新聞記者 畠山惣一郎
これまでのあらすじ
華は竜二が前世では誠という名前だったことを明かした。
そして華は女優であったこと。
誠が新聞記者であったことなども・・・・
住む世界が違う二人がどうやって知り合ったのか。
また誠と華が一緒に脱走したことなども話す華。
そして若くして死んだ誠の死の理由は・・・・・
生き残った華のその後の人生とは・・・・
『やっぱり貨物船で逃げるつもりだったのか。
逃げられるものなら逃げてみろ!』
畠山は車の窓を開け、双眼鏡を覗いたままそう一人ごちた。
この新聞記者である畠山こそが、華のデタラメな記事を書いた張本人。
売れない俳優からの情報を、ガセネタだと知りながら新聞に書いたのだ。
裏がとれているかどうかなど畠山には関係なかった。
とにかく新聞が売れればいいのだ。
そして畠山の予想通り、新聞は売れに売れた。
テレビなどまだない時代だから、情報源と言えば新聞と噂話くらいのものだ。
そして新聞の記事はさらに噂話に形を変えて、尾鰭をつけて伝染病のように日本中に拡散するのだった。
そのニセ情報の元凶である畠山は、自分が新聞記者として有名になることだけしか頭にない男。
売名のためならどんなデタラメでも書くという男だったのだ。
当時の新聞はまだ、校閲など十分に行われている時代ではなかった。
売れる記事なら情報の真偽などどうでもよかったのだ。
そして華はアメリカのスパイに仕立て上げられた。
日本の女優が戦争で負けた相手国のスパイだったというのは、これ以上ないゴシップ記事である。
畠山はこのスクープのおかげで、一介のデスクからチーフへと昇進していた。
ところがある日、そんな有頂天になっていた畠山の元に同じ新聞記者の荒川誠が訪ねてきた。
新聞社は違うが、何か事件があれば必ずそこで顔を合わせる二人だ。
だからお互いのことは知らない仲ではなかった。
その日、畠山が勤務する新聞社の受付に、荒川誠という新聞記者が来ていると受付から連絡がはいった。
なぜ同業の新聞記者が俺を訪ねてくるんだ?と畠山は訝しく思ったが、まあ今や俺は時の人だろう。
誰もが俺に会いたいと思ったところで不思議はないと考えた。
『へへ。俺も有名人の仲間入りか。』
とボソボソ呟きながら、畠山は肩で風を切りながら1階の受付まで降りていった。
受付の横にある待合用のソファーに男はかけていた。
畠山が男に近づいて
『荒川というのは君か?』
と横柄に訪ねた。
すると畠山を目に捉えた誠は、スクっと立ち上がるといきなり拳で畠山の顔面を殴りつけたのだ。
ゴツッという鈍い音がして畠山がもんどり打った!
鼻血が噴水のように派手に噴き上がった。
『おわ!!
な、何しやがる!!
俺を畠山だと知ってやってるのか!?』
畠山は盛大に鼻血を垂れ流しながら誠に向かって喚いた。
そこへもう1発誠が畠山の顔面めがけてパンチをくらわした。
ボコッ!!
畠山は白目を剥いてそのまま気を失った・・・・
ごった返す新聞社の入り口で、まるでボクサーのように華麗なパンチを繰り出した誠は、受付嬢にこう言って新聞社を後にした。
『畠山が気づいたら、新聞記者のくせにニセ情報など記事にするな。
今度またニセの記事を書いたらお前の鼻は今度こそ顔にめり込むぞと言ってくれ。』
受付嬢は目の前の惨劇に動揺することもなく、
『かしこまりました。
少々お待ちくださいませ。
伝言はメモをする決まりになっておりますので・・・』
と受付嬢は律儀に誠の捨て台詞をメモにとった。
『えっと、鼻が顔にめり込むぞ・・・でございますね。』
と受付嬢は確認をして、
『たしかに承りました。』
と、深々と誠にお辞儀をした。
畠山は誠のパンチをくらって鼻が右に曲がっていた。
双眼鏡を覗きながらまだあの時のことが頭から離れず、はらわたが煮え繰り返るような思いだった。
『チキショー。
あいつ思いっきり俺を殴りやがって・・・
今日は見てろよ。
お前とあの女ともども地獄へ送ってやるから。』
畠山はそう呟くと、公衆電話を探しに車を走らせた。
当時はまだ公衆電話の数は少なかった。
そして畠山はようやく公衆電話を見つけると、急いでダイヤルを回し始めた。
畠山が電話をかけた相手はなんとあの黒田警部補だった。
明日は『港へ急ぐ警察』へ続きます。




