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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第1章:本編Ⅰ 自分が書いた乙女ゲームの世界を守れ
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1.落下からの異世界でした。

 目が覚めた時には、体が落下していた。

 眼下には芝生だろうか、地面のようなものが見える。辺りは暗いから、きっと夜なのだろう。


(何だこれ、どういう状況⁉)


 焦る一方で、飛び降り自殺をしたら落下中はこんな感じだろうな、と思う。


(いやいやいや、私はまだ死ねない。書き終わっていないシリーズものだってあるんだぞ! おいそれと死ねるか!)


 手足をじたばたさせていると、誰かに襟首を掴まれた。


「ぐぇっ」


 潰された蛙のような声が出て、息がつまる。


(投身自殺の次は、首吊り自殺体験か。まだ死ぬ気なんかないのに……)


 薄れゆく意識の中、空ろな目に映ったのは、月光に黒髪をなびかせる男の姿だった。





「……エル、ノエル! お願い、目を覚ましてっ」


 女性の声が聞こえた。ゆっくりを目を開く。

 ベッドに横たわる自分の手を握り、まるで祈りを捧げるように必死に訴えている少女。いや、少女と呼ぶには大人びている。何より、見覚えのある顔だった。


(この()は、マリアに似ているな。めっちゃ美人で好みの顔だ)


 自分がシナリオを書いた乙女ゲーム『フレイヤの剣と聖魔術師』の主人公・マリア=テレシアだ。キャラデザを担当した猫又先生の絵は、総てが素晴らしい。

 恋愛ものが不得手な作家である自分がシナリオを引き受けた理由は、キャラデザが猫又先生であったという一点に尽きる。


(神様も粋な計らいをしてくれる。最期に猫又先生が描いてくださった自作キャラが看取ってくれるとは……。もはや、一片の悔いなし)


 がくりと力なく首を落としたら、マリアが小さな悲鳴を上げた。


「ノエル! ノエル、しっかりして! 目を開けて! 心臓は動いているのよ! 貴女は、生きているの!」


 両肩を掴み、思い切り体を揺すられる。 

 おかげで首が、がっくんがっくんと前後に振れた。


(なんだ、このマリアは。かなり強引だな。こんなキャラ設定にしたんだっけ……?)


 主人公マリアのキャラは三パターンから選べる設定になっていた。

 ①「ゆるふわ天使系庇護欲を誘う控え目キャラ」

 ②「しっかり者で正義感の強い自立系キャラ」

 ③「好奇心旺盛で何にでも首を突っ込む天真爛漫キャラ」


 どうも、このマリアは②であるらしいと予測する。


「あの、あんまり揺れると気分が悪くなるので、離してください……」


 いい加減、吐き気がしてきたので、言葉を発してみる。

 マリアはすぐに手を離してくれた。

 少し離れた場所から、笑い声が聞こえた。

 声のほうに目を向ける。

 ローブを纏った男性が、二人のやり取りを見て、声を殺して笑っていた。


(紫がかった黒髪……。もしかして、私の襟首掴んだの、コイツか)


 どうやら死んだわけではなさそうだし、自分を助けてくれたのは、彼なのだろう。


 しかし、それ以上に彼にも見覚えがあった。

 敬愛する猫又先生がキャラデザした攻略対象・ユリウス=リリー=ローズブレイド。魔術師学院の教師であり、闇魔術の研究家だ。


(つまり、なんだ。ここは、自分が書いた乙女ゲの世界ってことか? 夢にしては妙にリアルな……)


 辺りを見回す。

 部屋の装飾は、スチルに出てくる学生寮っぽい。机に置かれた筆記具、本棚に収まる魔術書、調度品など、生活感が漂う。

 目の前にいる二人の登場人物は、現実と寸分違わぬリアリティーだ。コスプレというより、ゲームからキャラが飛び出してきたようにすら感じる。


(何故に、私はここに、いるのか? そもそも、起きる前って何してたっけ?)


 空中を落下中にユリウスっぽい人に助けられたみたいだけど、その前は。

 徐々に冴えてきた頭で、思考を巡らせる。


 はっと我に返った。


「原稿!……」


 三徹で書き上げた原稿を編集部に送るところだった。原稿は他でもない『フレイヤの剣と聖魔術師』、この乙女ゲームのⅡのシナリオだ。


(まだ送信ポチってない。やばい、締め切りギリギリなのに!)


「帰らないと! 帰って送信しないとっ!」


 ベッドから飛び起きて部屋を出ようとする。


「ノエル! どこに行くの? ここは貴女の部屋なのよ?」


 腕を引き寄せられる。

 振り返ると、間近にユリウスの顔が迫っていた。


「帰るって、何処へ? 君は何処へ帰るつもり?」


 ユリウスの切れ長な目が、じっと見詰めてくる。

 心の中で悲鳴を上げた。


(その綺麗な顔で近付かないでくれ。イケメン耐性ないんだから)


 乙女ゲームのシナリオとか書いていても、恋愛経験は人並み以下だ。整い過ぎた顔は、もはや凶器にすら感じる。


「自分の家に、帰りたいです……」


 ユリウスが更に顔を近づける。


「もう、帰れないよ」


 耳元でこっそり囁かれた。

 さぁっと血の気が引いた。ユリウスの口端が上がって見えた。


「マリア、ノエルは混乱しているみたいだ。休ませてあげよう。あとは僕が見ているから、君はもうお帰り」


 マリアがこちらに目を向けて、不安な顔をする。


「ノエル……、明日も様子を見に来るわ。絶対に無理しないで、ゆっくり休んでね」


 ぎゅっと手を握ると、マリアは名残惜しそうに振り返りながら、部屋を出て行った。


「さぁて。じゃぁ、ゆっくりと話をしようか、ノエル=ワーグナー」


 椅子に腰かけ足を組み、机に片肘を付く。ユリウスが不敵に笑った。


「君は、誰だい?」


 どくん、と心臓が揺さぶられる。


「わ、私は……」


 視界が白く、塗り替えられた。

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