身心操奪/盤上の駒
「勇者の皆さま、こちらをお持ちください」
あの茶番劇の後、俺達は別の部屋へと通された。ここで『勇者の力』についての説明があるらしい。
そして、その説明役は玉座の間で王の傍にいた男、クビディターテム王国の学者『アルフィー・クラーク』が務めるらしい。
見た目は優男で、知的さも感じさせる。丁寧な言葉遣いに、見た目も相まって王子のように見えた。
ただ、白衣の様な服装と、特徴的な眼鏡をしているので、学者としての体裁は保たれている。
部屋についてすぐ、アルフィーは各生徒にクリスタルと呼ばれる、ひし形の手のひらに収まる大きさの結晶体を渡していった。
「なんすかこれ?」
西城が不思議そうに、手のひらで渡されたクリスタルを遊ばせながら聞く。
「これは『クリスタル』と呼ばれるもので、自分の能力を知覚できるようになる装置みたいなものです」
「はぁ……」
「これで勇者の皆様の力がどのような物か調べる事が出来るんですよ」
西城は要領を得ていないようだ。
まあ確かに、これでどうやって能力を調べるのかと疑問に思うのも無理はない。
「方法は簡単です、クリスタルを額に近づけて、意識を自分の奥底に集中させるんですよ。そうすると自分の力がなんなのか、自然と頭に思い浮かぶんです」
「い、意識を自分の奥底に集中っすか……ちょっとわかんないんすけど」
「難しいですか? ふむ……“自分の能力教えろー!”って思えばいいかもしれませんね。感性が雑な人は苦戦する事がありますが、この方法なら大丈夫かと」
「あ、それなら分かりやすいっす」
暗にお前の感性は雑と言われている事に気付かず、西城は納得していた。
知的さを感じさせる男から出たアホっぽい言葉だが、つまりは自分の能力を教えて欲しいと念じればいいのだろう。しかし、そんな方法で良いのか……。
「それでは皆さま、お願いします」
大分大雑把な説明になったが、全員理解出来たようで、アルフィーの言葉を皮切りに、生徒達はクリスタルを額に近づけ、目をつぶって意識を集中させていく。
俺もそれに倣い、意識を集中させてみる。
瞬間、頭の中に浮かんだのはいくつかのイメージと言葉だった。
――【身体能力強化】【言語理解】【話術】【感知】【格闘術】
分かりやすいな。
身体の調子が良かったのは【身体能力強化】、本を読めたのは【言語理解】のおかげという事か。
【話術】や【格闘術】は、そもそも俺自身が持っている物だろう、特に違和感はない。【感知】は、気配やその他、色々な物を察知する能力のようだ。
元々持っていた技能も、こちらの世界で能力として身体に適応しているという事だろうか。
【感知】については正直分からないが、まあ使い勝手は良さそうだ。
そして、それらとは全く異なる感覚がする物が、最後に浮かび上がった。
――〘身心操奪〙
これ等が、勇者としての能力なのだろうか。最初の五つは理解出来る。
だが、この〘身心操奪〙――対象の身も心も操り、奪うと言う能力。
まるで悪役が持っていそうな能力だが、人を救う為に戦う勇者が、こんな能力を持っていて大丈夫なのかと思ってしまう。
使い方も自然と頭の中に浮かぶ。
言葉で身体を操り、相手の目を見て心を奪うようだ。どの程度の効力があるのかまでは教えてくれないようなので、実際に試してみないとわからないが。
ただ、それでも破格の能力だと断言出来るレベルの極悪さだ。
「チートキターーーーーーーー!!」
突然のデカい声に、集中させていた意識が途切れる。
顔を顰めて、声がした方を見ると、小太りで丸眼鏡を掛けた男子生徒、楠がオタクと呼んでいた一人の『大蔵雅弘』がガッツポーズをとって叫んでいた。
「どんなのだ!?」
「いや俺の方がチートかもしれんぞ!」
「待って待って、全員、いっせーので教えよう」
「まあ、拙者が最強なのは確定だがな?」
その大蔵に、他のオタク仲間が群がり始める。
仲間内の能力が気になるのか、互いの能力を教え合おうとしていた。
「はいはい、お互いの能力が気になるのは分かりますが、それは後でお願いします。皆さんご自分の能力は分かりましたか?」
それをアルフィーが止めて、生徒全員が能力の確認が済んだか見回しながらそう言い、生徒達はそれに頷いた。
「それは重畳。ではまず、能力の説明から致しましょうか」
教鞭を執る教師の様に、勇者の力について説明し始めた。
「皆さんが自分の奥底に意識を集中させた際、いくつかの言葉とイメージが浮かんだはずです。それは皆さんの能力、『スキル』と呼ばれるものです」
スキルか、安直だが分かりやすい名称だ。
「スキルは誰でも持ち得るもので、先天的に持っている人もいれば、後天的に獲得する事も出来る場合があります。まあ色々制約もありますが、一先ずはそれだけ覚えていただければ良いかと。ですので、定期的にクリスタルで、ご自分のスキルを確認する事をおすすめしますよ」
元の世界で言う、技術の様な物だろうか。
どうやって後天的に獲得するのか、後で調べてみるとしよう。
「スキルの説明はこんな所でしょうか……重要なのはここからです。皆さん恐らくですが、スキルとはまた違った感覚を覚えた物が浮かんだのでは?」
スキルとはまた違う感覚の物……該当すると言えば、〘心身操奪〙の事しかないな。
確かに他とは別物のような感覚だったので、何か特別なスキルなのだろうか。
「浮かんだようですね。それは『ギフト』――――スキルとは別種の、神の祝福とも言われる、選ばれた者のみに授けられる力です」
生徒達の反応を見て、神妙な顔つきでアルフィーが説明を始めた。
「スキルが徒人の能力と例えるなら、ギフトは、神の御業の如き能力。殆どの人が持ち得ない、稀有な力なのです」
選ばれた者、神の御業の如き。
随分と大言壮語な言葉だが、それを当てはめるにしては、俺のギフトとやらは少々地味に思える。確かに強力ではあるが……あのイメージと簡単な使い方だけでは、まだ何とも言えない。
それに“神”。異世界での神と言う存在はどういう立ち位置なのか。大聖堂の様な物もあるし、信仰自体は存在するとは思うが。
「それが、勇者の力の本質です。『勇者召喚術』によって召喚された勇者は、必ずギフトを保有しているのです。だからこそ、全ての種族の中で最も強いとされる、魔族と戦う事が出来る」
ただの高校生に戦わせる理由はそういう事らしい。
神の御業とまで言われる力を持っているのであれば、確かに相手が子供でも縋るのは理解出来る。
けれど、やはり所詮その力を扱うのは子供でしかなく、どんなに立派な志を持ち、例え強力無比な力を持とうと、戦争と言う“殺し合い”の場では、生徒達の平和ボケした精神が足枷になる。
果たして、その場に立った時、こいつらは戦えるのか。
「そして、ギフトが勇者にあるという事は、『セフィラ』様は魔族を撃滅せよ、と我ら人族に仰られているのです。素晴らしいと思いませんか? 人族に味方してくれているんです!」
「あ、あの……セフィラって?」
突然興奮し始めた様子のアルフィーに、恐る恐る聞く西城。
「セフィラ“様”です! この世界、クラウザを創造し、万物を司り、あらゆる物を見通す、いと尊きお方……それがセフィラ様なのです!」
「う、うっす……」
まるで説明になっていないが、セフィラと言うのは、神の名なのだろう。やはりこちらの世界にも信仰は存在するらしい。
人族が信仰する神、そしてその神の力を授けられたのが俺達で、そこから連想して神が人に味方していると思っている、と言った感じか?
事実はどうなのか知らないが、アルフィーはとりあえずその神の信者なのだろう。研究者然としているが、見た目にそぐわず信心深いな。
「勇者の皆さまにもぜひ、セフィラ様について知っていただきたい! まず初めに創世記の話ですが――」
「おい、アルフィー! いつまで掛かってるんだ!」
力強く扉を開けて部屋に入ってきたのは、厳つい顔をした重装備の騎士。初めて見る顔だった。
かなりの重そうな装備をしているが、その足取りは軽く、相当身体を鍛えているのかもしれない。
突然の闖入者に生徒達は驚いており、その顔つきもあるのか、少し怯え気味の者もいた。
「おお、アーサー殿。どうされました?」
「どうされました、じゃない! いつまで経っても訓練場に来ないと思えば、お前勇者の能力鑑定にいつまで時間を掛けるつもりだ、もう予定の時刻は過ぎているぞ!」
アーサーと呼ばれた騎士の男は、アルフィーに詰め寄り、詰問し始めた。
どうやらこの勇者の力の説明にはそれほど時間は割り振られていないようで、予定を過ぎても来ないアルフィーを迎えに来たようだ。
「おっと、そうでしたか。失敬しました、アーサー殿。では皆さん、セフィラ様のお話はまた後日といたしましょうか」
「お前……また“いつもの”セフィラ様談義か。いい加減にしてくれよ」
うんざりした面持ちのアーサーを見るに、ああやって興奮して唐突に語り出すのはよくある事のようだ。
そしてまた後日とは、アルフィーの話を再び聞かされるという事で、若干生徒達も引いている。俺はその神の話とやらに興味があるので、やぶさかではないのだが。
「まったく……君達が勇者だな? 私は『アーサー・ブライアント』だ。畏まった言葉遣いは期待しないでくれよ? そういうのは苦手でな。一応、騎士団長を務めているが、立場的には君達よりも下になるから、そちらも畏まる必要はないぞ。よろしく頼む」
呆れ顔をした後、アーサーはこちらに振り向き挨拶をした。顔に似合わず、気さくで、生徒達も最初の怯えが少しは取れたようだ。
まあ、生徒達にはこれくらい砕けた対応の方が接しやすいかもしれないな。騎士団長という事は、騎士達の頂点にいるという事で、実際どれくらい強い人物なのか気になる。
彼の実力が分かれば、人族が勝てない魔族とやらの力が、多少は比較して見えそうだ。
「本来なら、アルフィーが君達を案内したんだが……まあ、見ての通りだからな。はぁ……私が案内しよう、付いてきてくれ」
「……?」
首を傾げて、何か? といった感じのアルフィーに溜息を付きながら、アーサーは案内を始めた。
部屋を出ていく俺達を、満面の笑みを浮かべて手を振りながら送り出す専属学者さん。悪気の無さそうなそれを見ながら、俺はやはり学者は風変わりな奴が多いんだなと感じたのだった。
訓練場は屋外で、かなり開けた場所だった。木人の様な物がいくつか設置されており、その表面には多くの傷跡が見られ、名前の通り、騎士達がここで訓練をしている事が分かった。
「君達にここでやってもらう事は、勇者の力、スキルやギフトの実際の使用だ。どの程度の力なのか、どういう力なのかを私に見せてもらい、今後行われる訓練の参考にする。使い方はクリスタルが教えてくれたと思うから、問題ないな?」
遂に、自分達の力を試せると、何人かの生徒達は色めき立っている。
与えられた玩具を使いたくてしょうがないようだ。
「あそこに立っている木人に対して、力を使ってみてくれ。失敗しても気負う必要はない、初めての経験だからな。それじゃあ、誰からやってみる?」
「では、拙者から――」
「俺からだ」
「うぇ……」
一番乗りになろうとした大蔵に割り込んでいったのは、案の定西城だった。大蔵を睨みつけ、威圧して前に出てきた。
大蔵は怯えて、すごすごと生徒の中に戻っていった。どちらでもいいので早く終わらせてくれ。
「よし、名前は?」
「西城敦っす」
「なるほど、異世界の人の名前は独特だな……。ではアツシ、やってみてくれ」
日本人の名前に少し考えるような仕草をしたアーサーは、アツシと下の名前を呼んでいる。
このクラウザという世界は、名が先に来て、姓が後に来ているので、敦が姓名だと思っているのかもしれない。
それに特に気にした様子を見せる事なく、了解っすと言って、木人の前に立つ西城。
「〘竜唸灼艶〙!」
腕を掲げて、スキルかギフトか、単語を叫びながら掲げた腕を勢いよく振り下げると、木人の頭上に幾何学模様が描かれた大きな円が現れ、そこから大量の炎が降り注ぐ。天から降り注ぐ炎は、竜が吐く焔のようで、ある種の美しさがあった。まるでCGの様な光景に、目を剥いてしまう。
だが、肌を焼く吹き荒れた熱風と木が燃やされる臭いが目の前の出来事を現実だと教えてくれる。
炎が止むと、そこには木人だったであろう、黒ずんだ燃えカスと焼け焦げた地面が残されていた。これが、勇者の力なのか。あまりの凄まじさに、俺も少し心が浮足立った。
「す、すげぇーーーーー!!!」
「やっべぇな敦!」
「マジどうなってんの!?」
非現実的で迫力満点な光景に、他の生徒達も語彙力を失って、驚きを露わにしている。
「どうよ! これが俺の力だ!」
こちらにドヤ顔を向けてくる西城。流石にこれは誇っていいだろう、この現象が人一人に起こされた物と思えば、その力は計り知れない。
他の生徒もこんな力を持っているのか、それとも西城が特別強い力を持っていたのかはこれから分かる事だが、これは“退屈”しないで済みそうだ。やっと異世界に来て、面白さを見出せた気がした。
「流石だな、初めてでこの火力。やはり勇者と言うのは特別らしい。それはギフトか?」
「うっす、〘竜唸灼艶〙って名前ですね。神竜? が吐く炎を自在に操れるらしいっす」
「ふむ、これからの成長も加味すれば、凄まじいの一言に尽きるな。しかし……毎回木人を破壊されたら、費用が馬鹿にならないな」
アーサーは西城の力を褒め称え、燃えカスになった木人を見て、苦笑いでそう言ったのだった。
そこからは各生徒がスキルやギフトを試していき、アーサーがそれを記録する作業が続いた。生徒それぞれ、まるで同じギフトは無く、中には西城に比肩する物もあった。一部は俺が“認識できない”物もあったが、アーサーは認識出来ていたので、やはり戦場に立つ者の観察眼と言うのがあるのかもしれない
そして大方の生徒の確認が済み、残されたのは俺と千沙だけになっていた。
あれから千沙は俯いたまま、だんまりを決め込んでいた。生徒から話しかけられても薄い反応で、心が折れたのか、まだ色々と考えているのかは知らないが、どちらにせよ良い兆候とは言えないな。
俺の方は単に他の生徒が俺も私もと、率先して試したがるせいで、後へ後へとなり、気付けばこうなっていた。まあ別に最後でもいいかなんて考えていたので構わないが。
「残り二人か、どちらからにする?」
「私は……」
やらなくていい、なんて言葉が続きそうな雰囲気の千沙。
流石に様子がおかしい事に気付いたようで、アーサーが近づいてくる。
「どうかしたか?」
「私は、いい」
「ん? 何故だ」
拒否の言葉を吐く千沙を、訝しげに見つめて理由を問うが、千沙はそれきりまた黙ってしまう。
どう対応しようかと、悩んでいるようで、生徒達もどうかしたのかとこちらを見つめている。このままでは埒が明かないし、戦いを放棄したと見做されても面倒だと考え、俺は千沙に話しかけた。
「御舟先生、とりあえず試してみたらどうですか?」
「た――三上……?」
何故だと言いたげな目でこちらを見つめる千沙の耳元に顔を近づけて、小声で話しかける。
生徒達――特に禅銅――に見られている中で、この行動は面倒事を招きそうだが、致し方ない。
「目立つ真似は止せ。戦いを放棄したと思われれば、あんたはここに居られなくなる可能性がある。そしたら生徒達は誰を頼る事になる? 最悪の状況になったからって自暴自棄になるなよ」
「だが……」
「今はとりあえず目立つな、言われた通りにしとけ。それからの事は、後で話し合うぞ」
そう言って離れると、数瞬考えた後、千沙は木人に向けて手を翳すと、彼女の手に収まるサイズの幾何学模様の円が現れる。
「――ッ!」
翳した手を強く握りしめると、木人がびくびくと痙攣するかのように蠢き、軋む音をたてたと思えば、突然木っ端微塵に弾け飛び、辺りに破片が散らばっていく。
「これでいいか?」
「う、うむ」
どういう能力なのか分からないが、対象に向けた手を握りしめるだけの派手さはない能力でありながら、その効果は絶大だった。硬い木製の人型があの有様なら、人に対して使えばどうなるか。
千沙の今の陰鬱とした雰囲気もあってか、そう問われたアーサーは若干引きながら頷いていた。
そのまま千沙は能力の確認を終えて、仲間内で騒ぎあっている生徒達の方に向かっていった。
「さ、さて、最後は君だな。名前は?」
気を取り直して、俺に問いかけてくる。
「三上隆景です」
「そうか、タカ…タカキャ……タカカゲ。やってみてくれ」
うん……まあ俺の名前は少し言いにくいよな。日本人でも嚙む奴がいるし、馴染みのないアーサーは尚の事だろう。
さて、気を取り直すとして。
俺のギフトは正直地味だし、何なら対象が動かない木人では、効果が分からない。素直にそう伝えるか。
「すみません、僕のギフトは木人が対象だとわかりにくい効果で……スキルの方なら分かりやすいんですが」
「ふーむ……なるほど、了解した。一先ずは、スキルの方を試してくれるか?」
「分かりました」
話が早くて助かるなと思いながら、木人の前に立つ。
さて、スキルは【格闘術】と一括りになっているが、その種類は多岐にわたり、様々な物がある。
実際に現代日本で教われる格闘術の殆どは護身やスポーツの為の物でしかなく、殺傷能力のある格闘術は軍属の特殊部隊のみが訓練して習得する程くらいで、まず一般には普及していない。事実俺が教わっていた物もスポーツや護身に使える物ばかりだ。
ただ、馬鹿げた力があればどうだろうか。【身体能力強化】によって底上げされた力であれば、例え護身術でもスポーツの技であっても、殺傷能力を持つのではないだろうか。
両腕の力を抜き、下に下げる。構えを取ったり、余分な力は相手を警戒させるだけだ。意識を集中させて、どうやって相手に攻撃を当てるかをイメージする。
まあ今回は無機物の木人なので、そこまでする必要は無いが、動きを身体に覚えさせる為には、例え練習であっても実戦と同じ様に動く事が重要だ。手を抜く必要も無いし、そもそも戦争になれば手を抜いている暇なんて無いだろう。
力を抜いた静止から、突然の動への至る鋭い加速。
左脚で地面を強く踏みしめ、身体に回転する力を加えながら、その力を伝えた右脚で木人の頭部へと回し蹴りを叩き込み、その首を刈り取るように振り抜く。
普通なら、こんな厚みのある木製の物を防具も無しに本気で蹴れば、こちらの脚が折れるだろう。だが、衝撃はあれど、痛みは感じず、脚が鉄にでもなったかのような強靭さだ。
メキメキと音を立てて木の頭が胴から離れていき、ちぎれ飛んでいく。
身体を一回転させて正面を向くと、まだ木人の頭は空を舞っていた。やはり【身体能力強化】は相当俺の身体を強くしてくれているらしい。力の入れ方は普段通りの筈にも関わらず、簡単に木製の首を吹っ飛ばす事が出来た。対人であれば強力なスキルだなこれは。
ただ、魔族がどんな姿で、どんな能力を持っているかは現段階では分からないので、どれほどこの力が役に立つのか。
それでも、熊でも猪でも素手で簡単に仕留められるレベルなので、宝の持ち腐れにはならなさそうだ。
「ふむ、派手では無いが、中々の力だ。【身体能力強化】スキルか?」
「はい、それに加えて【格闘術】スキルです」
【身体能力強化】を今ので見抜くと言う事は、そこまで珍しいスキルではないのかもしれない。
「蹴りの型が乱れず、鋭かったのはそういう事か……それにしてもタカカゲ、君は随分と身体を鍛えているように見えるが、何か戦いの経験が?」
俺は今、長袖長ズボンの制服姿だ。それがまさか服の上から見抜かれるとは思っておらず、答えるのに一瞬間が空いてしまう。
「――よく分かりましたね。戦いの経験は無いですが、鍛えてはいました」
「まあこれでも騎士団長だからな。そういうのを見るのは得意だ。しかし、戦いの経験は無いのか」
「僕達はそう言う世界から来ましたから」
「それにしては、無駄の無い身体付きをしているが……」
「他の人でも、鍛えてる人はいるでしょう? 趣味みたいなものですよ」
実際、そんな戦いの経験は無い。精々、喧嘩くらいだ。
まあ確かにな、と言ってこちらへの追及の手を緩めたので、すかさず話題を逸らす。
「ギフトの方は口頭の説明でいいですか?」
「ん? ああ、そうだな……そのギフトは殺傷能力があるのか?」
「いえ、そういう直接的な物ではないですね」
「そうか、なら私を対象に試してみてくれ」
「えっと……良いんですか?」
まさか自分に対して使えと言うなんて思っていなかったので、思わず聞き返してしまう。
「ああ、問題無い。やってみてくれ」
少し口角を上げて薄笑いをしながら、腰に手を当てて仁王立ちしながらそう言ってくる。
こちらとしても、この力が試せるのであればと思っていたので、分かりましたと快諾する。
しかし、いくら子供とはいえ、見知らぬ初対面を相手にそんなことを言えるとは。
どんなギフトか説明も聞かずにそう言えるのは、度胸があるのか、警戒心が無いのか。
どちらにせよ、俺には絶対に真似出来ないし、真似もしたくない。
まあとりあえずそれは置いておこう。
意識を集中させ、〘身心操奪〙を彼に対してを使ってみる。
生徒達は少し離れた所にいるので、あそこからなら俺の“言葉”は聞こえないだろう。
「では、行きますよ――〘動くな〙」
「むっ!? ……こ、これは……」
突然身体が動かなくなればそりゃ焦るだろうな。寧ろ目を見開いて、驚きの声を上げるだけで済んでいる方が少し異常な気もする。
普通の奴なら喚き散らすだろう。
話すなとは言っていないので、喋る事は出来るアーサーは、そのまま賞賛を伝えてきた。
「いやはや……強力なギフトだ。咄嗟に身体を動かそうとしたが、ビクともしない」
いや、身体が動かないと判断して咄嗟に身体を動かそうとするのはどうなんだ。
「まあ、まだまだ使い道はありそうですが、普通の使い方としてはこんなものですね」
アーサーへの〘身心操奪〙を解きながら、そう言う。
「ふっ……もう自分のギフトの応用方法まで考えているのか。頭も回る上、戦闘能力も申し分無い。期待出来そうだ」
「あはは……まあ、地味なスキルとギフトですが、汎用性は高そうですからね」
「戦いで地味なのは悪い事じゃないさ。ギフトの使用方法についても説明してもらえるか?」
「あ、はい。使い方としては、相手の目を見ながら言葉を発する事で、その言葉通りに相手の身体と心を操る事が出来ます。名前は〘身心操奪〙と言います」
「なるほど。身体と心を操る、か。今は身体だけを操ったという事だな?」
「そうですね。流石に心まで操ってしまうと、どんな悪影響があるか分かりませんでしたので……」
「はは、確かにな。私も少し、蛮勇が過ぎたかもしれない。もし君がギフトの使い方を誤っていれば大変な事になっていた。しかし、目を見なければいけない制限はあるが、それを差し引いても、貴重な力だな」
上手い嘘のつき方と言うのは、嘘の中に真実を織り交ぜると言うが、相手が何を根拠にこちらの嘘を見抜いてくるのかによるだろうと俺は思っている。実際、丸っきりの嘘でもバレない時があれば、例えどれだけ手をこまねいて嘘をつこうとも、バレる時はバレていた。まあ、今回に関しては“保険”で嘘をついただけなので、この嘘自体に大した効力は期待していない。
アーサーは俺の嘘のギフトの情報とスキルについて記録を取っていく。大分時間も経っており、空は茜色に染まっていた。
一先ずこれで、俺達の能力確認は終わった。
能力確認が終わり、そのまま夕食を食べた後、俺は人目の無い、王城の片隅にひっそりと存在する小さなバルコニーに来た。
外はすっかり夜になっており、昨日は見る暇の無かった異世界の夜空を眺める。人口の光が殆ど無いからか、それとも異世界だからなのか、異様な程に星々が輝いている。天体観測が趣味と言うわけではないが、心動かされる光景である事は間違いない。
いつもはホテルから見る夜景が精々なので、こうして静かに一人で風景を楽しむという事は、新鮮だった。
しばらくこの風景に浸っていてもいいかと思ったが、何かが引っかかる感覚がした。恐らくは人、距離はまだ少しあるが、こちらに向かって来ていると分かる。多分、これが【感知】スキルの効果なんだろうな。感知範囲もまあまあ広いし、このスキルも色々と便利そうだ。
段々とその人物は、近づいてきており、もう殆ど目の前だ。そして、バルコニーと王城を繋げる廊下の曲がり角から、千沙が姿を現す。
「……遅くなった」
申し訳なさそうな表情をして、こちらに寄ってくる。やはり、雰囲気は落ち込んだままで、このままだといつか倒れかねないと思わせる程だ。
今朝の楠の件もあり、部屋での接触は不味いと考えて、わざわざ人が少なく、近寄りにくいこの場所を指定して呼び出した。
千沙以外は【感知】には引っかかっていないので、誰かが付いてきていると言う事も無さそうだ。いつも通り話しても良いだろうと判断する。
「別に、気にしちゃいない」
「なら……いい」
『…………』
お互い、それきり会話が途切れてしまう。
多分、彼女は本当に話す事が無いのだろう。考える事すら放棄しているかもしれない。何せ危惧していた戦争への参加は、もう止められないのだ。そもそも、守ろうとしている存在が意気揚々と戦争へ参加すると宣言してしまっては、千沙にはどうしようもない。
相互理解の欠如と、未だ幼い精神を持つ高校生が招いた結果だと言うのは明白だ。彼女が一人で抱え込まず、生徒全員へ考えを共有していれば、防げた事態だった。千沙に直接そう言われれば、お遊び気分の生徒達も現実を理解したかもしれない。
だが、結果はこうなってしまっている。最早、その行く末を見ている事しかできない、と彼女は思い込んでいるのだろう。
「なんで落ち込んでんだ?」
「……当たり前だろう」
「何が?」
「ッ……もう、生徒達が戦争に参加する事は避けられない……私は、あの子達を守れなかったんだ……!」
絞り出すように、自分の力不足を嘆く千沙。千沙のせいだけとは言えないが、まあ彼女が生徒に責任を押し付けるような真似をしないのは分かっている。全て自分の責任だと、何もかもを抱え込んでいるんだろう。
「まあ、そうかもな」
「……事実そうだ、私は自分の責務を何も果たせず、こうして無様な姿を晒している……なんだ、私を呼び出した理由は隆景は私を嘲笑いたかったからか? いつもみたいにいじわるをしているのか知らないが、好きなだけ笑うといい。こんな私を――」
「そんな事はどうでもいいんだよ、そんな意図も無い」
「――何?」
心が折れかけて、いや折れてしまった千沙には、強引な発破が必要だ。思い切り背中を蹴り飛ばすように、無理矢理にでも前へ進ませなければ、彼女はこのまま腐っていくだけ。
別に普段であればそれでも良いのだが、この状況では俺の身に危険が及ぶかもしれない。その可能性は、たった少しの確立であっても摘んでおきたい。その為には、千沙にはもう一度生徒達の先頭に立ってもらわなければならない。
「あんたの苦悩や後悔はどうでも良いって言ってんだ」
「な、んで……」
「あんたを詰ってどうなる? 戦争へ参加せずに済むのか? 元の世界に帰れるのか?」
「おこ…っているのか?」
「ちげぇよ――失望してんだ」
罵倒する訳でも、笑う訳でもなく、ただ淡々と言う。
千沙は罰を望んでいる節がある。そんな事をしても、何の益にもなりはしないというのに。
元々、そう言う被虐的なところはあったが、今の彼女にそれを与えても立ち直りはしない。
「失望……?」
「ああ、あんだけ生徒の為だとか、率先して考えて動かないと、なんて言っときながらこの様だ」
「だ、だから、私は失敗してしまったと、生徒を守れなかったと……!」
「違う、あんたが失敗して間違えた事じゃない。今のあんたの姿だよ、なんだその悲劇のヒロイン面は、誰かが慰めてくれると思ってんのか?」
「なっ……」
呆然とした表情になり、返す言葉を失う千沙に対して、俺は更に続けていく。
「まあ……禅銅辺りに泣きつけば、慰めてはくれそうだな、身体を使ってだが。弱った女のスキにつけ込むのは男の常套手段だ。あんたに惚れてるアイツなら、ホイホイついてくるだろうさ」
「わ、私はお前以外に身体を許すなんて……」
「別にそれはどうでもいいわ。何が言いたいかって言うと、あんたに呆れて、失望してる理由は、そうやって腐って何も行動せず、自暴自棄になってるところだよ」
千沙に事実を突きつけ、追い詰めていく。
理不尽な罵倒でも、不平等な責任を押し付けるわけでもない。
「一度失敗したくらいで、なに死にそうになってんだ? たった一度の失敗であんたは、御舟千沙は挫けちまうのか? だとしたら本当にがっかりだよ、期待していた俺が馬鹿みたいだ」
「…………」
「もうあんたに構う事も無いだろうな。そのまま一人で、一生そうしてろ」
「……ってな事を…」
「あ? 何か言ったか?」
図星を突かれ、追い詰められた人間が取る行動はなんだと問われれば、簡単に答えられる。
「勝手な事を言うなッ!!」
怒り、逆上する千沙。先ほどまでの悲嘆にくれた顔ではない。理不尽に怒り、今の自分の姿を無理矢理に見せつけられた怒りを露わにする表情。
「勝手に期待して、勝手に失望するなんて身勝手過ぎる! 私だって好きでこうなった訳じゃないのに! 努力した、頑張った、誰もが救われる道を必死になって探したさ! でも、出来なかったんだよ! 皆そうだ、私に勝手に期待して、責任を押し付けて、身勝手な事ばかり言う! 出来て当たり前、失敗すればすぐに手のひらを返す!」
不満の爆発とは、正にこの事と言えるほどの言葉の数々。
理不尽も、不公平も、不平等も全てを抱え込む千沙の内には、相当な物が溜まっていたのだろう。
ほんの愚痴過ぎない程度の物に付き合う事はあったが、それでも全てを曝け出したわけではない事は分かっていた。そんな彼女は、最終的にその不満を身体を重ねる事で解消しようとした。だからこそ、俺との関係が出来た。
きっかけは些細な事だったが、一度そうなってしまえば、人間と言う生き物はそう簡単には変われなくなる。あと少し、もうちょっと、まだ大丈夫。そうしてずるずると底なし沼の様に沈んでゆき、いつしか溺れ、手放せなくなる。千沙が俺に固執し、構え構えと言うのは、つまり自分のストレス発散になる物を傍に置いておきたかったからだ。
そして、その不満の捌け口だった物が、自分に不満を与える存在になった時、彼女は耐えられなくなる、抱え込めなくなる。それが今の彼女であり、俺の狙いだ。
「どうすれば良かった!? 何をすれば私は報われる!? 教えてくれよ隆景! もう分からないんだよ! 私はっ、私にだって、出来ない事はあるんだよぉ……う、ああぁあ……!」
自分でも何が言いたくて、どうしたいのか分からないのだろう。それでも一度溢れ出した物は、簡単に押し留められぬ程に大きかった。
涙を流し、声を張り上げながら全てを曝け出し、吐き出して頽おれる千沙に残るのは、無様な自分の姿だけ。
そろそろだな……常套手段と言うのは、それが効果的だと分かっているから常套手段と言われるのだ。
「うっ…ひぐッ……なんで、こんな事にっ……」
「満足したか? それで終わりか?」
「ひど、い……酷いよ、隆景ぇ……私はただ、君に――」
「なら、後は立ち上がるだけだろ」
「あ……え……」
這い蹲った千沙に寄り添い、その手を取って優しく起き上がらせる。
労わる様に、彼女の涙を拭い去り、その体を抱きしめ、赤子をあやす様に頭を撫でる。
「ったく、言っただろ、千沙は背負い込み過ぎなんだよ」
「たか、かげ……?」
「自分の事を第一に考えろ、そう言ったよな? それは、ああやって不満を溜め込むなって意味でもあるんだよ、俺にも背負わせろ、世話の焼ける女だ」
「あ、う…? え……なんで」
何故、さっきまで自分を突き放して、皆みたいに自分に全て押し付けていたのに。
などと思っているのだろう。混乱して、上手く言葉が出ていない。あれだけ乱れていたのだ、情緒もおかしくなっているその頭では、瞬時に理解できる筈も無い。
そこに、俺は甘い蜜を流し込み、彼女の心を蕩けさせていく。
「まさか、本気で千沙の事を見放すとでも思ってたのか? どんだけ愚痴に付き合ってやったと思ってんだ、あんたの醜態なんて見飽きてるし、散々ベッドの上でも乱れてんだろ。もし見放すなら、とうの昔に見放してるわ」
「うぇ……じゃあ、隆景は……」
「まあ、なんだ……少し強引だったけど、千沙の不満を吐き出させてやろうと思ったんだよ。あれぐらいしなきゃ、ずっと溜め込んだままになってただろ」
ばつが悪そうな顔をして、苦笑いを向ける。
千沙が俺の行動の意味を知るように、そしてその行動の意味の真意を悟られないように。
「あ、ああ……あぁああっ……!」
「なんだよ、また泣くのか? 本当に泣き虫で世話が焼けるな……好きなだけ泣いて、吐き出せ――――俺がずっと、受け止めてやる」
大の大人が歳の離れた子供を力強く抱きしめ、大泣きするその姿は他人から見ればさぞかし酷い絵面だろうな。だが、俺にとってはこの大泣きする声が、始まりの“福音”だ。
駒は手に入れた。後は俺が盤外からその駒を操作してやればいいのだ、油断せず、徹底的に、躊躇なく、完膚なきまでに。そして最後にチェックを掛けるのは――――俺になる。
千沙を抱きしめながら、俺は爽やかな笑顔を浮かべたのだった。
あれから、千沙はしばらくの間俺を抱きしめながら泣き続けた。
流石にちょっと、もういいんじゃないの、離れてくれない、離れろと思い始めた頃、千沙は俺を解放した。
「気は済んだか?」
「う゛ん゛、ずま゛な゛い゛」
泣き続けて声が枯れた上に、鼻水まで垂れ流しの彼女の声は、もうそれは酷い。普段の凛々しい彼女しか知らない連中が見れば、果たしてどんな感想を抱くのか。
「ほら、顔拭け」
そう言って、ポケットに入っていたハンカチを渡すと、ありがとうと言って顔を拭き始めた。
後で洗わないとな……。
「ん、んんっ! もう、大丈夫だ」
「本当かよ」
「本当だっ!」
べちゃべちゃのハンカチを返され、内心で溜息を付きながら、大丈夫だなんて言う千沙を訝しむが、ぷりぷりと怒る彼女を見るに、確かに落ち着いてきたのだろうと判断する。
怒ると言っても、羞恥心でおかしくなりそうだから、これ以上追及しないでくれと言う懇願に近い物だった。
「んじゃあ、改めて今後の話な」
「あ、ああ。もう、あんな醜態は晒さないぞ」
「いや、だから晒していいんだっつーの。溜め込まれて、勝手に落ち込まれたらこっちが困るんだよ。何かあったら俺に言え、分かったか?」
「あ……うんっ!」
華やかな笑顔でまるで童女の返事をする千沙を見て、一先ずは彼女はコントロール下に置けたと確信する。
完全に俺を信用、信頼しきったその笑顔は、今まで見た事が無かった物だ。
心の壁を取り払い、真の意味で俺に心酔し始めるだろう。後は俺がそのコントロールを誤らなければ、完璧で従順な駒の出来上がりだ。
「で、だ。これからについてだが、千沙には変わらず、生徒達の先頭に立って、生徒を導く教師として活躍してもらう」
「了解した。いつも通りだな」
「ああ。ただ、一点違うとすれば、俺が案を出す時もある事だ。一人で考えるより、二人で考えた方がいい案が出るだろ」
「なるほど、二人の初めての共同作業と言うわけだな!」
「お、おう。まあそういう事だ」
ふんす、と音が出そうなほど鼻息を荒くしている。
ちょっとニュアンスが違うような単語が飛び出してきたが、まあ同じような意味だろうと受け流す。
「とにかく、あんたはあんたの役目を果たそうとすればいい。何か悩み事があれば、俺に必ず相談しろ考える。それと、事と次第によっては俺の案の方を使ってもらう事もあるかもしれないが、そこは割り切ってくれ」
「ああ、分かった。その点は心配していない、隆景なら、決して間違わないと思う」
早速効果が現れているのか、全面的にこちらを信頼するかのような言葉を発する。
あまりにも立ち直れない、もしくは反発があった時はギフトの使用も辞さないつもりだったが、杞憂だったようだ。正直、〘身心操奪〙による心の操作は不確定な要素がありすぎて、まだ使える段階じゃないと思っている。果たして心を操作した時の、相手への影響はどの程度の物になるのか……実験に使えそうな人間がいない為、その検証はまだ先になりそうだ。
「いや、俺だって間違うかもしれないんだ、千沙も何か違和感や指摘できる部分があればしっかりと伝えてくれ」
「君がそう言うなら、分かった。ふふっ、心配性と言うか、慎重と言うか……その考え方が、私達を救う道を開く切っ掛けになってくれればいいな」
「なんだそりゃ……」
救う、ねぇ。そんなつもりは毛頭ないし、結果どうなるかは相手によるだろう。
魔族があまりにも強すぎるなら、何人かは消えるかもしれない。その辺は行き当たりばったりだな。訓練で座学もあるらしいので、魔族についてはそこで知れるだろう。
「ああ、それと、俺は表立っては動かない。俺の案だとしても、千沙の案として表に出してもらう」
「何故だ? 正直言えば、今の隆景が侮られている現状に、私は結構頭に来ているのだが。隆景が指揮をとったり、案を出せば、生徒の皆も認めるのでは?」
一応気付いてるんだな、だからと言ってその事を直接生徒達に指摘していないのはありがたい。
「別にそこはどうでもいいし、俺が望んで選んだ立場でもある。大体、それで認めてくれるほど、あいつらは精神性が育ってねぇよ。いきなり俺が千沙と同じ立場になった時に仮に命令違反や、こっちの命令を拒否されてみろ。大変な事になる」
「そういう懸念がある、という事か……何故みんなで協力し合うという事が出来ないのか……」
落胆する様に溜息をついているが、そんな上等な事が出来るなら、そもそもこんなことにはなってない。
わざわざ猿に人の真似事をしろなんて言うつもりもない。猿には猿の利用方法と価値がある。馬鹿と鋏は使いよう、という事だ。
「そういう事だ。矢面に立つことにはなるが、よろしく頼む」
「理解した、必ず成し遂げてみせる」
気合の入った顔つきだが、妙に浮かれたり、力の入れすぎで空回って取り返しのつかない失敗だけは避けてほしいな。
「そんな気合を入れる必要も無いが……もし危険や不穏な物を感じたら、迷わず俺に助けを求めろ、必ず助ける」
「あ、うん……」
今度は瞳を潤ませ、顔を赤くして黙り込んでしまった。百面相している千沙が若干心配になる。
「おい、大丈夫か?」
「なあ……キス、してくれないか?」
「はぁ?」
今の流れにそんな所あったか? いや、やぶさかではないし、強く拒否する必要もないんだが……。
これで彼女がこちらの思い通りに動いてくれるなら構わないか。
「駄目、か?」
「しょうがねぇな……素直に言葉にしろって言ったのは俺だ」
その言葉に嬉しそうに笑い、目を閉じて顔を近づけてくる千紗。それに応えてやる。
いつもような、絡み合いドロドロに溶けてしまいそうになるキスではなく、触れるだけのバードキス。
これも彼女の心理的な部分が影響しているのだろう、なんて他人事の様に考えていた時――――。
【感知】スキルで、千沙以外の誰かを感知した。
位置は……すぐそこ、城とバルコニーを繋ぐ廊下の曲がり角だった。
咄嗟の事でバッと顔を向けてしまい、こちらが気付いた事を相手に感づかせてしまう。
「た、隆景?」
感知した気配は逃げるように離れていく、この状況を見られたのは不味い、本当に不味い。とにかく急いで後を追う。
角を曲がり、その後ろ姿を遠目に目視するが、夜のせいか、元々ここら辺に人気が無いからか、薄暗く光源が少ないせいで朧気だ。そして何より、相手のスピードも速い。
全速力で走れば追い付けはするだろうが、時間が掛かる。その間に人気がある所まで行かれては、目立つ事になって捕まえられない。
それに段々と相手の気配も薄れている。【感知】スキルで捉えられなくなってきた。恐らくは相手のスキルかギフトの影響だ。
「チッ……!」
思い切り舌を打ちながら、追うのを止める。これ以上は無駄な追跡になる。
完全に俺のミスだ。【感知】スキルは常時使用していた、近づく誰かに気付けるように……だが、気付けなかった、スキルを過信し過ぎたんだ。やはり自分のではない、与えられた力に頼るのは不正解、リスクが高かった。
苛立ち、腸が煮えくり返るような怒りが湧いてくる。壁に思わず当たりそうになるが、その感情を静めていく。冷静でなければまたミスをする、これ以上の感情の乱れは必要無い、まずは現状の確認だ。
何故あの気配の主は突然現れた、スキルかギフトによってその気配を消していたのなら、最後まで消しておくはず。理由は? 何かに驚いた拍子に。なら驚く理由は? 俺達。あの時俺達は何をしていた?
キスをしていた。なら、その光景を見て、驚きのあまりに力の制御が乱れた、と考えるのが自然か。
何故逃げた? 覗き見してすまないと詫びて出てくればいいだけ、見てしまった事を隠したい人物だとすれば、王城の奴等ではなく、生徒か。
しかし、たかだかキス如きで驚くものか? 確かに教師と生徒のキスシーンは驚くかもしれないが、力の制御を誤る事はありえるのか? 驚き以外の何か、強い感情の乱れ……という事か。誰だ? そんな強い感情を抱いてしまう人物…………楠、禅銅の二人、か。
どちらも俺や千沙への好意がある、ならあの光景を見て、驚き、感情の波が大きくなり、力の制御を誤る事は考えられる。
楠であればまだ良い。言いふらす真似は、仲の良い友人にならしそうだが、嫉妬に駆られ、こちらの邪魔をするなんて事はありえないだろう。
ただ、禅銅だ。アイツに見られていた場合は相当に面倒くさい事になる。あまりにも幼稚な嫉妬と俺に対する怒りで馬鹿な行動に出る可能性が高い。そうなったらまた最悪な事態になる。
確認だ、一先ず全員と合流して、二人の様子の確認をする。それでどちらが見たのかを判断すればいい。もし、二人では無かった場合は全員に〘身心操奪〙を掛けて回るしかないな。
そして誰が目撃者だとしても――――その記憶を消す。俺のギフトなら出来るかもしれない。記憶を弄るなんて、最悪廃人になりそうだが、リスクを消す為には仕方がない。廃人になったとしても、俺に目を向けられる可能性は低い。
「隆景!」
千沙が追い付いて来た。息を切らしている所を見るに、走ってきたのだろう。俺の様子を見て、何かあったのだと判断したようだ。
「はぁ…はぁ……んぐ、何が、あった?」
「見られてた」
「え?」
「俺達の事を誰かに見られていたんだよ、恐らくは生徒だ。王城の奴ならわざわざ逃げる必要も無い」
「なっ――」
息を呑む千沙に、今後の事を伝えていく。
「千沙、とりあえず戻るぞ。見られてしまったのなら、それはもう仕方ない」
「それは分かるが……どうするんだ?」
「朝食を食べる為に、食堂で全員が合流する。誰に見られたかは、その時相手の様子で分かるかもしれない」
「分かって、その後は?」
「事情を話して、説得するしかないな。はぁ、めんどくさ」
流石に記憶を消しますとは言えないので、適当な嘘をついておく。とりあえず、明日にならなければどうしようもない。ああそうだ、記憶を消すついでにギフトの力の検証をしてみるのも良いかもな。
「そうするしかないか……とりあえず部屋に戻るよ。また明日、おやすみ隆景――まったく、いいムードだったのに……」
「おう、おやすみ」
ぶつくさと文句を言いながら、帰っていく千沙を見送り、俺も自室へ戻る。
しかし、俺の選択は間違っていた。追うべきだった、多少目立ったとしても、相手を捕まえるべきだったのだ。俺と千沙の光景を見た時、相手がどう思うのか、その事を深く考えていなかったやはり冷静ではなかったのかもしれない、この時の俺は。
「勇者三上隆景、この者を“追放処分”とする」
翌日、ライアン王に言い渡された言葉を聞いた時、俺はそう思った。
文字数が多すぎる。
上手く話をまとめられなかったり、切り分けられない所に力不足を感じます…。
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