松井竜二
松井竜二は31歳。
大学を出て就職した会社はデジタルマーケティングを主な事業にしている会社だった。
社員はみな若く、竜二もまだ31歳とは言えもう中堅社員という位置付け。
役職もアカウントマネージャーとしてチームを引っ張る責任者だ。
竜二はいわゆる仕事ができるタイプだった。
これまでいくつものプロジェクトを成功させ、社長賞を何度ももらっている。
仕事ができる男は社内の女子社員からの人気も高い。
昨年、新型コロナの感染がちょうど広がり始めたころに、実はその女子社員たちが竜二のことでもめたことがあった。
竜二はこれまで女子社員に人気があることをいいことに、ちょいちょい社内の若い女子に手を出していた。
豆腐メンタルのくせに女好き。
困った男だ。
その中の一人である総務課の女子社員が、竜二とのデート写真をあろうことかInstagramにアップしてしまったのだ。
これを見た竜二と関係のあった他の女子社員二人が、なんと竜二のデスクに二人同時に詰め寄って来たのである。
ところが、その二人の女子社員は竜二が自分以外にも付き合っている女子社員がいることは知らない。
女子社員二人が竜二のデスクの前で顔を見合わせている。
『あ、あんたも竜二と付き合ってんの!?』
竜二のデスクの前で睨み合っている二人の女子社員を見ていると、竜二の女の趣味がよくわからなくなる。
一人は凶器にもなりそうなド派手なネイルに長いつけまつげのキャバクラにいそうな女。
もう一方の女は見るからに仕事ができそうなキャリアウーマンっぽい女。
そして悪びれることもなくインスタに写真をアップした総務課の女は、坂道系のアイドルっぽい何か勘違いしているようなロリ女だった。
竜二のストライクゾーンの広さはダルビッシュ並みだ。
竜二はキャバクラ嬢とキャリアウーマンの顔を交互に苦しげな表情で見上げている。
オフィスはだんだん修羅場となりそうな気配だった。
他の社員たちもその様子を面白がって眺めている。
そして向かい合っていた二人の女子社員の視線が一斉に竜二の方へ向いた瞬間、朝礼のアナウンスがオフィス内に響き渡った。
『助かった〜』
竜二はホッと胸を撫で下ろしながら、しばらく社内ではおとなしくしておこうと誓うのだった。
そして社長がその日の朝礼で出した全社員への指示が、さらに竜二を窮地から救うことになった。
社長からの全社員への指示の内容はというと、新型コロナ感染拡大を受けて明日からしばらくのあいだ自宅でテレワークをするようにという指示だったのだ。
『ほんと俺ってなんでこんなについているんだろう』
これでしばらくあの女たちとは会社で会うこともない。
実際、竜二のこれまでの人生は本当に強運と言っていい人生だった。
今までいろんな危機に直面しながらも、今回のように不思議と誰かがその危機から救ってくれるのだ。
そのことを竜二はいつも冷静に考えた。
『いったい誰が俺を救ってくれているんだろう・・・』