フェアリーテイル
耳が尖っていて金髪で碧眼。そんな人種をエルフというのなら、オレの相棒はエルフなのだろう。
銃を持ったエルフとヒューマンがタッグを組んで、ジャングルでダイハンというモンスターを狩りまくる。
これはそんな、和やかなお伽話ではない。あくまでもベトナム戦争記である。
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傷口を食塩水で洗ってラップを貼り、テープで固定。その上に包帯を巻く。
今までそんな作業を、何度こなしてきたことだろう。
「また怪我したの? バッカねー」
相棒からは、何度もそう言われてきた。
その相棒が今目の前で、病室のベッドの上で横になっている。
ダイハンとの戦闘中に、オレを庇って頭部を強打したためだ。
幸い、命に別状はない。数日中に退院できるそうだ。
しかし――。
頭に包帯を巻いて、死んだように眠っている相棒の寝顔を見ていると、何とも言えない気分になってくる。
ダイハンを皆殺しにしたところで、相棒の怪我が早く治るわけではない。
ならばこのもやもやした気持ちは、いったいどこにぶつければいいのだろうか。
相棒には早く目を覚まして、いつものようにオレを馬鹿にしてほしい。
戦場では活躍できても、病室でオレにできることはない。何とももどかしい。
祈ることぐらいはできるが、神を信じていないから祈りはしない。
しかし、多数の敵を相手にジャングルの中で一人戦っていた時でさえ、こんな心細い気持ちになったことはない。
控えめな胸が上下していて、相棒の呼吸は安定している。起き出す気配はない。
彼女には世話になっている。具体的に何かをしてやりたかった。
「・・・・・・・・・・・・」
深い考えがあったわけではない。
両手で包み込むように、そっと手を握った。柔らかくて華奢な手だったが、温かい。
すると不意に、相棒の口が動いた。
起きていたのか? 心臓の鼓動がわずかに早くなる。
「あほ、バカ、鈍感・・・・・・」
寝言だ。夢でも見ているらしい。
しかし、馬鹿にしてほしいとは願ったが、いきなり第一声がそれとは。
いったいどんな夢を見ているのだか。安堵のため息が漏れる。
「早く目、覚ませよな」
起こさないように、小声で囁いた。
しばらくは戦闘を控えて、相棒に寄り添っているとしよう。
ザップ将軍がサイゴンを落とす日も近そうだし、これを機に長期休暇を取ってもいいかもしれない。
傭兵にも休息は必要だ。
握った温かい手から、規則正しい脈拍を感じ取れた。
安心から、肩の力が抜ける。
タムキーの時間が、穏やかに流れていった。
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つい先日、ホー・チ・ミンが亡くなったとの発表があった。七九歳。突然の心臓発作だったらしい。
『独立と自由ほど尊いものはない』とベトナム人民を鼓舞し続けた、国家元首ホー・チ・ミンの死は正直痛い。しかし、今さら北ベトナム優勢の流れは変わらないだろう。
ホー・チ・ミンは腐敗や汚職に無縁で、禁欲的で無私な指導者だったという。
「ダイハンどもの国とは、大違いだな」
北も南も独裁制で、指導者はどちらもモンスター。
空港のベンチで、ホー・チ・ミンの業績を称える記事を読みながら、オレは呟いた。
すぐそばの壁にも『ダイハンの残虐行為を忘れまい』という落書きがある。
「なーにカッコ付けてんのよ」
隣でファッション誌を眺めていた相棒が、鼻先で笑った。
「いいだろ別に」
肩を竦めて見せる。
「あんたは小難しいこと考えずに、『ダイハンは皆殺しだ』とか言ってればいいのよ。いつもみたいに」
「それじゃあオレが、馬鹿みたいじゃねーか」
「あんたは大バカでしょ」
相棒はケタケタと笑った。
「じゃあ、そんなオレに付き合ってるお前は?」
「あたしは天才よ。大バカと付き合えるなんて、天才ぐらいのもんでしょ?」
「なるほど」
天才と何とかは紙一重、ということか。
「じゃ、そろそろ行くわよ」
フライトの時刻が迫っていた。
「分かった、行くか」
どちらからともなく腕を組んで歩き出す。
組んだ腕が温かい。相棒からはハーブのような、優しい匂いが漂っていた。