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スポイカ!  作者: 迎ラミン
第三話 トレイン
17/31

3

《カドマツ君、明日の朝ってお暇?》


 チャーミーさんからキズナが届いたのは、その晩のことだった。

 スポイカのメンバーは全員IDを交換しており、部室の連絡ノートと合わせて、グループチャットでも何かあれば伝達するようになっている。


《トレ室のバイク一台、現在故障中。メーカー対応は明後日の予定。 儚那》

《かせいがくぶのせんせいから、proteinをつかったスイーツこうざをやってほしいと、requestいただきました。おじかんがあればassistしてください。しょうさいはGBまで》


 といった感じだ。普段はそれぞれ活動先が分かれているので、こういう情報交換は大切だし手軽にできるのもいい。


《完全に暇ってわけじゃないですけど、トレ室にはいますよ》


 いつぞや言っていた修士論文の被験者の件かな、と思いながら松はすぐに返信した。そういえば、チャーミーさんから個人でキズナが来たのは初めてじゃないだろうか。


《あ、そっか。儚那ちゃんとウエイトリフティングデートしてるんだっけ?》

《単なる朝のトレーニングです》


 直接会話しているかのような素早さで否定しておいた。一瞬複雑な表情も浮かんだが、こちらは自業自得なので仕方がない。


《じゃ、儚那ちゃんから私がOKもらえたら、そっちはお休みして治療室に来てくれる?》

《え? 俺は構いませんけど》

《大丈夫よ。新しいマッサージオイルを試させて欲しいだけだから。襲ったりしないから安心して?》

《はい、わかりました》


 苦笑しながらも、松は少しほっとした。儚那と口喧嘩になったあのあと、トレ室にこそ戻ったが、結局ぎこちない空気のまま一日が終わってしまったからだ。複雑な表情が浮かんだ原因も、もちろんそこにある。


《ありがとう! じゃあ明日の朝、会えるのを楽しみにしてるわね》


 むしろこちらの方がデートの約束めいているので、ふたたび苦笑いさせられる。これで生物学的に♀の人だったら、本気で胸が高鳴っていたかもしれないのに。


 でも、男なんだよなあ。


 自然とほころんだ顔で、《はい。よろしくお願いします》と松は返事を送った。




「おはよう、カドマツ君。来てくれて嬉しいわ」


 翌朝。ノックしてから「失礼します」と治療室のドアを開けると、チャーミーさんが笑顔で出迎えてくれた。今日はピンクの施術着姿で、なんと髪はポニーテールに結んでいる。いつものように良い香りがするし、正体(?)を知らなければこれだけでドキドキしてしまうだろう。というか、本当に勘違いしている運動部員も絶対にいるのではないだろうか。


「体調はどう? 捻挫も、もうすっかりいいのよね?」

「はい。お陰様で」

「あら、あたしはなんにもしてないじゃない。触らせてもらったのだって、あの初日だけだし。言ってくれればもっとダイタンな治療もしてあげたのに、つれないんだから、もう」

「……はは、すみません」


 この人との会話にもすっかり慣れたので、さり気なくスルーしておく。余談だがチャーミーさんの「愛」という名前は、戸籍上は「めぐる」と読むのだとか。


「じゃ、さっそく始めましょうか。オイルマッサージだから、できれば上は脱いで欲しいんだけどダメ? もちろんドアは開けておくし、変なことしないから。ね?」


 名前の通り可愛らしく、拝むように両手を合わせながら小首を傾げられた。わかっていてもつい見とれてしまう仕草だ。

 どこぞの残念美女に、この可愛らしさを半分だけでも分けてやって欲しい、と勝手な感想を抱きつつ松は頷いてみせた。


「いいですよ。俺もそのつもりでしたし」

「やだ、もう! カドマツ君から、そのつもり、なんて聞いたらドキドキしちゃう!」

「ど、どーも」


 何がどーもなのかはわからないが、そそくさとTシャツを脱いだ松は指示に従ってベッドにうつぶせで寝そべった。約束通り半開きにしてくれた出入り口が、視界の片隅に見える。


「じゃ、背中からオイル塗っていくわね」

「はい……あ……」

「大丈夫? ちょっとヌルヌルするけど」

「だ、大丈夫です。ていうか凄く……あう、気持ちいい……です」

「良かった! あたし、ヌルヌルプレイも得意だから頑張っちゃう!」

「はあ……おぅふ……」


 ()()()ってなんか違う気がするんですが、と頭の中でつっこみながらも、相変わらずのゴッドハンドっぷりに、だらしない声が口からこぼれ続ける。


「女バスはどう? 一ヶ月だけ、お手伝いすることになったんでしょう?」

「あ、はい。おかげ……さまで……あふ……」

「ミッチーちゃんが言ってたわ。いいタイミングで、儚那ちゃんがカドマツ君を預けてくれたって」

「え?」


 閉じかけていたまぶたを、松は思わず持ち上げた。いいタイミング?


「それって、どういう……あ!……あふ!……おうふ!」

「うふふ、敏感ね」


 いや、温まったオイルで脇をマッサージされれば誰だってこんな声が出るのでは、と思う。


「そうそう、ミッチーちゃんといえば」

「は、はひ」

「なんで『ピューマ』ばっかり愛用してるか、知ってる?」

「あ!」


 またしてもピクリと反応してしまいつつ、同時に松は思い出した。いつか聞こうと思って忘れていた話を。


「そうなんですよね。ドゥオーモ社の息子なのに、ミッチーさんがアンダーメイルを着てるの見たことなくて。いつもピューマですよね? なんでですか?」


 実際ミッチーはトレーナーバッグやシューズ、ウェアと、身に着けるものはピューマというスポーツブランドの製品ばかり使っている。アンダーメイルなら、おそらくどんな商品でも簡単に手に入るだろうに。まさか、社長であるお父さんと仲が悪いのだろうか。でもプロテインを持ってきてくれるくらいだから、そこまで避けているというわけでもないはずだ。


「カドマツ君も気づいてたんだ?」

「はい。そのうちミッチーさん本人に、訊いてみようかとも思ってたんですけど……あう……だめ……ですかね?」

「大丈夫よ。些細な話だけど、これもカドマツ君のお勉強のヒントになるかなって、ミッチーちゃん自身が言ってたし。女バスのお手伝いを頼んだのも、もちろん同じ狙いね」

「え?」


 同じ狙い? アンダーメイルの御曹司がピューマばかり着ているのと、女バスのアシスタント・トレーナー活動に、何か共通点があるのだろうか?

 心地良いマッサージで溶けそうな脳みそを必死に回転させていると、チャーミーさんはさらに意味不明な質問を口にした。


「カドマツ君。儚那ちゃんのこと、好き?」

「はあ!?」


 思わず頭を上げると、目の前にチャーミーさんの豊かなバストが飛び込んできた。


「す、すいません!」


 慌ててもとの姿勢に戻りながらも、これってなんか詰めてるのか? と、一瞬失礼な疑問を抱いてしまう。

 だがチャーミーさん自身は、面白そうに質問を続けるだけだった。


「ほらほら、じっとしてて。じゃあ女バスの子は? 例えば、あのレッサーパンダみたいな一年生の子とか。詩織ちゃんだっけ」


「え? チャーミーさん、レッサーさんを知ってるんですか?」

「へえ、ほんとにレッサーちゃんていうんだ? 一度、腰痛の相談されたことがあるのよ。で、どうなの? 儚那ちゃんとレッサーちゃん、どっちが好きなの?」

「なんでその二択になってるんですか。大体……あう……どっちも……おう……そんな目で、見れ、ない、し……」

「本当?」

「本当ですよ……って、ちゃ、チャーミーさん!?」

「あらあら、カドマツ君てば大胸筋もしっかりしてるのね。Bカップぐらいはあるかも」

「ちょ!? ……うひゃ……ちゃ、チャーミーさ……そこはやめ……あう!」


 胸全体をオイルマッサージしながら、チャーミーさんはさらに攻めてくる。


「あえて言うならどっち? 儚那ちゃん? レッサーちゃん? 前ミス・テト大の美人と妹タイプのスポーツ少女、どっちがいいの?」

「ひいっ……わ、わかりましたよ! 儚那さんです! でもそれは……うひゃい……トレーナーとして尊敬っていうか……うひ! は、儚那さん……おふ……しっかりしてるし……」


 瞬間、ゴッドハンドがぴたりと止まった。


「ふふ、それならよろしい」

「え?」

「良くできました、カドマツ君。しっかり者がタイプのあなたは、やっぱりいいトレーナーさんになるわ」

「いや、タイプじゃないですってば!」

「でも、儚那ちゃんのことはよく見てるでしょう?」

「そりゃあ、一番身近な先輩ですし」


 幸か不幸かは別にして、だが。


「あの子、しっかり者だけど気持ちが顔に出やすいのよね」


 それもよく見ているし、よく知っている。


「逆に言えば儚那ちゃんが難しそうな顔になってるときは、何かを我慢してたり想うところがあったりするってわけ」


 さすがに松も、チャーミーさんが何を伝えようとしているかは理解できた。


「……儚那さんから、何か聞いたんですか?」

「ううん。でも表情とか雰囲気とかから、なんとなくわかっちゃうのよね。昨日の帰り、部室でばったり会ったの。で、今朝カドマツ君にも会った瞬間、やっぱりって。男と女、両方の気持ちに通じてるからかしら。うふふ」

「我慢してたり想うところがあったり、ですか」


 言われた言葉を松はもう一度繰り返した。たしかに昨日の儚那は、そういう表情や口調だったかもしれない。ならばレッサーを追い返したのも、本意ではないがやむを得ない理由があったから、というわけだろうか。


「ミッチーちゃんがアンダーメイルを身に着けないこと。あなたに女バスのお手伝いをお願いしたこと。そして儚那ちゃんが何かを我慢してること。根っこは全部繋がってるはずよ」

「はい」


 なんとなく見えてきたような、そうでないような。だが少なくとも、はっきり覚えている場面がある。儚那の、なんとも「らしくない」表情。あれはやはり、どうしても調子が狂う。何より。


 ――あんな顔、して欲しくない。


「あの、俺、最後まで自分で考えてみます」

「ええ、それがいいと思うわ。ていうか、もうわかってるじゃない。何はともあれ一安心ね。じゃ、マッサージを続けましょう」

「え? ……おうふ! ……ちゃ、チャーミーさん、脇はダメですって……うひゃあ!」


 何がわかっているのかという疑問は、「まだまだあたしのプラチナフィンガー、味わってね♥」という台詞とともに、松の頭からあっという間に吹き飛んでしまった。

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