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かかし

作者: 海田 洸

 雪が降り積もり、あたりは真っ白に染まっている。外に出る人はおらず。沈黙が周りに漂っている。今なら山の向こう側まで声が届きそうだ。叫んでみる。だが、返事はなかった。届かないのだろうか。

 もう少し大きな声で叫んでみる。だが・・・やはり駄目だった。

 どうにかならないかと、あたりを見渡していた。影が近づいてきている。

 声をかけてみた。しかし、そのまま前を過ぎ去っていった。

 誰からも声をかけられなかった。鳥も獣も近づいてこない。友などいない、ただその場に立ち尽くしているだけの人形なのだ。

 春が来た。まだ日はそう長くはないが、雪で心配することはもうないだろう。だが僕の着ている服、帽子、体を支える足も風でぼろぼろになっている。もう限界だろう。そう思っていた時、一人の少女が話しかけてきた。

「そんなところで何をしているの。」

少女は素朴な疑問を投げかけてきた。

『ただ立っているだけ。』

そう答えたつもりだ。

「なんか言いなさいよ。質問してるじゃない。」

僕はこの時やっと自分が声を出せていないことに気がついた。そして悔しく思った。

「話せないの。ただ立っているだけなんて退屈じゃないの。それにもうすぐ倒れてしまいそう。」

これだけのやり取りでここまで理解してくれたようだ。だが、話せないなら少女がここにいる理由はなくなるだろう。そして、また僕は一人になる。

「私もここにいるわ。」

そういい、少女は隣に座った。

 そのまま時は流れていき、夕焼けが見える。少女は立ち上がってそのまま去って行った。

少女が二度と戻ることはないのだと思った。一番長くともに時を過ごした少女だ。例えこの身が朽ち果てようとも記憶しているだろう。そのまま夜が過ぎるのを待った。

 また一人で過ごす一日が始まる。もう折れてしまいたかった。自ら足を折って横になってゆっくり休みたい。いい思い出を最後の日にしたかった。体を動かそうにも動かせない、自分のことさえ僕はままならない。そう思いながら日が昇った。

 朝早くから小さな人影が近づいてきている。昨日の少女だった。小さな体に大きなカバンを背負っている。少女は僕の前で立ち止まった。

「なおしてあげる。」

 少女のカバンからは、はさみや服、工作で使うようなものなどが取り出された。それを見て僕は自分自身を恨んだ。

 少女は服を切り始めた。次に白地の布を取り出した。そして切った布を一つひとつ縫い付け始めた。不器用な少女だった。何度も指を針でついてしまっている。それでも少女は手を止めなかった。

 痛々しい手はもう見ていられない。手伝いたい、やめさせたい。しかし、体は動かない。ただ作業を見ているしかなかった。

 ようやく手を止めた。手は傷だらけで、見るに耐えなかった。その手で僕の着ている服を取り、出来上がったものを着せた。白い布は服だった。既に形は出来上がっていた。前に比べ色が派手だった。ところどころ血がついてしまっている。

 着せ終わると少女は昨日と同じように隣に座った。カバンから袋を取り出しサンドイッチを食べ始めた。。

 少女はサンドイッチを一つひとつを大事そうに食べていた。

 今にも果ててしまいそうな僕を飾ってくれた少女は今、隣にいてくれる。その日は長く続いた。朝が来ては毎日来てくれる。いつしか村の中で僕たちは有名になっていた。

 人が集まるわけではない。人が通るようになったわけでもない。前と変わらない日々。少女と二人で過ごしている。

 いつまでも続くと思っていた。続いてほしかった。足が朽ちるまで。

 しかし、終わりを知らせたのは少女のほうだった。前日は来ていた少女は今日来ていない。なにか用事があるのだろうと、待っていた。

 ただ、来たのは少女ではなく、少女の悲しい知らせだった。

 通っていく人が話していた。少女は重病を患っていたらしい。寿命が短いということで、自分の好きなことをしてたらしい。そんな期間を自分の隣で過ごさせてしまった。なぜ、あの時朽ちてしまわなかったのか、なぜ人を求めてしまったのか。僕は僕を恨み、罵倒し、悲しませた。

 けど僕は折れなかった。僕が折れてしまえば少女も死んでしまうのではないかと思ったから。折れればいいと思った自分を憎みつつ、僕はここに立っている。いつまで立っていることができるだろう、もう少しもう少しと毎日を繰り返した。

 しかし、運命とは残酷なものだった。僕の気持ちも知らないで嵐の日が来てしまった。折れる寸前の足に、かかる負担はとてつもなく大きかった。だが、耐えようと頑張った。攻めて数分でもとこらえていたかった。


 嵐の日、少女は息を引き取った。そして翌日、かかしは消えてしまっていた。まるで、少女の魂とともに消えたかのように。

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