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3.

 今日もまたハリンストンの屋敷を訪れることにした。こんな短期間で何度も訪れるなんて、迷惑であろうとは分かっているのだが、定期的にハリンストン屋敷に戻って、素の自分に戻れるのは最大の息抜きみたいなものなのだ。ブラントン屋敷は未だに『外』としての認識が強く、エリオットが留守の間だって気を抜くことは出来ないでいる。本を読むときですら身体は緊張してしまっているのだ。だからこうして、たまに身体の力を抜きに行く。

 いつものように、私の来訪を歓迎してくれたミランダとのお茶会を楽しんで居ると、彼女の指示によって部屋へと運び込まれた大量の本は私の前にズラリと並べられた。以前に持たされ、読み終わったからと返すために持ってきた前回の本よりも遥かに多い。

「ミランダ、これは……」

 あまりの多さに続く言葉さえも紡げずにいると、ミランダはその山々を指差して説明を始めた。

「えっと、こっちが私のオススメ、これはユラので、そっちはお母様の、そしてこの無駄に多いのはライボルトとリーゼロット様から」

「ライボルトとリーゼロット様からもあるの!?」

 どうやらこれはミランダの選んだ本だけではないらしい。お母様とユラからならまだしも、まさかここでリーゼロット様の名前まで出てくるとは驚きだ。あのライボルトがまさか婚約者と共に本を選んで、従姉妹に送るまでの関係に発展しているとは……。

 なぜだか彼らだけがこの半年近くで、妙に先に遠くに進んでしまったように思える。

 2人の幸せを願わないわけではないのだ。こうやって気にかけてくれることは嬉しい。……ただハリンストンの家に帰ってくることが予想されていたのはちょっと複雑なのだ。

「ええ。ライボルト、初めは何も考えずにお姉様達の住むお屋敷に送ろうとしたのよ? だから全力で止めて、預かっておいたわ」

 そうか、初めはあの屋敷に……と納得しかけて首をひねる。

「え? なんで止めたの?」

 一年前に私の部屋だった場所も含め、ハリンストン屋敷に本を置いておく場所なんていくらでもある。

 だがわざわざ止める必要はあったのだろうか?

 それもあのライボルトがよくもまぁそれで納得したな、と疑問に思わずにはいられない。するとミランダは一体何を言っているのだと驚いたように目を見開いた。

「だって新婚夫婦の元に、いくら従兄弟とはいえ、他の男から贈り物が贈られてくるなんて、不貞を疑われても仕方ないわよ?」

「ああ、そっか。それも……そうね」

 危ない、危ない。ミランダが機転を利かせなければ、危なくブラントンに離縁の機会を与えるところだったのだ。

 妻側の不貞が原因で離縁したとなれば、他の女性を想うエリオットとしては、意中の相手を迎え入れやすかろう。だが私としてはたまったもんじゃない。たかだか数冊の本でハリンストンの家名を汚すなどあってはならないことだ。

 もちろん、本は読みたい。

 送ってくれたライボルトとリーゼロット様には読み終わり次第、手紙をしたためる所存である。だがそれとハリンストンは天秤にはかけられない。

「ミランダ、ありがとう。助かったわ」

 頭の回転が鈍っていた私に代わり、ライボルトを止めてくれたミランダの頭に手を伸ばし、髪をすくように撫でる。昔からミランダは私にこうされるのが好きなのだ。今もまた彼女は気持ちよさそうに目を閉じて微笑んでいる。

 ああ、やっぱり私の妹は可愛い。可愛すぎる!

 ミランダの嬉しそうな表情に私までも幸せになってくる。帰るたびにこうして頭を撫でてあげたいし、久々の再会に抱きしめてしまいたい。けれどそんなことをしてしまったら、きっとミランダは今まで以上に私を心配することだろう。


 うまくいっていないのではないかと。


 辛いことでもあったんじゃないかと。


 ただでさえミランダは数年もすれば婚約者である彼を婿に迎えて、いずれはハリンストン領を夫と2人で治める役を担っているのだ。これ以上、心配などかけられない。

 私が出来るのはただ一つ。

 ハリンストンに産まれた者として、ブラントンに迎え入れられた女として、これからもエリオットの妻の役目を果たすことだ。

 サラサラの髪を撫でながら、私は自分の役目を再認識したのであった。

 

 ――のだが、ハリンストン屋敷を最後に訪ねてから早1ヶ月。お茶会、夜会共に社交の問題はなく、屋敷から持ち帰ってきたオススメ本をあらかた読み終えた頃、事件は起きた。

 それは明け方のこと。

 健康的すぎる生活を送る中で、こうして日が昇るとともに目が覚めることは珍しくもなかった。そんな時は決まってどうでもいいことを考えるのだ。今回は同じベッドで寝ることに意味はないんじゃないかと、そろそろ自室にシングルベッドでも設置してもらうべきかと思案していた。もちろんそんなこと言い出せるわけもないから、あくまで考えるだけなのだが……今から思えば無理にでも目を閉じて、二度寝でも決め込んでおけば良かったのだ。

 そう、反省したところで過ぎた時間は、そして聞いてしまった言葉はなかったことにはならない。


  寝返りを打って、私の方へと寝顔を見せたエリオットはとある名前を口にしたのだ。「ユリアンナ」――と。たしかに彼はそういった。

「え?」

 それに驚いた私はつい声を上げてしまった。その時のエリオットは寝ぼけていて、そのまま何事もなければ忘れてしまったかもしれないのに。そして運悪く、エリオットは私の声でハッキリと目が覚めてしまった。

 そしてみるみる顔を白くすると「悪い」と謝罪して、足早に部屋を後にしてしまったのだ。

 いつからバレていたのだろう?

 いや、バレるも何も、社交界の時のようにメイクを施してなければ顔はユリアンナそのものなわけだが。だがそれにしても、なぜ今になって彼はその名前を口にしたのだろう。

 寝ぼけていたから、つい?

 頭が覚醒していなかったにしても、一年以上も前に、たった1ヶ月ほど共にオヤツを食べただけの女の名前を口にするか?

 知っていたのならなぜ今まで私にそのことを告げなかったのか。もしやエリオットはそれを離縁のためのカードにでもするつもりなのだろうか。いい身分の女性が、1人で城下町に繰り出すなんてあまりほめられたこととは言えない。だがそれだけではあまりにも離縁の権利をもぎ取るには力が弱すぎる。

 それにエリオットは去り際に私に「悪い」と告げた。

 それは何に対しての、誰に対しての言葉なのだろう?

 ユタリア、それともユリアンナ?

 わからないことだらけだ。

 社交界で腹の探り合いには慣れたつもりだったのが、エリオットの気持ちは全くわからないまま、だからこそこんなにも頭を抱える。


 私が望んだのは愛のない、ドライな結婚生活。半分ほど実現しているのに、まさかこんなにも悩むことになるとは、まだ王子の婚約者候補者の一人でしかなかった数年前の私は想像もしていなかっただろう。


 それからというもの、私とエリオットとの距離はますます開くこととなった。今まではどんなに遅くとも、毎日帰ってきていたエリオットが帰らない日もポツポツと出るようになってきたのだ。

 話し合いも切り出せぬまま、時間だけが過ぎていく。だがそれと同時に、エリオットから離縁を申しだされることもないが不幸中の幸いだった。そんなことになれば全力で、場合によってはハリンストンの権力を傘にして対処するが、だがそれまでは、私はこの場を誰かに譲ることはしない。

 どんなにエリオットとの関係が冷え切ってようが、私はまだユタリア=ブラントンなのだから。


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