緊急特別企画・七夕の日に
この話は時系列的に、プロポーズ編より後、剛の出所1週間前くらいです。
夕暮れの日差しが差す事が無く、天がひっくり返った様に降り続く雨は止むことが無い。
「今夜は雨なんだ。残念だな」
俺と嫁さんこと飯田遥花は、家で二人、まったりと過ごしていた。
が、どしゃ降りの雨を見て、どこか寂しそうな表情で、遥花がそう呟いた。
「どうしてだ」
俺は何気なく聞いてみる。
「だって、今日は七夕でしょ。せっかく一年に一度、彦星様と織姫様が会える日なのに」
嫁さんは悲しさを隠すように笑ってみせた。
おそらく、自分とその伝説とを重ねているのだろう。
彼女も俺も、会いたかったのに会えない日々が続いた。どんなに想っても会える事はなかったからな。
「雨が降っただけで会えないなんて、悲しすぎるよ」
嫁さんは雨が上がる事の無い空を見つめていた。
七夕か。
確か、働き者の二人が夫婦になったら、ぜんぜん働かなくなって、それに怒った神様が二人を別れさせ、しっかり働くなら年に一度、七月七日の日に会えるようになった、って話だったかな。
ラブラブな夫婦を別れさせるとか、神様鬼か。
てか、遥花は知らないのか。
「織姫と彦星は雨が降っても会ってるぞ」
遥花はすっごい驚いたようで、開いた口が塞がらず、目が点になっていた。
今日もかわいいな。
「いやな、雨の日は天の川が氾濫して川を渡れないから二人が会えないだろう。でも、それじゃあんまりだってことで、カササギっていう鳥が何羽も集まって天の川に橋を架けるんだ。それで二人は雨の日でも無事会うことが出来るようになったんだ」
確かそんな感じだったと思う。
何せ小学生かそれ以下の時に聞いた話だったからな。あまり覚えてない。
「そうだったんだ。よかった」
遥花は不安がなくなったかように胸を撫で下ろしたが、また、悲しそうな顔で降り続く雨を眺めた。
「でも、やっぱり一年に一回は悲しいよ」
遥花はまた寂しそうに呟いた。
そらそうだ。俺だって遥花と一年に一回しか会えないなんて言われたら、悲しさの余りどうにか為ってしまうだろう。いや、なる自信がある。
俺は遥花を見ながら言った。
嫁さんの悲しい顔は見たくないからな。
「なあ、遥花。催涙雨って知ってるか」
遥花は心当たりが無いのか、顔に疑問を浮かべている。
「今日みたいに、七夕の日に降る雨の事を言うんだ。織姫と彦星が、七夕の日に会えない事を悲しんで涙を流し、それが雨となって下界に降り注ぐと言われている」
「じゃあ、この雨は二人の悲しみなんだね」
遥花は空を見つめながら言った。
確かにそうとも言えるが、俺は違うと考えている。
「この雨はな、二人が愛し合って、想い合っている証だと俺は思うんだ。二人が愛し合っていなければ、雨なんか降る事も無いし、想い合っていなければこんなに雨が降らないと思う」
依然として、雨は止む事無く降り続けている。まるで空の上の二人が会えないことを悲しむように。
「遥花。俺はな、お前が居なくなった時、これでもかって位泣いたんだ。一生分の悲しみを流しても足りないくらい泣いたんだ。それだけ遥花の事が好きだったんだって、愛していたんだって、その時初めて気が付いたんだ」
今でも思い出す。あの時の喪失感を、悲しみを。
「だから、想い続けた、探し続けた。いつか会える時が来ると信じて……」
「私もだよ」
遥花が俺の言葉に被せる様に言って来た。
「向こうに飛ばされて、こうちゃんや、お父さん、お母さん、みんなも居なくて、すごく寂しかったし、怖かった。でもね、こうちゃんが私を待っててくれてるって、探してくれてるって、ある時すごく感じたの。
だから私も想い続けたんだ。こうちゃんに会うんだって、絶対お嫁さんに為るんだって」
遥花は青い瞳にうっすらと涙を浮かべながら、綺麗なその目でこっちを見つめている。
嬉しいな。
遥花も同じ事を想っていたなんて。
俺はそっと遥花を抱き寄せる。
「二人が想い続けていれば、いつかどこかで必ず会えるし、二人に愛があれば一緒に暮らせる。俺達二人みたいにな」
「……うん」
遥花は俺の胸で静かに、嬉しそうに言った。
俺は幸せ者だ。こうして遥花と再開し、一緒に暮らせているんだから。
「それにな、遥花。雨上がりの空には虹が架かるんだ」
雨はいつの間にか上がっていて、雲の隙間からは夕日が顔をみせている。
「……うん。そうだね」
遥花と俺は空を見上げる。
空にはベガとアルタイルを結ぶように、天の川に虹の橋が架かリ始めていた。
今日が七夕だって、昨日の夕方気がついた(笑)