piece.7 最初の町とイケメン
やあ
ソーマこと田中⋯⋯あれ? 逆か?
狼を撃退した後とぼとぼと街へ向かい、夕方ぐらいには町が見えるところまで歩いてきたよ。
眼前には関所の様なものと、人。
ああ、家族以外の人間だ。これまでなんら疑問に思わなかったが、10歳にして家族以外の人間と会った事がないって変じゃね? ま、いいか。不自由はしなかったんだろうし。
「坊ちゃん親御さんはどこだい?」
町の入り口で立っていた守衛的な人が話しかけて来る。
「親はいません。一人旅をしている最中なんです。町に入るのに何か必要なものはありますか?」
「むっ、なるほどなぁ⋯⋯いや、特には無いよ」
「そうですか。良かったです。では中に入っても?」
「しっかりした子だなぁ⋯⋯うむ! 入ってよし! 入ったら最初の曲がり角を右に曲がると宿屋がある、そこを使うといいよ」
「ご親切にありがとうございます!」
良い人だったなぁと思いながら町へ入り、教えてもらった通り曲がり角を右に曲がると、右手に宿屋があった。
「あーやっと休め⋯⋯待てよ?」
俺って金持ってなかったよな? んんんー? いや待てこう言う時こそママンの指輪だ。
指輪の中に金銭に当たるものがあるかどうか確認する。⋯⋯あった。白銀のメダルみたいなやつだ。イメージとしてはパチスロのコインみたいな。
「でもこれ2枚しか無いのか⋯⋯足りんかったらどうしよう」
急にリーマン時代の貧困に似た感覚に陥るが、頭を振って宿屋のドアを開く。
中にはカウンターがあり、そこには恰幅の良いおばちゃんが立っていた。
「いらっしゃい。お休みかい? 泊まりかい? お休みなら銅貨5枚、泊まりなら銀貨1枚だよ」
「泊まりでお願いします。銀貨⋯⋯ってのはこれで良いんでしょうか?」
そう言って俺は白銀のコインを1枚渡す。
受け取ったおばちゃんはため息をついて、コインを突き返す。
「アンタ貴族かい? こんな高額、ウチじゃ崩せないから他のにしておくれ!」
「え“っ⋯⋯ちなみにこれってどのぐらいの価値なんですか?」
おばちゃんは少し驚いた顔を浮かべ、やれやれと言った風に苦笑すると説明してくれる。
「貨幣の種類はわかるかい?」
「さっき聞いた銅、銀とこれだけしか知らないです」
「そこからかい⋯⋯まず貨幣にはだね⋯⋯」
おばちゃんが言うにはこの世界には、銭貨、銅貨、銀貨、金貨、そして白銀貨があるとの事。
それぞれの価値は各10枚で上位の貨幣1枚分となる、ただし例外として白銀は金貨1000枚分の価値とされている様で⋯⋯。
なるほどそりゃお釣り出せんわな。と言う事である。
「あ、ありがとうございます。でも俺これしか持ってないんすよ⋯⋯」
「⋯⋯そんな捨てられた子犬の様な顔をするんじゃ無いよ。⋯⋯飯無し、部屋の掃除を自分でやる、って事で一晩泊めてやるからさ」
「良いんですか!? かなり破格だと思うんすけど」
「部屋は空いてるしね。ウチから労働力も食料も出さなくて良いならトントンってとこでしょ」
カラカラと笑うおばちゃん。なんて良い人だ⋯⋯もう少しスレンダーだったら求婚していたかも知れん。⋯⋯まあ俺10歳なんだけど。
「ありがとうございます! その条件でお願いします! 一晩お世話になります!」
「世話はしないって言っとるだろーに。⋯⋯これ部屋鍵だよ、あと⋯⋯夕飯の残りのパン持っていきな」
マジで惚れそう。
なんだこの良いおばちゃん。
「何から何までホントありがとうございます!」
おばちゃんは手をひらひらさせながら、そっぽむいている。早く行けって事なんだろうな。なんだこのかっこいいおばちゃん。
俺はもらった鍵の部屋へ向かい、中へ入ると部屋の鍵を閉め、着の身着のままでベッドに飛び込んだ。
「基礎トレもしてないし、絶対いつも以上に疲れてないはずなのに、疲れたぁ〜」
ずっと家族に囲まれて過ごしていた少年の体は、慣れないことの連続で疲労しきっていたのだろうか。
このまま目を瞑ったらそのまま眠ってしまいそうだ。
「寝る前に⋯⋯おばちゃんのご厚意を無駄にするわけにゃいかんわな⋯⋯」
おばちゃんから貰ったパンを胃に詰め込むとそのまま力尽きた様に、俺は眠りについた。
*****田中就寝*****
チュンチュン
「知らない天井だ⋯⋯」
これが朝チュンってやつか。ごめんなさいなんでもないです。
朝、宿屋の一室で目覚めた俺は、しょーもない脳内ギャグを繰り広げながら身体を起こす。
「すっげー快眠。やっぱストレス溜まるんだなぁ⋯⋯殺生はいかんね、うん」
そう言ってもこの世界で避ける事はほぼ不可能なんだが。
「あー風呂入りてえなぁ⋯⋯」
宿には風呂はなさそうだし、この世界、風呂はリッチなものなのだろうか? 家にはあったんだがなぁ。
その後おばちゃんにシーツなどの洗濯をすると申し出ると、暇だからやっとくとの事。イケメンすぐる。結局俺タダ飯とタダ宿をもらったと言うなんとも言えない結果となった。
宿を出て昨日の守衛さんに会いに行くことに。
「やあ坊ちゃん。宿には泊まれたようだね?」
「はい! 昨日はありがとうございました!」
俺がそう言うと手をひらひらさせ、よせやいと言う守衛さん。
「それで今日はどうしたんだい?」
「実は聞きたいことがあってですね⋯⋯」
俺は旅の目的を伝え、今後ノープランである事も伝え、何かいい情報を貰えないか尋ねる。
勿論、俺自身が呪い憑きである事は伏せてだが。
「うーん⋯⋯呪い憑きか⋯⋯。俺も詳しい事は知らないけど⋯⋯」
と言いながらも、内陸方面へ向かう道へ進むと、冒険者ギルドのある少し大きな街があると言うことを教えてもらった。
そこで冒険者登録を行い、情報収集してみてはどうかと助言をもらう。どうやらその街には大きな図書館のような施設もあると言う。
「なるほど⋯⋯それが今できる一番良い行動ですね。ありがとうございます!」
「いえいえ、だけど気をつけるんだよ? 冒険者になったからと言って、気軽にダンジョンに挑んだりしてはならない」
「冒険者になるのも情報収集のためですから! そんな危険な事はしませんよ!」
「どうだか、君はなんだか無茶なことをやらかしそうに見えるんだよなぁ⋯⋯」
ひどいぞ守衛さん。俺ほど慎重な人間はいないぞ。
「ははは、まさかー」
「⋯⋯まあ、気をつけてね」
苦笑いしつつ頭をポンポンされる。子供扱いしおって⋯⋯いや、子供だったわ俺。
「では行ってきます!」
「あ! ちょっと待った! そういえば目的の街へ向かう商人さんがいたはずだ、幾らか工面して馬車に乗せてもらうと良いよ」
「あー⋯⋯実は⋯⋯」
「まさか路銀がない⋯⋯とか?」
「いやいや! むしろあり過ぎて払えないと言うかなんというか⋯⋯」
守衛さんは俺に微笑むと、一度関所に戻り、少し時間を置いて出てくると、銅貨と手紙を渡してきた。
「君、名前は?」
「え⋯⋯ソーマと申します」
「ふむ、では冒険者を志す少年ソーマ、君に依頼をしよう。依頼は次辿り着く街の守衛にこの手紙を渡してもらいたい。報酬は前払いで銅貨5枚でどうだい?」
守衛さん⋯⋯! この守衛さんになら掘られてもいい! というかこの町どうなってんだ! 内面イケメンしかいねえのかよ!
「⋯⋯承りました! 必ず届けると誓います!」
「ハハハッ、まあそう気負わずにね。よろしくな少年!」
「行ってきます!」
またこの町に戻ることがあれば、何かお礼をしたいなぁ⋯⋯。
その後俺は商人のおじさんに銅貨3枚で次の街まで馬車に乗らせてもらえるようお願いし、無事この町を出たのであった。
各人物が軒並みイケメンになって行く⋯⋯
ソーマは10歳の少年ですからね、初めてのお使い感があるんでしょう。みんな優しくしたくなるよね!