ラウンドリム0003
店主との交渉の後、仕入れた香料とアチラ側の香辛料、香料を受け渡した男。
そんな彼へ店主が尋ねる。
「今更なんだが…おまいさんの名は、なんてぇだね?」っと。
「ふむ、確かに名乗っておらなんだか…
これは失礼、済まなんだな。
俺の名はリューマムと言う。
故国…いや、出奔した国の隣国であった亡国では有り触れた名ではあったが、ここらでは珍しい名であろうな。
いや、この名に慣れ親しんではいるが…実は本名はダリュートというのだ。
故あってリューマムを名乗っておったが…考えてみたら実名に直してもよかろうか…」っと。
「いやいや旦那…今まで偽名を使ってなすったので?」っとトールが困惑したように。
「いやな、長年偽名で通して来ておった故、実名を使うタイミングがな」
「それは、どのような理由なんでやす?」っとトールが興味津々に訊ねるが…
「ううむぅ、俺も興味は尽きないが…流石に厨房を放ってはおけないか…」
泣きそうな顔で厨房から顔を出す料理人を見て溜め息を吐く店主ガンツ。
カナコも名残惜しそうに…
「私も給仕に戻らないと」っと離れて行く。
母親と思わしき女性と姉と思われる女性に叱責されているようだ。
ダリュートが苦笑いしつつトールへ「少々邪魔が過ぎたようだな」っと。
「まぁ商談でやすから仕方ないということで。
ってもカナコ嬢のことは庇いようがないでやすがねぇ」っと呆れていた。
その後、カナコとは別の給仕が2人を席へと誘う。
時刻は昼に差し掛かり腹を空かした者達が集まり始めている頃合でもある。
今は空席もあるが、直ぐにでも空きはなくなるであろう。
2人も、ここで昼食を済ませることとし、案内された席へと腰を落ち着かせた。
港町に相応しく魚介類を使用した料理が多いが肉料理も負けぬ程に豊富だ。
ダリュートは魚料理に飽いでいたので肉料理をチョイス。
トールは海老をメインとした料理を選んだようである。
オーダーした後、少々度数の高い果実酒をチーズを摘みに。
この酒は蒸留してあるそうで胃を活性化させるために食前酒として飲用するとのこと。
確かにカァーっとした喉越しと胃の腑が燃えるような感覚に胃が活性化するような…
そうなると、否応なしに空腹が増すというもの。
頼んだ料理が出されるのが待ち遠しい気持ちになる頃合を見計らうかの如く、絶妙のタイミングで料理が届けられた。
ダリュートがオーダーした肉料理はカウードなる四足動物の肉。
その腹身のステーキなのだが…単純に香辛料と塩を塗して焼き上げた代物では無いようだ。
サックリとナイフで切り分けた肉をフォークで刺し口元へと。
「ほぅ、思った以上に柔らかく…なのに肉の食感は十分に。
肉汁溢るるが脂ぽくはなく下の上に旨みが流れるが如くか…
しかも鼻に抜ける香りが妙なる旨味を更に演出して行く。
これは、美味い物だなぁ…」
「旦那ぁ…相変わらずでやすねぇ…
思わず、そちらも頼みそうになるでないでやすか」っと言いつつ、「ふぅ」っと溜め息を。
そう告げるトールの前にも料理が届けられており、彼は彼で遣っている訳で…
「でっ、そちらは、どうなのだね?」
そうダリュートが、興味深げに訊ねる。
そんな彼へトールがニコヤカに。
「当然、美味ぇでやすよぉ。
アッシは、ここでは必ずコレを頼むんでやす。
甘辛く少々酸味がありやすが…香草のシャクシャクした食感と海老のプリプリした食感が相俟ってるんでやすね。
コイツが堪んなく美味くて、ついつい頼んでしまうんでやすよ」
っと告げつつ、料理と同時にテーブルへと届けられた籠からパンを取り、毟り千切って口へと。
「んで、このソースをパンに付けても…くぅぅぅぅっ、堪んねぇいねいっ!」
「御主…人のことは言えぬぞ」っとダリュートは告げると、通り掛かった給仕にトールと同じ料理をオーダー。
まぁ、トールもダリュートが頼んだ料理をオーダーしていたのはお愛嬌である。
料理を完食した2人は満足して店を後に…
まぁ、2人に釣られて、2人がオーダーした料理にオーダーが殺到のはお愛嬌っと…
「さて、先ずは宿かね」っとダリュートが。
「いや旦那、船が停泊している間は船を宿代わりにして良いんでやすよ」っとトール。
そんなトールへダリュートが苦笑いしつつ。
「そしてヅルヅルと船へ泊まり続けることとなる訳だ。
そして気付いたら、また船の住人とな。
その手には、もう乗らんよ」
肩を竦めつつ告げるダリュートにトールが困ったように。
「流石に何度もは駄目でやすねぇ…
以前は、これで時間を稼いで説得できやしたのに」っと溜め息1つ。
「ははは、流石にね。
それに、ここからは復路となる訳だ。
一度通った海路を戻る旅、目新しくもないであろ?
なれば、この地を巡るも一興というものよ」
「さようでやすか…では、旅籠までは御一緒させて頂きやしょう。
旅籠を知ってやしたら連絡も付くでやしょうから」
そう告げるトールはダリュートから離れるつもりはないようだ。
「仕方あるまいな…まぁ、今まで色々と世話になっておるしのぅ」
顎を撫でつつ諦めたように告げるダリュートであった。
ガンツが店主として切り盛りしている料理屋から暫し。
身形がそこそこに整った商人達が出入りしている宿が何件か見受けられた。
そのような者達が泊まる旅籠なれば酷い外れはあるまい、っと考えたダリュート。
その内の1軒の暖簾を潜る。
「おや、いらっしゃい。
お2人さんかえ?」
女将らしき妙齢の女性が声を。
「いや、アッシは付き添いでやして、後でお暇させて頂やす。
泊まるのは、こちらの旦那1人でやすよ」っと。
「おや、そうなのですかえ?」
「ああ、俺1人なのだが…空きはあるかい?」
ダリュートが訊ねると。
「まだ空きは御座いますよ。
もう少し後だと、埋まってしまうこともありますから丁度良いタイミングでしたねぇ」
ニコヤカに告げる女将。
その後、値段を尋ねると左程高くもなく…いや、朝晩が付くことを考えると安いと言えるのではないか?
そのような値段を提示されたダリュートは10日ほど留まることと決め女将へと。
すると、長期逗留にて更に割り引いてくれるではないか。
「ふむ、女将。
そんなに値引いて成り立つのかね?」っと思わず。
「あはははははっ、大丈夫ですよぉ~
商人や旅人が行き交いし易くなるように宿屋には助成金が下りているんです。
その分、宿代が他の町より安くなっているんですよ。
まぁ、その施策のお陰か、多くの商人や旅人が集まるんです。
そして、色々と物が集まり金が回るっと、まぁ、領主様々ですわねぇ」
そんなことをニコヤカに告げる女将であった。