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「あ……」
「ふふ、気持ちいい?」
「はい……」
「ここは? 痛くない?」
「は、はひ……気持ちいいです」
「じゃあ、もっと感じさせてあげるわね?」
「あぅふ……」
「こらカドマツ、気持ち悪い声出すな」
二十分後。言葉通り松は、「ベッドのある部屋」で「気持ちいいこと」をされていた。ただし相手は儚那ではない。
「チャーミーさんも甘やかさないでいいっすよ。こいつ、童貞だから何やっても感じるようにできてるんで」
「あらあら、儚那ちゃんもヤキモチ妬くことがあるのね」
「そんなんじゃありません。なんなら股間に鍼ぶっ刺しても、全然かまいませんから」
「そう? なら、新しい置き鍼を試させてもらおうかしら」
「ええ!?」
松の脚を揉みながら聞き捨てならない台詞を口にするのは、スポイカの先輩たちが「チャーミーさん」と呼ぶもう一人のメンバーである。彼女に自分を紹介するため、儚那はスポーツ棟の一室に連れてきてくれたのだった。ちなみにこの部屋もなぜかSの字が一つ消えており、ドアのプレートは《SM 同好会 治療室》となっていた。
「あなたがカドマツ君ね? 治療担当の河合愛です。略して〝かわいい〟だから、チャーミーって呼んでね」
そう言って初対面から両手を握ってきたチャーミーさんは、儚那とは違うタイプの美人だった。水色の施術着がよく似合う白い肌に、ほんのりと赤い唇。長い睫毛。一つにまとめられた髪は毛先まで艶やかで、まさに「綺麗なお姉さん」という言葉が相応しい。
「チャーミーさんは鍼灸師とあん摩マッサージ指圧師の免許を持ってるから、うちの学校で唯一、正式にマッサージができるんだ。普段はここで、身体を痛めた選手のケアをしてくれてる。いつも大人気だから、こうしてゆっくり会えるだけでも感謝しろよ」
「ありがとう、儚那ちゃん。忙しいのは事実だけど、あたしもカドマツ君に早く会いたかったもの。来てくれて嬉しいわ。とってもイケメンさんだし」
「ど、どうも」
艶やかな笑みを向けられ、松はしどろもどろで答えるしかなかった。しかもそのまま、「ご挨拶代わりよ」と身体をケアしてもらえることになったというわけである。
引き続き念入りに脚をマッサージしながら、チャーミーさんが優しく説明してくれる。
「捻挫も、ほぼ治ってきてるみたい。さすがに直接は触れないけど患部のまわり、特に足をかばって余計な負荷がかかるあたりを、入念にケアしておくわね」
「ありがとうございます」
「なんだよ、いい身分だなカドマツ。あーあ、あたしもどっか怪我しとけばよかった」
とんでもないことをぼやきながら、儚那の方は勝手知ったる様子でもう一つのベッドに腰掛け、小さな電極のようなものを脚に当てている。いわゆる低周波治療器のようだ。
「儚那ちゃん、それパッド変えたばっかりだから、使ってみた印象を教えてね」
「はい。今のところいい感じっすよ。しっかりフィットしてますし」
さすがの儚那も、チャーミーさんにだけは敬語で喋っている。そういえば、と松は思い出した。
「チャーミーさん、うちの院生なんですよね?」
「ええ。マスターの後期課程よ」
「凄いですね」
「そんなことないわ。トレーナー業界じゃ、マスターぐらいは普通だし。ドクターまで取ると、どっちかっていうと研究者って感じで、現場からは離れがちになる人が多いみたいだけど」
マスターというのは修士、そしてドクターは言わずもがな博士を指す。チャーミーさんはつまり、修士課程に在籍中の大学院生というわけだ。
儚那も隣のベッドから問いかける。
「修論のテーマ、決まったんですか?」
「ええ。予定通り、円皮鍼を使った場合の筋力発揮の男女差について、研究してみようかと思ってるの。被験者集めとかでまたお手数をかけちゃうかもだけど、よろしくね」
「お安い御用ですよ。男はここに一人、確保できてますし」
「それって俺ですか!?」
松は慌てて隣に首を向けた。
「当たり前だ。お前まさか、チャーミーさんの施術をただで受けられるとでも思ってたのか? 身体で払え、身体で」
「……わかりました……あぅ……」
「ありがと、カドマツ君。じゃ、お礼にもっと良くしてあげちゃおうかな。うつぶせになってくれる?」
すでに「良く」なりまくってるんですが、と思いつつ松は素直にうつぶせになった。それにしても、本当に気持ちがいい。しかもチャーミーさん自身からも、ほんのりと花のような香りがする。
「ちなみにカドマツ」
これ、なんの香水だろう。
「一応、伝えておくが」
どこかの残念美女みたいな、柑橘系の香りじゃないけど。
「チャーミーさんは男だ」
いかにも綺麗なお姉さんて感じの、いい匂い――。
「え?」
儚那が何か言ったことに気づき、松はふたたび彼女を見た。
「今、なんか言いましたか?」
「おう」
背中から、チャーミーさんの照れた声が聞こえてくる。
「やだ、もう! 儚那ちゃんったら、恥ずかしいわ。ごめんねカドマツ君、ちょっと背中にまたがっちゃうわね」
……あれ?
何かが腰のあたりに当たっている。
「だからな、チャーミーさんは」
この感触。よく知っている、というか身体の一部として馴染んでいる……。
「男だ」
「ええ!? ちょ……うわ! うわあああああ!」
だがなぜか、松の身体はびくとも動かなかった。
「あら、じっとしてて。もっと気持ち良くしてあげるって言ったでしょう?」
「ちゃ、ちゃ、チャーミーさん!?」
「でもってチャーミーさん、柔道の黒帯でインターハイ出場選手だから」
「な……!?」
「下手に機嫌損ねると、女より先に男を知ることになるだろうな。はっはっは」
「あら? いいの、儚那ちゃん? カドマツ君なかなかイケメンだし、あたし的には全然アリなんだけど」
「いいっすよ。あたしの助手ですから、煮るなり焼くなり好きにしちゃってください」
「は、儚那さんっ!?」
「うふふ、じゃ、お言葉に甘えてこのまま――」
「うわああああ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
十分後。幸い松の貞操は無事だった。それどころか。
「うわ、軽い!」
身体がかなり楽になっていた。
物騒な(?)ことを言いつつも、チャーミーさんはあのまま入念に背中もマッサージして、ついでに「ちょっとサービス♥」などと鍼まで打ってくれたのだ。
「ありがとうございます、チャーミーさん!」
見た目はともかく、この人も儚那やミッチー同様に凄腕なのはたしからしい。
「ふふ、ありがと。二人っきりのときは、もっといっぱいサービスしてあげるわね」
「け、結構です」
「なんだカドマツ、遠慮しなくていいぞ? 二、三十分ならあたしも席を外すから、お前も晴れて男を知って――」
「遠慮します!」
激しく両手を振りながら、松はスポイカの全メンバーとの対面を果たし終えた。




