piece.29 安堵と喪失
挨。
ヒロインのアルフです。
生まれ持ったこの美貌と肉体美で、いずれ世界を制するのが私の野望です
⋯⋯ちょっとしたジョークです、はっはっはマシンジョークマシンジョーク
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俺は咄嗟に手綱を握り、黒兎馬へ頼む。
「黒兎馬! 頼む! チウの元へ!」
俺の言葉に瞬時に反応し、進路をぐるりと変え、チウが落ちた地点へ戻ろうとする。
「ソーマ様! 私の盾を!」
「!? わかった!」
俺は指輪からバックラーを2つ取り出し、アルフへ渡す。
「ソーマ様! チウ様の容態を確認してください! 私は遠距離攻撃から貴方達を守ります!」
「悪い、頼む!」
それほど離れていなかったため、チウの元へはすぐに戻ることができたが、先ほどから後方で鳴り響く破裂音が止まらない。
破裂音の数瞬後に金属同士がぶつかる重い音と、アルフの苦しそうな吐息が聞こえる。
「アルフ! 取り敢えずチウを見るために黒兎馬から降りたい!」
「わかりました、ソーマ様とチウ様、黒兎馬で一直線に私を盾にするようにならんで下さい!」
きっとあの破裂音の元から俺たちを守ってくれるのであろう。やられっぱなしは悔しいし、アルフ1人に任せっぱなしなのは歯痒い。だがまずはチウだ!
「チウ!!」
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ごほっ⋯⋯えへへ、ごめんなさい。ドジっちゃいまし、ゲホッ」
そういうチウの顔色は悪い。
「チウ! 喋るな!」
あの破裂音、前世でネットの動画でだけしか聞いたことがないが、恐らく銃だ。気が動転していて撃った奴は視認できなかったが、相当遠くから撃ってきているはず。となればスナイパーライフル的なやつか? ここは異世界、ファンタジーな世界じゃなかったのかよ!
「チウ、悪い!!」
俺はチウの服をはだけ、負傷箇所を確認する。
よくよく見ると流血はしていない? となると一体どこを⋯⋯。
「そ、ソーマ君⋯⋯外傷はありませ、ゴホッゴホッ⋯⋯」
「チウ! じゃ、じゃあどこを⋯⋯!」
「⋯⋯ねです」
瀕死の人間にどこを撃たれたのか聞くことしか出来ない自分に歯痒さを感じながら、掠れた小さな声で喋るチウの声に耳を澄ませる。
「どこだ? どこに⋯⋯!」
「む⋯⋯胸、です⋯⋯」
俺は無言で服をはだけた中に着ていた防具、金属の胸板を見る。
身体に似合わない厚い鉄板のような胸板、俺は知っている、鍛冶屋で密かにわざと厚い防具を探し、女性かつ子供には重いと言われた防具を無理やり購入した事を。
「ぜ、絶壁であった事を今ほど感謝したことはありませんね⋯⋯」
チウの言う通り外傷はなく、厚い胸板に金属の塊が深く突き刺さった状態で止まっていた。
深く息を吸い、俺は安堵し吐く。
「良かった⋯⋯!」
「アルフさんは⋯⋯?」
忘れていたわけではないが、俺はハッとし振り返る。
今も銃弾から俺たちを守る女性がそこにいた。
「アルフ! チウは無事だ!!」
「あ、ありがとうございますアルフさん!」
俺たちの声に一瞬振り返ったアルフは安堵の表情を浮かべると、その場に倒れ込んだ。
「アルフ!!」
「アルフさん!!」
俺はアルフへ駆け寄り、その姿を見る。
酷い有様だった。バックラーはかけ、腕や腹には複数の銃痕。こんなになっても俺たちを守り続けてくれただなんて⋯⋯。
「そ、ソーマ、様。すみ、すみません。まも、守れませんでした」
「馬鹿野郎! 守られたさ! お前のおかげで俺たちは生きてんだ! さっさとこの場を離脱するぞ!」
俺がそう言いきる時には、既に目の前に巨大な影。全身鎧の巨大な金属の塊がそこにいた。
「問。その不良品を差し出せ。ともすれば貴様ら肉の塊は見逃してやる」
鎧から発せられた野太い声。この状況であろうとも、この状況だからこそ、俺はキレずにはいられなかった。
「てめえ、俺の仲間を不良品なんて呼んでんじゃねえよ」
「疑。そこの不良品は我が王の娘。貴様ら肉塊の仲間などではないが?」
おうの⋯⋯むすめ?
「王女⋯⋯だって? て、てめえらは王女様に剣を向けてるってことか? そりゃ不敬なもんだな!」
動揺を隠すように煽りかけるが、鎧は微塵も心乱された様子なく。
「解。王女であろうが王であろうが、与えられた使命を全うできぬ機人族は不良品だ。人どころか物にもなれぬ、ただの鉄屑よ」
コイツをぶちのめして、黒兎馬に2人を乗せて人族の領地に撤退する。それだけを考えて俺は立ち上がり拳を握りしめる。
「止。やめておけ肉塊。貴様も貴様の仲間とやらも、我が後方よりいつでも処分出来るよう構えている」
「っ! てめえ⋯⋯!」
どうする!? どうする!? 俺はスキルで耐えれるかもしれねえ、でもダメージが抜けてねえチウは? 倒れているアルフは? どうやって守る? 黒兎馬が撃たれないという保障は? どうする、どうすれば⋯⋯!!
「か、解。私は、本国にもど、もどりま、す」
「アルフ!?」
「解。それがいいだろう。肉塊、貴様はそれで良いか? まあ、反抗するようであれば、逆賊として捕らえるか、この場で処分させてもらうが」
考えた、小せえ脳味噌をフル稼働して考えた。結果は、誰も守れない。俺が動けば全員死ぬ。最悪の未来しか見えない。
「こ、告。そ、ま様」
「ある、ふ?」
「なか、ないでくだ、さい。わた、しは、たのし、かった、です」
俺は涙を流しているらしい。何もできない悔しさか、目の前の敵への怒りか、これから喪失する悲しみか、それとも俺たちだけは助かるという安堵からか。
「お、おれは、おま、お前を⋯⋯」
「いいん、です。もう、すくわれ、ました」
アルフは途切れ途切れになりながらも言う。
下らない冗談の応酬をしてくれた。物扱いを怒ってくれた。人として扱ってくれた。一緒に機人族領への旅をしてくれた。
全部初めてで、全部嬉しくて。
「みじ、かい、きかんでし、たが、おせ、わに、なりまし、た」
「ま、まだ人になれてねえじゃねえか! お前の目的は、願いは! こんなところでっ!?」
頭に強い衝撃。視界には鎧の大きな腕。
殴られたんだと、それで理解した。
次いで目に入るのは、ロボ娘のくせに涙を流すアルフの顔。
もう音が聞こえない、目も霞んできた。それでもアルフの口の動きを追っていたのは執念か。
───ありがとう
そう動くアルフの口を見て、俺は意識を消失した。
*****場面遷移*****
俺が目を覚ますと、目の前には涙を流して大声をあげるチウの顔。
傍らには心配そうに俺たちに添う黒兎馬。
俺はそれで理解した。
何も変えれず。何も救えず。何も成し遂げられなかった、と。
俺は頬を伝う熱い何かをそのままに、右腕を目に被せた。
俺の口が俺のものではないかのように、震え、嗚咽をあげる。
ここ数日あった、もう一つの温もりは、もう、なかった。