モンスター
非韓三原則を支持します(^^/
ダイハンに家族を皆殺しにされた恨みから、ベトコン(南ベトナム解放民族戦線)の少年遊撃兵になった。
今のベトナムでは、そんな話は珍しくない。
そんな一人の少年兵が、米軍に捕まって拷問されていたところを、オレが助けた。
それが縁となり、今回の「ダイハンの司令官を殺ってほしい」という依頼が回ってきた。
クライアントはベトコンの幹部。オレが助けた少年の義父である。
これこそ憎しみの連鎖、というものだろう。
儒教の影響なのか、ダイハンは自らが有色人種であるにもかかわらず、他の有色人種に強い差別意識を持っている。
特に色が濃いほどその傾向が強く、ベトナム人をレイプして殺すぐらい、大したことだとは思っていない。
そのくせ、自分たちのことを聖人君子だと思っているのだから、どうしようもない。
人面獣心とは、ダイハンのことを言う。
そんなダイハンから何度も戦争犯罪をなすりつけられ、ベトコンも怒り心頭、オレに依頼が回ってきたわけだ。
「義憤にかられるのはいいけど、大事なのは報酬でしょ」
ホイアン市内にあるホテルの一室。
足を組み替えながら、相棒が言った。
「憎けりゃ殺す、それが人間ってもんだろ?」
オレは肩を竦めて見せる。
「それじゃ、ダイハンと一緒でしょうが。ニホンで言うところの『ミイラ取りがミイラ』じゃないの?」
「違う! あいつらは、憎しみがなくても殺るんだ。だから人間じゃない」
コニャックソーダをあおる。
あんなモンスターどもと、一緒にされて堪るか!
冗談だとしても、反吐が出る話だ。
――ああ、そうか。ベトコンの幹部もこんな気持ちになって、オレに依頼してきたのか。
本当はベトコンも自らの手でダイハンを殺りたいのだろうが、先のテト攻勢の失敗もあり、今はその余裕がないのだろう。
司令官を殺れば、さすがのダイハンも弱体化するはず。そこを叩くつもりだろう。
「それに、報酬額も決して悪くない」
「ならまあ、いいけど。あれもこれもと、あまり欲張らないようにね」
渋々という感じだが、相棒は頷いた。
一応、納得してくれたのらしい。
言い方はあれだが、相棒もオレを心配してくれているのだ。
「ま、怪我しない程度に頑張るさ」
コニャックソーダを飲み干した。
*******
1968年5月、南ベトナムクアンナム省――。
距離500メートル。快晴で、風はない。条件には恵まれている。
双眼鏡を脇に置き、迷彩ネットで覆ったドラグノフ(ソ連製の狙撃銃)に手を伸ばす。
ドラグノフの調整は済ましてあった。
伏射姿勢をとり、銃身を固定させる。
四倍固定スコープを覗き込むと、視界が切り替わった。
ダイハンの野営陣地が、ズームアップされる。
焦りは禁物。深呼吸して、肩の力を抜く。
スナイプ(狙撃)というのは、ただ単に射撃が上手ければ良いというものではない。
他にも擬装、陽動、欺瞞など、様々な手段を組み合わせて、敵を確実に倒す機会を捻り出さねばならない。
そして今が、その機会だ。ここまで長かった。
「オレは銃だ……」
自己暗示をかけ、集中力を高めてゆく。
不安も疑問も一切合切を意識の外へ追い出し、スコープの先に広がる世界に没頭する。
余計なことは考えない。
狙いすまして撃つ。
もはやそれだけだ。
ターゲットであるダイハンの顔を、スコープ中央に捉えた。醜い顔だ。
ゆっくりと、息を吐いてゆく。
トリガー(引き金)に指をかけ、遊びをなくす。
息を止めた。
ありえないことだが、ターゲットと目が合った気がした。濁った目だ。
「死ね」
心の声とともに、殺意が増幅される。
発砲。
着弾。
ターゲットの頭が、ザクロのように弾け飛んだ。
*******
敵の出方が分かり、敵の三倍以上の兵力を集めれば戦いは必ず勝つ。
その原則通りに作戦を実行し、着実に成果をあげている。
――ベトナム人民軍(北ベトナム軍)総司令官、ヴォー・グエン・ザップ将軍のことである。
孫子、ナポレオン、ロレンスなどの書物や、ゲリラ闘争を通じて独学で軍事知識を身に着けた「独学の将軍」。
その名采配から、西側諸国からは「赤いナポレオン」と恐れられる、ベトナム救国の英雄だ。
そのザップ将軍率いる北ベトナム軍が、ダイハンの軍勢をしたたかに叩き、大いに敗走させた。
さすがはザップ将軍だ。
この調子で早くベトナムから、ダイハンを駆逐してほしいものである。
ダイハンどもはその多くが、
「アイゴーッ!」
とか叫びながら、醜く死んでいったのだろう。
いい気味だ。
この世から残さず、消えてなくなれ。
――北ベトナム軍勝利の翌日の夜。
ホイアン市内にあるホテルの一室で、オレは勝利の美酒に酔っていた。
オレの働きが北ベトナム軍勝利の一助になったとすれば、最高のつまみである。
それにしても。
オレはため息をつく。
フランスやアメリカに敢然と立ち向かっていくベトナムに対して、中国やアメリカに擦り寄っていくダイハンの態度はどうだ。
醜悪という他ない。
どこまで腐っているのか。
「儒教の呪いでしょ」
と相棒は言っていた。
その相棒は今、酒のつまみを買いに行ってくれている。
オレも一緒に行くと言ったのだが、
「いいからいいから。足元ふらついてるじゃない」
と一人で行ってしまった。
別に、それほど酔ってはいないが。
コニャックソーダをあおる。
気をつかってくれたのだろう。いい相棒だ。
彼女はオレのことを「お人好しのバカ」と言うが、あいつだってけっこう……。
「ちと飲み過ぎたかな」
グラスの縁を舐める。
ペースを落として相棒を待つ。
――テト攻勢以降、アメリカでも反戦運動が活発になっているらしい。
ベトナム戦の終結も近いのかもしれない。
「今夜あたり、今後の話とかしてみるか」
戦争が終われば、傭兵に活躍の場はなくなる。
次の戦場を探さねばならない。それとも引退か。
それが、渡り鳥である傭兵の宿命だ。
「欲張るな、って言ってたな・・・・・・。そういうあいつは、どうするつもりなのかな」
手持ちぶさたで、何となくグラスを弄ぶ。
ホイアンの夜が、静かに更けていった。