交差点で踊るおばあちゃん
「昔は毎年、ここで盆踊りをしたのよ」
祖母が言う。
病院へ彼女を連れて行く道の途中。
今はもうすっかりさびれてしまった商店街。
その中心地の交差点。
信号待ちをしている時に、ぽつりとそんなこと言うものだから、ついつい質問をしてしまった。
「へぇ、どんな風だったの?」
気軽に聞いただけなのだが、祖母は留め具が外れたように話し始める。
普段はソファに座ってテレビばかり見ている彼女が、生き生きと話すのは珍しい。
当時の様子を聞いた私は、ああ……昔の人はお祭りが大好きだったんだなと思った。
ただそれだけの出来事だったのだが……。
「え? お誕生日のイベント?」
祖母が通っているデイサービスから電話が来て、祖母のお誕生日のお祝いにイベントを開きたいというのだ。
私はなんとなく盆踊りのことを思い出す。
そして、昔こんなことがあったみたいですと伝えた。
「そうですか、分かりました。ありがとうございます」
電話口の職員が通話を終わらせようとしたその瞬間――
「交差点! 交差点じゃないとダメなんです!」
「え? 交差点?」
何故だか分からないけど、どうしても伝えないといけないと思った。
「わっ……分かりました。検討してみます」
通話の相手は若干引き気味。
これはやってしまったなと思ったのだが……。
当日。
祖母のお祝いのイベントに招待された。
広いホールには、あの交差点の風景が再現されていた。
大きな用紙に写真を印刷してダンボールに貼りつけ、当時の建物を再現。
もちろん、中央には手作りのやぐら。
それを見て父と母、そして私は何度も礼を言って頭を下げた。
BGMが流される。
お年寄りたちは職員と一緒に輪になって踊り始めた。
いつも自宅でぐったりと過ごしていた祖母は、昔の元気を取り戻したかのように生き生きと踊っている。
手の動き、ステップの踏み込み、全てが洗練されていた。
あまりにキレイに踊るので思わず見入ってしまう。
しばらく踊り続けたお年寄りは、疲れ果てて席に着く。
祖母はやり切った顔で私に向かってVサインをした。
「おばあちゃん、カッコよかったよ」
私がそう言うと祖母は「でしょう」と言って歯のない口でイーっと笑う。
その数年後に祖母は亡くなった。
安らかに息を引き取る、穏やかな最期だった。
あの交差点を通りかかると、祖母のことを思い出す。
そして見たこともない盆踊りの風景に思いをはせるのだ。
できれば一度、自分の目で見たかった。
交差点で踊る祖母の姿を。