ラウンドリム0025
ダリュートが鍛冶屋へ雇われることとなってから1ヶ月の月日が流れていた。
彼が乗船して来たトーラットのリオル号の姿は既に無い。
次の寄港地へ向けて出向して行ったのである。
リオル号が就航するまで、リオル号の船員が『憩いの波止場亭』へと入り浸っていた。
時には船長や航海士などの幹部連中まで訪れていたのだった。
特にダリュート目当てにコック長が現れダリュートを勧誘していのたは印象的だと言えよう。
まぁダリュートに断られていたようだが…
そんな感じで3週間の間、店の常連となっていた連中が絶えた訳だが…
店は常に満員近い状態となってしまっていた。
元々この店の敷地は広く店内空間は十分に確保されている。
そのため店の5割程度の客入りでも経営は成り立つのだ。
従来は、そんな広さの店内の7割近くの客入りを常にキープしていた『憩いの波止場亭』だが、流石に満席になったことは今迄なかった。
それが此処最近では満席になることが増えており対応に追われている。
特にダリュートが厨房へと入る火炎日と樹木日には多くの人が集うようになってしまっていた。
まぁ、彼が腕を振るう時には工房の面々が現れるのが常で、予約された専用席に納まっているのだが。
今日もそんなダリュートが腕を振るう日であり工房の面々が何時もの席にて飲み食いを。
っと言っても見習い3人の姿は流石にないのだが…
「何時来てにょ此処の料理にゃ美味いにゃんね」っとライナはご満悦。
「うむ、酒も美味いし料理も美味い。
しかも酒の種類が豊富と来ておる。
此処の伝で仕事が舞い込んで、最近忙しいのが大変じゃがの」
そう親方が告げると鍛冶師頭代行ラルトが言う。
「そうなんですが…親方、そろそろダリュートへ鍛治を任せても良いんじゃありやせん?
見習い連中は、まだまだですがヤツなら十分に即戦力でしょうに」っと。
そのラルトの言葉に女鍛冶師のアマンダが反応して言う。
「そうですよ、唯でさえ人不足なのに、何でダリュートさんに鍛治を任せずに補助させてるんです?
ダリュートさんが生産に加わってくれれば楽になるのに…」そう零す。
そんな2人にガナン親方が困ったように…
「それは重々分かっておる、分かっておるのじゃが…
アヤツの成長を見ておるとのぅ…もう少し補助させつつ鍛えたくなるのじゃて。
いやはや面白い人材じゃて、綿が水を吸うかの如く教えることを身に付けよるでな。
もう1ヶ月もすればトーラス並にもなろうて。
それにのぅ、どうもアマンダが土から錬金しておる様をみて関心しておったが…あれは錬金の御業を感じ取っておるのではないのかえ?
そうだとしたら、ダーダムに素質を確認して貰うても面白いやもしれん」そんなことを。
「ちょっ!親方ぁっ!何言ってんですかっ!
今、ダリュートさんに抜けられたらウチの工房は成り立ちませんからねっ!
せめて人を補充してからにしてくださいよっ!」
悲鳴をあげるように告げるアマンダへ親方が顎鬚を扱きながら言う。
「そのことなのじゃがの、アマンダ。
お主が行っておる錬金作業の遅延が課題の1つであろう。
余所からインゴットを融通して貰うても良いのじゃが、それでは今の品質も値段も保つことが厳しいでのぅ。
前にダーダムにの、「お主に誰かへ錬金の術を指導させてはどうじゃ」っとのぅ。
人に物事を教えることは技術向上に繋がるでな。
じゃが、お主に指導させるに相応しい者となると中々に厳しい。
さらにじゃ、誰でも彼でも工房へ立ち入らせる訳にもいかぬでな。
むろん、お主に抜けられては工房が成り立たぬ。
そう考えたらじゃ、ダリュートへお主が錬金の御業を伝授すれば良いのではからろうかとのぅ。
まぁ…ダリュートに素質があるかを、まずはダーダムに見て貰うてからの話しになるがな」
それを聞いたアマンダが驚愕顔に。
今でも忙しいのにダリュートを指導するとなれば更に忙しくなるのは必須である。
「ちょっ!勘弁してくださいよぉ~」
半泣きで親方に泣き付くアマンダである。
だが、そんなアマンダへラルトが言う。
「だけどよぉ、錬金の成果が向上しないって愚痴ってたのは、おまえじゃないか。
これで腕が上がれば今より色々とできるようになるんじゃね?」
そんな風に言われて戸惑うアマンダへ親方が…
「のぅ、アマンダや。
いずれはラルトと共に儂の工房から巣立ち独立するのであろ?
工房を立ち上げるとなれば、今の忙しさどころの騒ぎでは済まぬぞい。
それにのぅ、錬金を扱える鍛冶師となれば重宝されるでな。
しかも腕の良い錬金術師ともなれば、その御業のみで生きても行けよう。
なれば、此処は1つ頑張ってみてはどうじゃ?」っと。
親方に告げられ悩み始めるアマンダであるが…なにも知らされずに、ことを決められているダリュートよりマシであろう。
とは言え、ダリュート自身はアマンダが行っている錬金に興味を示しており、彼的には歓迎であろうが…
それにガナン親方がダリュートへの錬金指導をアマンダへと伝えたのは理由がある。
最近になり見習い達の腕がメキメキと上達してきており、そろそろ仕事を任せても良かろうか?っと考え始めているからだ。
どうも後から工房へ来たダリュートに触発され、相当頑張ったとみえる。
それにダリュートへは基礎から教えており、その際に見習い達へも指導したのが良かったのだろう。
ダリュートが的確に質疑応答しつつ技術を次々と身に付けて行く姿を見て色々と気付いたようだ。
見習い達の腕が上がり使い物になるならば、アマンダがダリュートへ錬金指導する余裕も生まれようと言うもの、そう考えているだった。
ラルトとアマンダは、そこまで頭が回っておらず、自分達の負荷が上がる懸念しか考えていない。
そんな2人に親方が内心で溜息を吐くのであった。
「まぁ、そうじゃのぅ…輝晄日は今迄通りに休みじゃ。
闇憩日も半日で仕事あがりじゃな。
そこは今迄と変わらぬ。
火炎日と樹木日はダリュートが此処で料理を造るでのぅ。
そうなると風流日か水嵐日または地巌日の何れかで残業して貰うかのぅ。
無論、手当ては出すでな」
現在でも業務時間中だけでは錬金作業が終わらず、鍛治仕事と合わせ残業の日々である。
まぁ、最近は慰労も含め火炎日と樹木日は早上がりにて此処へ来ていたりするのだが…
そう考えると、今迄の仕事範囲にて無理のない指導と言われている気がする…っと思い、渋々頷くアマンダだった。
因みにだが、ラウンドリム地方の1週間は7日である。
風流日、火炎日、水嵐日、樹木日、地巌日、闇憩日、輝晄日となる。
闇憩日が土曜日、輝晄日が日曜日に相当すると考えれば良いだろうか。
この世界の月の満ち欠けは30日周期で行われている。
それを利用した太陰暦を採用しているため1月は30日、1年は360日となる。
まぁ、この世界には月が3つあり、その内の1つの大月の月齢でだが…
地球であれば太陰暦では季節とのズレが生じるため太陽暦が採用されるが、この世界では太陰暦と季節でズレは生じていない。
そのためか太陰暦が採用され続けているのであった。