二人で仲良くサボらなかった話
九月二十三日の朝。
わたしは、追いかけられる夢を見た。
何に追われていたのかは分からなかったけれど、夢の中のわたしは『急がないと死ぬ!』って思っていたから、相当恐ろしいものに追いかけられていたことは間違いない。
……起きたとき、隣で寝ているしずに抱きついていたし。
高校生始めてからもう二年になるのに、寂しがり屋の子供みたいなことをしていて、ちょっと恥ずかしかった。
で、起きてから恥ずかしがれる位の時間は経ったけれど。未だに、夢の中で感じていた胸がキュッと締め付けられるような感覚が、体の芯にうっすらと残っている。
この感覚を何かに例えるとするなら、遅刻ギリギリで焦ってるときみたいな……。
ん? 遅刻?
なんだか嫌な予感がして、時計を見──
「もう九時過ぎてるじゃん!」
何が遅刻ギリギリだ、もう大遅刻だよ!
アラーム掛けてたはずなのに!
どうやら、夢の中のわたしは時間という恐ろしいものから逃げ切れなかったらしい。
それこそ、夢の中以上の焦燥感に襲われてパニックになりながら、ベッドから起き上がって、ぐーすかのんきに寝ているやつを叩き起こす。
「ちょっとしず起きて! 遅刻してる!」
「……ん。……なんでぇ?」
「なんでじゃない! もう九時過ぎてるの!
大遅刻だよ! 大遅刻!」
「え? あー……。うん、諦めよ?」
しずは枕元に置いてあるスマートフォンに手を伸ばして時間を確認すると、開き切らないままの目を何回かぱちくりさせながらそう言った。
「いや諦めちゃダメでしょ」
「いいじゃん、サボっちゃえば」
しずはそう言うと、わたしを誘い込むように右手で布団を持ち上げて、したり顔で「知ってる? 共犯者って、最も親密な関係らしいよ」
「それ言うタイミング間違えてない? こんなちゃっちい共犯者でいいの? いやそんなことより早く学校行かなきゃまずいって。今ならギリギリ二限に間に合うから」
そう、しずには悪いけど、わたしの意思はダイヤモンドだ。並大抵のことじゃ曲がらない。
まあ? 最も親密な関係とか、並大抵のことじゃないし? その言葉に惹かれなくも無いけど……とにかく、曲がらないったら曲がらない。
それを聞いたしずは、わたしから目を逸らすように俯くと、今にも消えてしまいそうな声で。
「……ふーん。まーちゃんは私のこと選んでくれないんだ」
その途端、体の奥からパリーン、と何かが割れるような音が聞こえた気がした。
その言葉が本心じゃないって分かっていたけれど。アンニュイな表情も作りものだって分かっていたけれど。
わたしのダイヤモンドの意思は、その言葉の前にいともたやすく砕け散ったのだった。
残念なことに、ダイヤモンドは叩くと簡単に割れてしまうのだ。
わたしがのそのそとしずの待つ布団に戻って行くと、しずは、おかえりー、って布団の中みたいに暖かい笑顔で言ってきた。
もちろん、さっきまで浮かべていた寂しげなな表情は影も形も見当たらない。
「ああ……サボったの始めてかも」
そんなことを口では言っているけど、正直、悪い気分じゃない。
一日中しずと一緒に居られるし、なによりしずが言う最も親密な関係になれたのだ。
それがどれだけちゃっちい共犯者だったとしても、口の端が勝手に上へ上へと移動していく位には嬉しかった。
まあそもそも寝坊した原因は、昨日遅くまでベッドの上で親密なことをしていたことにあるのだけれども。
……これ以上親密になったら、一体どうなってしまうのだろうか。
「まあ一回ぐらい別にいいんじゃない?
あと今日祝日だよ」
「……先に言ってよ!」