛けて真っ直ぐに突く。

 レイリーとマリアが首を絞め合って泡を吹いている。

 地獄絵図のような現実が広がっているのに、頭の中が真っ白で、何も思い浮かばない。


(どうにか……、もう、どうしようも、ない。もう、諦めてしまえ……)


 自分の頭が、諦めろと自分を急かす。

 

(もうダメだ、諦め……、諦めたら、本当に終わっちゃう。どうにかしなきゃ、でも、何もできない、何も……)


 動かない指が、小刻みに震える。

 唇を強く噛み締める。ほんの少しだけ、痛みを感じた。

 なけなしの思考がほんの少しだけ戻った。


「……やめろ。これ以上、私の大事な仲間を、傷つけるな」


 ノエルの中で、何かが弾けた。


広範囲エリア中和術エミュリューション


 心の中で、いつの間にか呟いていた。

 体の奥から白い光が溢れ出す。

 ノエルを中心に光が輪のように広がり空間を埋め尽くした。


「何だよ、これっ。一体……」


 明らかに焦燥したロキの声が聞こえた。

 白い空間が、更に真っ白い光で満たされて、何も見えなくなった。


読んでいただき、ありがとうございます。

面白かったら、『いいね』していただけると嬉しいです。

次話も楽しんでいただけますように。




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