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7.

 ――とあれからもう10年である。

 

 10年。

 数字にしてみると長いようだが、流れてしまえばあっという間の日々だった。

 

「カナン、お城へ行く準備はできた?」

「ええ、もちろんよ、お母さま」

「カナンが婚約者候補、そしていつかは王子と正式に婚約を……」

「お父さま、貴族たるものみな婚約をするものよ」

「カナンはそんな言葉を一体どこで覚えたんだ……」

 カナンは数カ月前にユグラド王子とクシャーラ様の子どもであるサバラド王子の婚約者候補に選ばれた。王妃様とクシャーラ様曰く出来レースの婚約者候補に。

  貴族たるもの〜なんて小難しい言葉を使ってはいるが、私達の時とは違い、王子や他の婚約者候補と仲良くしているようだ。今回もみんなでお茶会がしたい! なんてカナンの発案で王子様と3人の小さな姫君達は王妃様自慢の薔薇園で優雅にお茶を楽しむ予定だ。

 カナンは10歳になった今でも身を包むのは、ミランダプロデュースのドレスである。今日は赤薔薇がメインの薔薇園に合わせて淡めの白をメインに据えたふんわりとしたフリルの可愛いものである。エリオットを適当にあしらって馬車へと向かって歩くたびに、裾がユラユラと揺れるその姿は私よりもミランダに似ているような気がする。

 

 初めは確かに私に似ていたのが、年々可愛くなっていってお母様は嬉しい!

 エリオットは娘の早い成長を悲しんでいるようだけど、こればっかりはどうしようも出来ないことである。

 

「お母様、ムーランは今度いつ来るんですか?」

 カナンを乗せた馬車を見送ると、今度は胸の前に分厚い本を抱えたセロイがトタトタとやってくる。

 ライボルト達の子どもであるムーランに次会った時に読み聞かせする用の本を選び終わったのだろう。

 ムーランはセロイ達の2つ歳下で、まだ8歳になったばかりである。だがさすがはライボルトとリーゼロット様の娘、あの2人が選んだ本を端から読んでは吸収し続け、既に三か国語の読み書きが出来るようになり、今では率先して2人の書斎に足を踏み入れるようになったらしい。それでもムーランが2歳の時から続けているセロイによる読み聞かせは継続中だ。おそらくは婚約者である2人が結婚してからも続くのだろう。


「うーん、ライボルトとリーゼロット様が1週間はこっちを離れるって言っていたからしばらくは来られないんじゃないかしら?」

 彼らは今、ムーランのペシャワール家の第一書架蔵書読破記念して、彼女の幼いころからの一番のお気に入り作品である『ヒツジぐものわたあめ』の聖地であるコトラ峠まで旅行に行っているのだ。

 今回に限らず、あの3人は何でもかんでもお祝いにして聖地巡礼や創作料理を繰り返している。

 そのためリーゼロット様は公爵夫人でありながら、一流シェフ並みの料理を作れるようになったのだから愛情の可能性は無限大にあると納得せざるを得ない。

 

「お父様がとまりはダメだって言わなかったら、ぼくも行けたのになぁ……」

 その旅行に是非と誘われていたセロイが頬を膨らませてエリオットを可愛く睨む。

「ゔっ……」

 泊りがけのお出かけをするなんてセロイにはまだ早い、なんて理由で旅行の許可を出さなかった親バカのエリオットは痛む胸元を抑える。未だに『お父様キライ』と言われたことが糸引いているようだ。

 

 そんなエリオットを横に押し寄せるようにして、顔を出すのはセロイと瓜二つのミュリンである。

 一応カナンを含めた3つ子なのだが、セロイと色違いのミランダセレクションの双子コーデが今日もよく似合っている。

  「お母さま、リガードおじさまはもう来た?」

「あら、ミュリン。リガードと約束してたの?」

「うん。モンブラン持ってきてくれるって!」

「あら楽しみ!」

 フィンター様と結婚したことによってなかなか気軽に来られなくなってしまったミランダや、子どもを連れて各地に出かける機会が増えたライボルト・リーゼロット様夫妻と違い、リガードのブラントン屋敷訪問回数はこの10年間であまり減ることはない。

 結婚どころ仲のいい令嬢もおらず、リガードは完全に我が子達の間では親戚の叔父さんポジションをキープしている。元々ブラントン家とブラッド家は家同士で仲はいいらしく、度々ブラントン本家からの伝言を携えてやってくるのももうお馴染みで、親戚と言っても間違いではないような気さえするが。

 

「じゃあ、ミュリン、それまでお父様と稽古していようか」

 ミュリンの身体を反転させて、エリオットはここぞとばかりに我が子との交流を図ろうとする。昔は2〜3年したらきっと〜なんて言ったけど、未だにエリオットよりも他の人達との距離が近いのよね……。

「うーん、じゃあそうする。お母さま、おじさまが来たらよんでね?」

 今だってものすごく仕方ないな〜って感じで、人差し指で頬をかいている。

「ええ、いってらっしゃい」

 だがほんの少しでもエリオットと親子の時間を取ってあげてくれと見送りの手を横に振ったその瞬間――。

「あ! リガードおじさんだ!!」

 エリオットとの交流タイムは終了した。エリオットは玄関から笑顔でやってきたリガードには勝てなかったのだ。

 

  「ミュリン、セロイ、お前らいい子にしていたか?」

「してた! 今も時間つぶしにお稽古しようとしていたところ」

「時間つぶしって……お前、ブラントンの男だろう? セロイも本は確かに面白いが、剣の稽古はしっかりしといた方がいいぞ?」

「ぼくたち、何かあったときにお父さまなんていなくてもお母さまを守れるくらいには強いから大丈夫! ね、セロイ?」

「うん。この前だっておじいさまがほめてくれたんだ」

「ああ、この前もお前達、武闘大会と剣術大会で優勝していたもんな……。背は全く伸びないのにその馬鹿力はどっからくるんだか……」

 

 この子達が剣を握れるようになった頃に、エリオットの数年間の我慢を爆発させ、さらにブラントンの血を引く彼らの元々の身体能力の高さが相乗効果を引き起こした結果、ミュリンとセロイの剣術と武術の腕はわずか数年で未成年の部では負けなしになるほどに成長した。ブラントン家からも2人はもう一人前だと太鼓判まで頂いたほど。

 

 だからなのか、2人からは稽古へのやる気をあまり感じない。セロイは今も昔も本とムーランが第一だし、ミュリンに至ってはリーゼロット様に憧れてお菓子作りを始めるようになった。将来は騎士ではなく、パティシエになると言いだしそうな勢いである。

 

「じゃあ2人、連れてくな?」

「あら今日はリガードの屋敷だったの? わざわざ迎えにきてもらって悪いわね」

「いやブラントン屋敷だ」

「へ?」

「エリオットが連れてこないからって頼まれたんだ」

「今日はおじいさまの家に行くの?」

「ああ。ケーキいっぱい用意してあるらしいぞ?」

 セロイとミュリンの小さな背中を押して「先、馬車乗ってろ」と促したリガードは落ち込むエリオットになにやら耳打ちをすると2人の後を追った。

 

「いってらっしゃい、迷惑かけないようにね?」

「「はーい」」


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