piece.3 9年後田中と若い肉体
やあ
俺の名前は田中⋯⋯だったが、今は違う。
目を覚ますと知らない天井⋯⋯でもなく、9年間毎日見続けた天井だ。
田中の記憶には無い、だが見慣れた天井。
ここはどこかというと、そう⋯⋯。
「ソーマ!もう朝よ! 今日でもう9歳になるんだから少しはしゃんとしなさいな!」
そう、俺の名はソーマ。
あの転生の日から今日でちょうど9年。
時間にして78,840時間、分にして4,730,400分、秒にして283,824,000秒、と言っている間にも23秒が「良い加減に起きなさい!!」⋯⋯俺のカッコいい脳内モノローグに割り込んでくるとは全く無粋nって痛い!布団を剥ぎ取って、そのフライ返しで叩かないでお願い!!
「痛えよお袋! もうガキじゃねえんだから、そういう起こし方はやめてくれって!」
「何よやっぱり起きてるじゃないかい!⋯⋯ってお袋って何さ?」
「あ、いや、なんでも無いよ母さん。少し寝ぼけていたみたいだ」
とっさに口をついて出てしまった暴言を誤魔化しながら、寝床から這い出る。
「? 全く不思議な子だねぇ⋯⋯いや、それは前からか」
と先ほどから俺と話をしている、銀髪赤目の巨乳、いや爆乳美人は俺の母⋯⋯みたいだ。
いや、母という確信はあるんだが、田中の記憶と混ざった事で、言いようもない不思議感覚が俺を襲っている。
「ちなみにその前からってのはどういう意味さ」
「生まれてすぐに目を開いたかと思えば、最初に発した言葉はママでもパパでもなく“鍛錬”。生後数ヶ月には二足歩行ばかりか元気に駆け回り、9年間欠かさず毎日走り込みと筋トレをやっている我が息子は昔から変だったなぁと思っただけさ」
なんだそのストイックな赤子は。というか限度があるだろふざけんなよあの駄神め。
「は、ははは。た、鍛錬は大事だからね! 今後のことも考えてね!」
「今後ってアンタ⋯⋯来年職を得たらどうするつもりなんだい?」
「職によって変わると思うけど⋯⋯って母さんとりあえず腹減ったわ」
「⋯⋯もう、アンタって子は」
クスクス笑いながら爆乳ママンは部屋を出て行き、居間へ向かったようだ。二度寝するなと俺にちゃんと釘を刺してから。
「全くもって変な感覚だ、俺が俺でない、そんな感覚がするぜ」
近くにあった鏡を見ると、そこには銀髪に黄金の目を持つ超イケメンが映っていた。まだガキだからイケメンってのがあってるかわからんが。
「ふーん⋯⋯これがアイツの好みの顔ね、いいセンスしてるじゃねえか」
意味もなくポーズをとってしまう俺。こう見るとやっぱ顔が整ってるやつはずりぃな、何やってもカッコよく見えるぜ。
「っとまたお袋にどやされる前にさっさと俺も居間に行くかね」
着替えもせずパパッと部屋を出て居間へ向かう俺の前に巨大な壁が立ち塞がる。というか気づかずにぶつかってしまった。
「ブッ!?」
「あ? おいソーマ、走るならちゃんと前見て走れよ、危ねえだろうが」
ぶつかって地面に倒れそうになる俺を、首根っこを掴み持ち上げるコイツは⋯⋯。
「げっ! 親父!」
「あぁ? なんだその汚え言葉遣いは」
「いやお前に言われたくな痛だだだだだだ!」
反抗しようとする俺の頭部をガッチリとアイアンクローで掴みギリギリと締め上げる親父。
「誰がお前だって? お父様だろうが!」
「や、やめてよーぱぱー」
「気色悪りぃ呼びかたすんじゃねぇドラ息子が!」
親父。この赤髪に黄金の目を持つ巨漢は俺の親父⋯⋯のはずで、俺が生まれるまではバリバリの冒険者として名を馳せていたらしい。
「わ、わかったって。ごめんなさいお父様!」
「ったく⋯⋯お前が俺に似て育っちまったら、アイツの実家に何言われるかわかんねえんだ。しっかりしろよおい」
「結局我が為じゃないですかやだーって痛い痛い痛い!!」
お袋は良いところのお嬢様だったらしく、経緯は知らんが実家の反対を押し切って結婚したらしい。
それで生まれた子供に礼儀云々が無いとなったら、やっぱ2人とも怒られんのかね。
「ぱぱ! にぃ虐めちゃだめ!」
この声は! 齢8歳にしてこのバカ親父を止めることのできる我が家の超優秀株の妹様じゃないか!
「や、やだなー虐めてなんかないぞー? 」
「うそ! にぃ大丈夫?」
アイアンクローから解き放たれ床で頭を抱える俺の頭を撫でながらそう言ってくれるのは、我が妹のソーニャ。
赤い髪に真紅の目を持つ超絶可愛い自慢の妹だ、いつも俺の味方してくれるし。
「ソーニャ、俺はもうダメかもしれない⋯⋯」
「にぃ!⋯⋯もう!ぱぱなんて大っ嫌い!!」
「───ッ!!?」
ソーニャからの言葉のボディブローがクリティカルヒットした親父は床に崩れ落ちる。
娘なんていた試しは無いが、もし俺が同じ立場だったら同じく崩れ落ちるなこりゃ。こうかはばつぐんだ!
「ソーニャ! 違うんだ! パパはなぁ!」
「プイッ」
「───ァ」
おい親父、ハイライトの消えた目で俺を見るな。泣くなって良い大人がみっともない。⋯⋯ああもうわかったよ!!
「ソーニャ、おや、パパは俺と遊んでくれてただけなんだ。ごめんな、紛らわしいことして」
「そーなの?⋯⋯ぱぱごめんね?私の勘違いだったみたい」
「いっいいんだよぉ〜、誤解が解けてパパ嬉しいなぁ〜」
泣きながら笑ってそういう親父を見て、俺は絶対こうならないように気をつけようと心に決めた。
*****場面遷移*****
廊下で騒ぐ俺たち3人をお袋が一喝し、慌てて居間の椅子に座り、家族そろっての朝ごはんが始まる。
「それで? アンタ来年以降はどうする気なのさ」
「あー⋯⋯そうだな、一応世界を巡る旅にでも出ようと思ってるよ」
「アンタが旅ねぇ⋯⋯一体誰に似たんだか」
そう言って親父を睨むお袋。親父は視線に気付かないふりをして飯にがっついている。
「⋯⋯え? にぃ家から出てくの?」
そう言い俺を見つめる我が妹。そんな悲しそうな目⋯⋯ってあれ?ハイライト消えてない? 違うこれお兄ちゃんが出てって悲しいとかじゃない、何かしらを病んでいる目だこれ!
「よ、予定な予定!」
「それにしたって、戦闘系の職じゃなかったらどうするのさ」
「んーその時は身の丈にあった商いでもしながら、全世界を回ろうかな。と言ってもこれまで身を鍛えてきたことが幸いして、大抵の場面はどうにかなりそうだけどね」
妹から目を逸らし、カラカラと笑いながらそういうと、ここまで空気だった親父が口を開く。
「ソーマ、やるならちゃんとやれ。中途半端は身を滅ぼすからな」
「わかってるさ。舐めてかかるようなことはしないし、これからも体は鍛えるつもりだよ」
「足りんな。⋯⋯そうだな、今日から俺の持つ戦闘技術をお前に叩き込んでやる」
「おやっ⋯⋯父さんの?」
冒険者として名を馳せていた親父の戦闘技術を学べるなら是非もないな。
「ありがとう父さん。よろしくお願いします」
「いやに素直だな、良いことだが」
「アンタみたいな脳筋にするんじゃないよ?」
「いやコイツ生まれた時から脳筋みたいなもんじゃねぇか?」
失礼な。
そんな話をしつつ、朝ごはんを平らげた俺は親父に問う。
「じゃあすぐにでも始めるか?」
「いや、走り込みやら筋トレは継続してやっとけ。午前中は基礎トレやって、午後は俺と特訓だ」
「わかった」
「私もー!」
サラッと会話に入ってきたソーニャ。なんとこの子、気付いた頃には俺と毎日一緒に基礎トレをやっているのだ。その癖に筋肉ムキムキと言うわけでもない、インナーマッスルというやつだろうか。知らんけど。
「よーし! じゃ行くかソーニャ!」
「れっつごー!」
そう言い、日課のメニューをこなしため家を飛び出す俺とソーニャ。
つくづく疑問だが、俺は成長速度チートがあるが、妹にはないはず。よくついてこれるな此奴。
そんなこと思いながらも日課のメニューをこなすのであった。
*****場面遷移*****
走ったり筋トレしたりなんて何も代り映えのしないシーンなんてカットカット。
日課をこなした俺は昼飯を食い、庭に親父と並んで立っていた。
「いいかソーマ。本当は職業を授かるのを待ち、それからお前に合った鍛え方をしてやりたい」
「それが一番いいよね」
「だが、お前はそれまで待つ気はないんだろう?」
「さすが父さんよくわかってるじゃないか」
「お前は生まれてから今までノンストップで育ってきたようなもんだからな。どうせ出来ることが広がったら飛び出していくだろうとは思ったさ」
我ながらストイックすぎる子供だとは思うが。次会ったら覚悟しとけよ転生神。
だが、異変解決に向けて、1日たりとも無駄にはしたくないし、早くこの世界を見て回りたいのが本音だ。
「だからこそ、お前に教える技術は、避ける技術や受け身と言った防御に寄った技術だ」
「それならどんな職でも死なない技術となるな」
「ああ、この一年徹底的に仕込む」
「私もー!」
「えっ、そ、ソーニャには早いんじゃないかなぁ? パパは早いと思うんだけどなぁ?」
「にぃがやるなら私もやる!」
「父さん、ソーニャも俺と基礎トレをずっとやってきたし、土台はできてる。教えても無駄にはならないだろ?」
「ぐぬぬ⋯⋯わかった。だがソーニャ、やるならば手加減はしないぞ?」
「うん!」
満開の笑顔で頷くソーニャとやれやれといった様子の親父。
ああ、家族だなぁという気持ちと共に、自分の言いようもない異物感を感じられずにいられなかった。
8/12 改訂
ソーニャの年齢が7歳になってたので、8歳に修正