ラウンドリム0021
早々に店仕舞いとしたライナが戸締りを終えて工房の方へと。
親方はヤレヤレっと言った風だが、その顔は嬉しそうに緩んでいた。
まぁ、歓迎の宴と言えば酒であろう。
酒好きが多いドワーフである親方が酒嫌いである筈もなく、酒を飲むとなれば嬉しくない筈もない。
いそいそと工房の方へと移って行く。
そんな2人を見て首を捻りつつダリュートも続く。
(はて、宴とやらは工房で行うつもりなのだろうか?
飲み食いする場所など見受けられなんだが…)
不思議に思いつつ工房へと入ると既に炉の火は落とされ片付けも終わっていた。
ダリュートの姿を確認するとライナが親方へ「にぇ、何処へ行くにゃ~ん?」っと。
それに親方が「そらオメェっ『細波の憩い亭』に決まっておろうが」っと。
それに見習い少年と女鍛冶師のアマンダ、ケット・シーのライナ、クー・シーのトルトが不満気な声を。
『細波の憩い亭』は酒がメイン。
まぁ、酒場である。
しかも度数の高い酒をメインに置いてあり、料理は2の次、3の次と言う店なのだとか。
ま、酒好きドワーフ親方らしいチョイスだと言えよう。
これには流石にダリュートも苦笑い。
「では、何処が良いのじゃ?」っと、タジタジ気味に親方が告げると、口々に候補を。
「そんな弱い酒しか置いておらぬ所へなど行けるかぁっ!」っと、ご立腹に。
男鍛冶師は食って飲んで騒げれば何処でも良いとばかりに静観を決め込んでいる。
行き先を巡って喧々諤々と主張し合っている彼らへダリュートが告げる。
「外洋港近くの食事処である『憩いの波止場亭』は如何であろうか?
水夫が集う店ゆえ酒の種類は多かったように思える。
料理は料理馬鹿を体現したような店主が造る品ゆえ絶品であることを保障しよう。
あそこのカウードステーキは絶品であったなぁ。
海老の甘辛ソース炒め煮は、えも言えぬ味わいであったよ。
他の料理も気になるところ。
前は同僚の船員が店主に頼まれた香料を届けるのに同行して訪ねたのだ。
俺も同僚に進められて香料を仕入れておったので、追加で売ってな。
その後で食したが…実に美味かった。
あそこなれば、皆も納得できるのではあるまいか?」っと。
「港かぁ…荒っぽい水夫が屯しているって話だから近付いたことないのよねぇ」っとアマンダが。
「んっ?結構、面白い店が多いんだぜ、あそこ。
海鮮の美味い店も多いしな」男鍛冶師がアマンダへと告げると…
「アンタは何時間に行ってのよっ!」っと。
痴話喧嘩か?っと眉を顰めるダリュートへ親方のボヤキが聞こえる。
「また、かえ…」っと。
「何時もなんです?」そう尋ねると肩を竦めた親方が「うむ」っと頷き続ける。
「ヤツらは幼馴染でのぅ、何かあるとイチャイチャしておるな」
「「イチャイチャ」(してませんっ!)(してねぇっ!)」
(いやいや、それだけ息を合わせて否定されてもな)っと呆れるダリュートだった。
この町オーシャルの規模は大きく住民でも住居や仕事先以外の地理に詳しくはない。
港方面も住民が集う場所はあるが、町外からの水夫などが集う外洋港へ近付く住民は少ないのだとか。
そのためか『憩いの波止場亭』は知られてなかったようだ。
「ふむ、外からの酒も多く揃っておるのじゃな?」っと親方が。
「そうですね。
コチラへの船旅途中で寄航した港町で入った酒場に置いていた酒も多く見受けられましたよ。
昼で行うことも多かったので遣るませんでしたが、愛飲している酒も見受けました。
酒好きでも十分に満足できる酒揃いかと」
親方が舌なめずりして頷く。
他の面々も料理が美味いらしいと聞き行く気になっているようだ。
なので揃って『憩いの波止場亭』へと繰り出すことと。
なので店へと引き返すのかと思っていたのだが、どうやら鍜治場奥に出口が設けられていたようだ。
そこは店との出入り口とは別に鍛冶師達の出入り口と機材や資材の搬入口となっていた。
何れも中室で隔てられた造りとなっており、片方の扉が開いていると、もう片方が開かない仕組みなのだとか。
特殊なストッパーを外した場合は両扉を開放可能であるが、基本的には片方が閉じているそうな。
これは騒音対策と防犯対策を兼ねた仕組みと言う。
片方の扉を開け放った侭でストッパー解除なしに、もう片方の扉を開けようとすると開けていた扉が閉まり催眠ガスと麻痺ガスで中室が満たされる仕組みらしい。
年に何回か盗人が、この仕組みに掛かりお縄になっているそうな。
「住居無断進入の盗人は無条件で犯罪奴隷じゃの。
防犯記録映像もあるでな、言い訳もできぬ輩を差し出せば報奨金と奴隷販売金を貰えるのじゃて。
良い臨時収入になるで、また来て欲しいものじゃてのぅ」
そう笑いながら告げる親方だった。
鍛治工房から一行が出ると店の戸締りを。
そして皆そろって工房を後にして外洋港方面へと。
工房からは多少離れているが30分ていど歩くと店へと辿り着いた。
既に客が飲み食いを始めているようだが一行が纏まって座る場所は確保できそうだ。
店へ入ると看板娘のカナコがダリュートを目敏く見付けて告げる。
「あら、お客さん、また来てくれたんですね。
父さんが、お客さんと話したいって言ってましたよ」っと。
(なんであろうか?)っと首を傾げるダリュートだが「あい分かった、今日であれば何時でも良いぞ」っと。
まぁ(自分の歓迎会とは言え話しをする程度の時間なれば取れよう)っと。
ダリュートが応じると給仕のカナコ譲が一行を席へと。
「へぇ、結構…小奇麗で洒落た店内ねぇ」
「そうにゃんね。
お魚の焼ける香りにゃ堪んにゃいにゃぁぁぁ~ん」っと目を細めて尻尾がユラユラ。
ピクピクお耳が愛らしい。
「クゥ~ン。
お肉の香ばしい匂いがするわんね」っとトルトが耳をペッタンと。
まぁ、尻尾はブンブンと振られているのだが…
そんな様子の一行に女将が突き出しを持って来て告げる。
「さ、何を食べなさるね?」っと。
一行は渡されたメニューに記載された豊富なレパートリーに目をクリクリさせて見入っているが…
「ガハハハハッ、まずはエールじゃ、エール!」と親方が。
それを聞いたダリュートは苦笑しつつ
「女将さん、俺はラガービールを貰おうか。
ライッヒ産が書いてあるから、それを」っと。
それを聞いた親方が固まる。
「ライッヒ産のラガービールぅ?
なんぞ、それは?う、美味いのかえ?」
そう尋ねられたダリュートは不思議そうに問い質す。
「いやいや親方。
港町に住んでいて、なんでライッヒのラガーを知らないんで?
何処の港町にも置いてましたが?」っと首を傾げるダリュート。
「そりゃ無理てなもんだ。
外来酒は外洋港周辺で外洋船の船員が愛飲してっからな。
住民の方へ流れるのは数が少なくて希少品になっちまうんだよ。
当然高値になるし、金持ち連中が買い占めるから庶民には回って来ねぇ。
こっちへ食べに来れば飲めるが…」っと告げて酔っ払って騒ぐ水夫達をチラっと。
まぁ、柄の悪い連中が多いし、酒場で喧嘩騒ぎは日常茶飯事ではある。
それを聞いたら一般人が近付くことはあるまい。
ま、此処のようにバウンサーが給仕しつつ目を光らせていれば大丈夫だが…それを知る者は少ない。
何故なら常連客が穴場の此処を知られて客が押し寄せるのを敬遠しているので話しを広めないからだ。
まぁ、領主や貴族、武家者がお忍びで通う店と知れば無体なことをするものも居なくなるというもの。
そして、アチラで騒いでいる水夫達は…
(なんでアツイらが?)
そう、ダリュートが乗って来た船の船員だったりするのだった。