プロローグ
ベトナム戦。
今も昔も、人類は不毛な争いをしています。進歩なし(^^;
強姦してから殺す。それがヤツらの、いつもの手口だ。
『共産主義者は人間ではない』とヤツらは教わっているそうだが、その非人道的なやり口を見る限り、どちらが人間なのか分からない。
虐殺、強姦、放火、略奪。
血生臭く、正視に耐えない。
この村は、米軍と友好関係にあったはずなのだが……。
ヤツらは歯牙にもかけないらしい。
陳腐なたとえなのかもしれないが、ファンタジーで出てくるオークやゴブリンが村を蹂躙すると、こんな感じになるのだろうか?
いくらなんでも「戦争だから」で許される有り様ではない。
化学兵器使用の噂まで聞く。
オレがクライアントから受けた依頼は、ヤツらの戦争犯罪の証拠を集めてくるというものだったから、仕事自体は簡単である。
しかしこの、皆殺しにされた村を見ていると――。
仕事以上のことをしたくなってくる。悪い癖だ。
オレは決して善人ではない。ただの傭兵だ。金さえ貰えば、大概のことはやる。
「とはいえ。こっちから金払ってでも殺りたくなる相手ってのは、いるもんだよな」
見上げると、夜の帳が下りようとしていた。
オレはため息をつき、生き残りを探して歩き始めた。
*******
1968年2月、南ベトナムクアンナム省――。
ジャングル戦はオレの最も得意とするところであり、武器弾薬も充分にある。
相手が十人――いや、十匹までなら、一人でも何とかなるだろう。
『金にもならないのに、バカじゃないの?』
と、今は別の地域に調査へ行っている相棒からは言われそうだが。まあ、たまには馬鹿をやってもよかろう。
だいたい、賢ければ今どき、傭兵なぞやってはいまい。
先日の皆殺しにされていた村だが、アメリカ軍と南ベトナム軍の調査によれば、やはりダイハンの仕業らしい。
しかもヤツらはそれを、自分らの軍服を着たベトコン(南ベトナム解放民族戦線)による陰謀だと、主張しているらしい。
「どこまで腐ってやがる、畜生が」
と吐き捨てたくもなる。
少なくとも、人の所業ではない。鬼畜にも劣る。
おっと、あまり感情的になってはいけない。判断を誤る。
オレは深呼吸をした。
さて――。
情報収集した結果、ヤツらの進軍ルートは検討がついている。
オレは振り向き、背後の方角に位置する村に目をやった。
もうじき日が暮れる。
パン!
オレが仕掛けておいた打ち上げ花火が、打ち上がった。
何ごとかと、ヤツらは確認に向かうはず。
ちゃちなトリックだが、オークやゴブリンには有効なはず。
あと数分で、交戦状態に入るだろう。
「オレは空気だ……」
自己暗示をかけ、気配を消すのに努める。
――己を殺して自然と同化する。
それがジャングル戦の基本にして、奥義である。
五分後。
ヤツらが、花火が上がった地点に近づきつつあった。
五匹だ。偵察部隊だろう。
その動きは索敵というより、まるで獲物を探す獣。凶器を所持した怪物だ。
あと数十メートルで、射程に入る。
奇襲の成否は、最初の一撃にかかっている。
重要な局面だ。集中する。
息を止めた。
発砲。
AK47(ソ連製のアサルト・ライフル)が火を噴き、7.62×39ミリ弾が襲いかかる。
「アイゴーッ!」
絶叫して、二匹が血塗れになって転がる。上々の出だしだ。
残りが何かを喚いて散開したが、何を言っているのか分からない。耳障りな雑音だ。
「人間の言葉喋れよ」
内心で毒づく。
ガガガガッ!
慌てふためく残りの三匹を、間断のない銃撃で追い詰めてゆく。
一人で戦うことの利点は、同士討ちの恐れがないことだ。四方八方、お構いなしに撃てる。
おまけに地の利は、こちらにある。
三匹がキル・ゾーン(殺傷有効範囲)に入った。
今だ!
ピンッ! 仕掛けておいたクレイモア(M18対人指向性地雷)を、ワイヤーで作動させる。
直後、無数のベアリング(鋼鉄製散弾)が扇状に吐き出される。
威力は絶大。ヤツらはことごとく、肉塊と化した。
「汚ぇ死体だな」
舌打ちする。鬼畜に同情なんてしない。
「この調子で、残りも片づけちまおう」
ヤツらはチキンだ。敵前逃亡癖がある。
あと五匹も派手に殺れば、撤退を始めるだろう。
ヤツらがかつての日本兵のように勇猛果敢だったなら、撤退に追い込むのは難しかっただろうが。
チキンは嫌いだが、こういう時は楽ができていい。
「せいぜい派手に殺って、ビビらせてやるとしよう」
オレは舌なめずりをしてから、再び気配を消した。
*******
翌日の夜。
オレはタムキー市内にあるホテルの一室で、相棒に電話していた。
「ああ、明後日にはそっちへ合流する」
『ちょっと遅れてるじゃない。なにやってたのよ?』
「いや、ちょっとヤボ用」
『ヤボ用って?』
「写真撮ってただけだよ」
『どんな写真よ。特ダネ?』
「アメリカ側の青龍部隊ってのに損害が出てな。いいのが撮れたよ」
別に嘘はついていない。情報操作はしているが。
昨日の戦闘の後、オレは写真撮影をしていた。
『で、儲けになるわけ?』
「大した儲けにはならんだろうけど。表の顔であるフリー・ジャーナリストらしいことも、一応やっとかないとさ」
『襲ったのは、ベトコンなの?』
「多分そうだろ。青龍部隊は米軍も持て余すような、極悪部隊だったらしいからな。恨みを買ったんだろ」
実際、強姦部隊と言われて悪名を轟かせていた。
『他に、ニュースはない?』
「兵士の間で、M16(アメリカ製のアサルト・ライフル)の動作不良が話題になってる。製造元のコルト社は、立場を悪くしそうだな」
話していたら喉が渇いた。
近くあったコニャックソーダを、一口あおる。
『アメリカの撤退も、近いのかしら』
「ああ。もともとアメリカがベトナムの農民を殺すのに、何の大義もないからな」
ましてや、アメリカから小遣い(援助金)をもらって参戦した従属国には、大義なんて欠片もない。
それから五分ほど話をしてから、電話を切った。
疲れた。電気を消してベッドに横になり、何となく天井を眺める。
そのまますぐに、泥のような眠りに落ちていった。
「ライダイハンのための正義」を応援します(^^/