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3.

「お帰りなさい、お姉様」

「ただいま、ミランダ。はい、これ」

「ありがとう! ……ってお姉様、どうしてそんなに機嫌が悪いの?」


 念願のクレープを手にしたミランダは嬉しそうに笑った。だがすぐにその笑みを引っ込めて不思議そうに私の顔を覗き込んだ。普段ならこの可愛らしい顔にすぐさま癒される私ではあるが、今回ばかりはそう簡単に怒りが治りそうもない。


 屋敷に向かうまでの10分ほどの間で、私はあの無礼な男の素性を思い出したのだ。

 男の名前はエリオット=ブラントン。王家に代々仕える騎士貴族のブラントン家の御令息である。艶やかなブラウンの髪と吸い込まれるような翡翠色の瞳を持ち、その見惚れるほどの容姿と紳士的な物腰で社交界のご令嬢達から熱い視線を送られている。だが、仕えるべき王子のお相手が正式に決まってはいないということもあり、未だに婚約者はいないようだ――と社交界では何度か顔を合わせる機会があるため、一応上っ面だけの情報なら持ち合わせている。

 冷静な時ならすぐにでも思い出すことができただろう。

 もしもあの場が社交界ならば怒りを腹の中に沈めて、クレープに黙祷を捧げるくらいはできただろう。だがあの出来事が起きたのは城下町であり、相手が町娘とあれば謝罪すらしない男を紳士的であるとは認めたくはない。元より彼に熱を上げたりはしていなかったが、平均値より少し高めの好感度は持っていた。だが今の私の中でその値は絶賛急降下中である。もちろん貴族なんて取り繕っているのが常であり、私自身もそうであるから正面切って文句を言うことはない。だからこそ静かな怒りが沸々と沸き上がってくるのである。

 そんな私をミランダは心配そうに見守っている。愛しい妹を心配させてしまっていると分かってはいても、なかなか自分の気持ちに区切りをつけることは出来ないのだ。

 そんな時、ドアはコンコンコンとリズムよく叩かれた。

 

「はい」

 ムスッとした声で応じる。するとドアを開いたのは使用人ではなく、お父様だった。お父様がわざわざ私の部屋まで足を運ぶことは稀である。だが生憎と今の私は自分の機嫌を直すだけの気力はないのだ。お父様には悪いが、仏頂面をそちらへと向ける。


「何かしら、お父様?」

「ユタリア、早速お前にブラントン家から縁談の申し込みがあったんだ。お相手はエリオット=ブラントン。お前も何度か会ったことがあるだろう?」

「エリオット=ブラントンですって!」


 怒りの矛先であったエリオット=ブラントンの名を耳にして、顔が歪むのを感じた。きっと今の私は東洋の鬼や般若のようになっているのだろう。それにはお父様も、ずっと見守る姿勢を示してくれていたミランダもビクッと跳ねた。

 

「あんな無作法な男と結婚するなんてお断りよ!」

「な、何があったの?」

「エリオット=ブラントンはね、女性にぶつかっておいて謝罪がないどころか、地面に落ちたクレープを目に収めておいてまだなお一切コメントをしないような男なのよ! まず先にすべきは金を握らせるより一言の謝罪よ! 謝罪! まっさきに金で解決しようなんて男は禄な男じゃないわ」

「何ですって!? お姉様にぶつかっておいてそんな対応なんて、男として最低よ!」

「ええっと、つまり……断るってことでいいのか?」

「「もちろん!」」


 私とミランダが力強く頷くと「わ、わかった」と返事をしたお父様はそそくさとその場を後にした。

 

 

「それにしてもお姉様にぶつかって来た男というのは本当にあのエリオット=ブラントンなの?」

「間違いないわ。あのキラキラした顔を見間違えるもんですか!」

「目立ちますものね。それにしても彼が……」

「紳士的って噂だけど、所詮は社交界でのことで町娘は対象外ってわけよ」


 あの顔を思い出すとますます苛立ちは沸き上がってくる。 それでも八つ当たりをするまでに至らなかったのは、ミランダの言葉があったからだ。

 

「……やはり貴族なんてみんなそんなものですかね。とりあえずそんな男のことよりもクレープを食べましょう? イライラする時は甘いものよ、ね?」

 優しいミランダはそう言って、彼女へのお土産として持って帰ってきたクレープを二等分にして、その1つを私に分けてくれた。


「これはミランダへのお土産よ?」

「美味しい物は分け合わなくっちゃ!」

「ミランダ……」

 ミランダと食べたクレープはやはり美味しくて、2人揃って思わず頬を押えるのであった。


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