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ダイハン・スレイヤー  作者: 神田川一
3/3

フェアリーテイル

 耳が尖っていて金髪で碧眼。そんな人種をエルフというのなら、オレの相棒はエルフなのだろう。

 銃を持ったエルフとヒューマンがタッグを組んで、ジャングルでダイハンというモンスターを狩りまくる。

 これはそんな、和やかなお伽話ではない。あくまでもベトナム戦争記である。


   *******


 傷口を食塩水で洗ってラップを貼り、テープで固定。その上に包帯を巻く。

 今までそんな作業を、何度こなしてきたことだろう。

「また怪我したの? バッカねー」

 相棒からは、何度もそう言われてきた。

 その相棒が今目の前で、病室のベッドの上で横になっている。

 ダイハンとの戦闘中に、オレを庇って頭部を強打したためだ。

 幸い、命に別状はない。数日中に退院できるそうだ。

 しかし――。

 頭に包帯を巻いて、死んだように眠っている相棒の寝顔を見ていると、何とも言えない気分になってくる。

 ダイハンを皆殺しにしたところで、相棒の怪我が早く治るわけではない。

 ならばこのもやもやした気持ちは、いったいどこにぶつければいいのだろうか。

 相棒には早く目を覚まして、いつものようにオレを馬鹿にしてほしい。

 戦場では活躍できても、病室でオレにできることはない。何とももどかしい。

 祈ることぐらいはできるが、神を信じていないから祈りはしない。

 しかし、多数の敵を相手にジャングルの中で一人戦っていた時でさえ、こんな心細い気持ちになったことはない。

 控えめな胸が上下していて、相棒の呼吸は安定している。起き出す気配はない。

 彼女には世話になっている。具体的に何かをしてやりたかった。

「・・・・・・・・・・・・」

 深い考えがあったわけではない。

 両手で包み込むように、そっと手を握った。柔らかくて華奢な手だったが、温かい。

 すると不意に、相棒の口が動いた。

 起きていたのか? 心臓の鼓動がわずかに早くなる。

「あほ、バカ、鈍感・・・・・・」

 寝言だ。夢でも見ているらしい。

 しかし、馬鹿にしてほしいとは願ったが、いきなり第一声がそれとは。

 いったいどんな夢を見ているのだか。安堵のため息が漏れる。

「早く目、覚ませよな」

 起こさないように、小声で囁いた。

 しばらくは戦闘を控えて、相棒に寄り添っているとしよう。

 ザップ将軍がサイゴンを落とす日も近そうだし、これを機に長期休暇を取ってもいいかもしれない。

 傭兵にも休息は必要だ。

 握った温かい手から、規則正しい脈拍を感じ取れた。

 安心から、肩の力が抜ける。

 タムキーの時間が、穏やかに流れていった。


   *******


 つい先日、ホー・チ・ミンが亡くなったとの発表があった。七九歳。突然の心臓発作だったらしい。

『独立と自由ほど尊いものはない』とベトナム人民を鼓舞し続けた、国家元首ホー・チ・ミンの死は正直痛い。しかし、今さら北ベトナム優勢の流れは変わらないだろう。

 ホー・チ・ミンは腐敗や汚職に無縁で、禁欲的で無私な指導者だったという。

「ダイハンどもの国とは、大違いだな」

 北も南も独裁制で、指導者はどちらもモンスター。

 空港のベンチで、ホー・チ・ミンの業績を称える記事を読みながら、オレは呟いた。

 すぐそばの壁にも『ダイハンの残虐行為を忘れまい』という落書きがある。

「なーにカッコ付けてんのよ」

 隣でファッション誌を眺めていた相棒が、鼻先で笑った。

「いいだろ別に」

 肩を竦めて見せる。

「あんたは小難しいこと考えずに、『ダイハンは皆殺しだ』とか言ってればいいのよ。いつもみたいに」

「それじゃあオレが、馬鹿みたいじゃねーか」

「あんたは大バカでしょ」

 相棒はケタケタと笑った。

「じゃあ、そんなオレに付き合ってるお前は?」

「あたしは天才よ。大バカと付き合えるなんて、天才ぐらいのもんでしょ?」

「なるほど」

 天才と何とかは紙一重、ということか。

「じゃ、そろそろ行くわよ」

 フライトの時刻が迫っていた。

「分かった、行くか」

 どちらからともなく腕を組んで歩き出す。

 組んだ腕が温かい。相棒からはハーブのような、優しい匂いが漂っていた。

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