プロポーズ・その四 (完)
プロポーズ編はこれでお仕舞いじゃ。
「掴まえたぞ、遥花」
俺は遥花との追いかけっこの末、ようやく彼女を捉まえた。
思い返せば壮絶な追いかけっこだった。
ヤンキーの兄ちゃん、今思い返したらあれは多分、剛だったんじゃないかな。
まあ、そいつからバイクを強奪した後、俺は幾多の難所、ピンチを乗り越えた。
―――――
まずは山道、幾多のカーブを華麗に決め、坂道のショートカットをド派手に決めた。
あれには自分でも流石に驚いた。
剛、良いバイクをありがとうな。たぶんフレーム歪んだと思うけど。
めんご、めんご。
市街地では、那由多の如く迫りくるパトカーに追いかけられながらも、なんとか遥花に追い付けたのは、剛率いる暴走族のおかげだ。
剛、本当にありがとう。
そして、遥花を追い越した時、俺は偶然にもそこがあの公園の付近である事に気付いた。
その瞬間、俺の中に何かが走り、バイクを横に傾けドリフト駐車を敢行。
想定の位置よりだいぶ離れたが、俺の思惑は成功し、遥花は公園の入り口前で立ち止まり、そのまま公園のほうへ走っていった。
『いけよ。我はもう無理だ。タイヤは磨り減りパンク、フレームもがたがた。
だがお前の想いが届くというなら、悪くない』
ふいにそんな声が聞こえたような気がした。
『行け! 我の事は放っておけ、どうせ役目を終えた身だ。
だがお前は違う! これからだろうお前のすべき事は』
俺はその声に駆られ、バイクを飛び降りた。
センタースタンドも立てずに降りたから、当然バイクは倒れた。
すまない、ここまでありがとう。
口にすることなく、心の中でそう思いながら、俺は遥花を追いかけた。
気にするなと、ニヒルな口調で言われた気がしたがあれは気の性だったのだろうか。
そしてごめん、剛。
お前のバイク、廃車確定したわ。
いやー、めんごめんご。
さて、改めて遥花を追いかけ直したわけだが、なんでやねん。
なんであんな弱々しい走りでオリンピック選手とほぼ同じ速度で走れんねん。
ここまでの全力疾走は何やったん。
恥ずかしい話だが、俺の足の速さは、50m走、8秒後半と一般に比べて少し遅めだ。
そんな俺が、なおも一般人と同速度で走る彼女に追い付けるのか。
いや違う。弱気になるな。必ず追いつくんだ。
やっとここまで来たのに、ここで諦め切れるものか。
俺は雄叫びを上げながら韋駄天のような疾走をみせる。
気付けば、すぐそこにお前がいる。
あと少し、もう少しでお前を。
俺はなけなしの力を振り絞って手を伸ばす。
とうとう摑まえたぞ、って、おい、こら遥花! なんで避けんだよ!
しかも残像分身とか、小賢しいにも程があるわ!
信じられない。
こいつ、残像分身なんて高度なテクニックを見せてまでも俺から逃げたいらしい。
それよりもなんだその顔は! あざとかわいすぎんだろうが!
こうなったらもう自棄だ。絶対にその手を掴んでやる。
いやだ、て言っても、もう離さねーからな。
こんなかわいい嫁さんは誰にもやらん。
そこからはもうただの意地の張り合いだった。
―――――
こうちゃんしつこい!!
なんでそんなにぼろぼろになってまで追いかけてくるの。
こうちゃんはただの一般人でしょ。足遅いし!
こうちゃんの身体は酷くぼろぼろだった。
あれだけ無茶な運転をすれば普通はそうなる筈だ。服は破け、至る所から血が出ている。
左足なんか特に酷い。
靴は磨り減って裸足、しかも足の裏も擦り剥けて真っ赤だ。
どうして,なんでそこまでして私を。
そう考えた時、向こうの世界での自分の姿が脳裏に浮かんだ。
--ああ、そうか。
こうちゃんも一緒だったんだね。
私も向こうで数え切れないくらい傷を負った。
死にかけた事だって何度もある。
それでも私は戦った。
この世界に帰りたかったから、こうちゃんに会いたかったから。
こうちゃんのお嫁さんになりたかったから。
……なんだ、やっぱり好きなんじゃないか。
一緒に居たいんじゃないか。
どれだけ理屈を捏ねて、どれだけこの未来が怖くても。
私は彼と、こうちゃんとずーと一緒に居たい。
もう摑まっちゃおうか。
それでうーんと甘えちゃおう。
優しい彼の事だ。きっと受け入れてくれる。
そう思った瞬間、私はまたやってしまった。
せっかくこうちゃんが摑まえてくれる最大のチャンスだったのに、私と来たら。
あっちの世界の癖で、つい残像分身しちゃったよ~。
やばい、こうちゃんめっちゃ怒ってる。
怒りで後ろに変な幽霊が見えてるよー。
ここは一つ、あの作戦で行ってみよう。
私は可愛らしく舌を出して、首をやや傾ける。片目を粒って、手を前に合掌。
必殺!! テヘッ、ごめんね。withこうちゃんの為のとびっきりの笑顔を添えて。
どうだこれでゆる、してくれてない!!
きゃー、こうちゃんそれ摑もうとしてないよね、絶対違うよね。
だって後ろの幽霊が全力で殴りにかかってるもん。
そりゃこっちだって全力で避けるよ。
“ち”ってなんで舌打ちしてんの。なんで切れてんの!
切れたいのはこっちだよ。
こうちゃんの、バカァァア!!
そう思った所で私の視界が変わった。
あれ、私倒れてる、のかな。
おかしいな、やけにゆっくりだ。
まるで死にかけてるみたい。こわいなぁ。
「はるかぁぁぁぁああ!!」
声に釣られてそっちを見ると、こうちゃんが手を伸ばしていた。
やっと、手を伸ばしてくれたね。待ってたよ、あの時からずーっと。
「こうちゃん!」
私はその手を摑もうと自分の手を伸ばす。
手と手が重なり、体温が伝わってくる。
ただいまこうちゃん。
私やっとあなたの隣りにいれる覚悟が出来たよ。
こうちゃんは力強く私を引っ張って、ってあれ?
こうちゃん、なんで飛んでんの。
これじゃ結局。
私は倒れる瞬間、目を閉じた。
急に悪寒がこみ上げ、恐怖が襲ってきたからだ。
そして、気がついたらそこは。
こうちゃんの腕の中だった。
温かい。さっきの悪寒が嘘のようだ。
心が安らぐ。さっきの恐怖なんてどこにもない。
私達は起き上がり、見つめ合う。
あの日、あの時と同じような夕日が、私達を照らしていた。
「ただいま、こうちゃん」
私、本当に帰ってきたよ。あなたの隣りに。
散々振り回してごめん。けどようやく言える。
私に資格なんて無いのかもしれないけど、それでも私はあなたの隣りに居たい。
あなたが許してくれるなら、おこがましいかもだけど、ずっと側にいるよ。
だって、こんなにあなたが大好きだから。
「おかえり、遥花。さっそくだが……」
「待ってこうちゃん、私から言わせて」
もう、こうちゃんのせっかちさんめ。
こうゆう時はレディーファーストでしょう。
私は胸に手をあて、大きく深呼吸し、こうちゃんという幼馴染の男の子ではなく、今の飯田公平という男性を見つめて、覚悟を決めて言った。
「こうちゃんが知ってるような私じゃない。汚れてしまった私だけど、もしあなたが許してくれるなら、こんな私を好きでいてくれるなら」
私は今、ようやく想いを言える。
後ろ暗さは残ったままだし、私がして来た事が消えるわけじゃない。
でも、こんな私でいいのなら。あなたの隣に立つ資格も無い私でよければ。
「私はあなたのお嫁さんになりたいです。ずっとあなたの隣りに居させてください。
こんな私でも、もらってくれますか」
―――――
「私はあなたのお嫁さんになりたいです。ずっと隣りに居させてください。
こんな私でも、もらってくれますこうか」
夕日に照らされ、その赤い髪がさらに赤く染まり、綺麗な青い瞳がさらに映える。
その瞳にはいろんな感情が詰まっていた。
そうか、俺は今まで、遥花のこういった感情を無視していたんだな。
情けない。
本当、俺はダメな男だな。
好きな女の気持ちも判ってやれないなんて。
俺は改めて遥花を見つめる。
小さかった頃の面影は余りない。
綺麗な朱い髪はくすみ、陶磁のように白かった肌は日に焼け傷跡も目立ち、青い空の様に澄み切ったその瞳はあの頃に比べるとどこか曇りがある。
苦労してたんだな。俺はそんな変化にも気がつかなかったのか。
なんて男だよ、本当に。
だが、遥花はそんな俺のお嫁さんに来てくれると言う。
こんな情けない俺の隣りにずっと居てくれると言う。
昔ばかりを見つめていた俺の嫁に来てくれるという。
嬉しい。
俺は馬鹿だな。
こんなに思ってくれていた彼女の事を少しも考えていなかっただなんて。
改めて決めた。俺は誓おう。
「遥花、俺はお前の気持ちを判ってやれない時もある。たまに変なこともするし、それでお前を困らせるかもしれない。情けなくて、頼りにならない時もあるかも知れない。
ただ一つ、どんな時でも、お前がどんなに変わろうと、俺はお前を愛している。俺は君を幸せにしてみせる」
遥花は俺の言葉を一言一句、聞いてくれた。
俺はこいつを幸せに出来るのだろうか。
いや違うだろう。
出来るじゃない、幸せにするんだ。
俺の一生を賭けてでも、絶対に。
俺は胸ポケットから指輪の入った箱を取り出し遥花の前に差し出す。
指輪についてる石は、夕日の赤い光を取り込んで、燃えるように輝いている。
「そんな俺でよければ、俺の嫁さんになってくれ」
誓おう。
君を泣かせたりしない。
後悔なんかさせない。
君を必ず、幸せにすると。
遥花は指輪を手に取ると、左手の薬指に通す。
赤く、青く輝く指輪は、遥花の綺麗な手によく似合っている。
遥花の手は、汚くよごれてなんかいない。
そうじゃなければ、こんなに指輪が似合うなんてありえないから。
「こうちゃん!」
遥花は今にも泣き出しそうに微笑みながら抱きついてきた。
くそう、かわいいぜ。
「ありがとう。こんな私だけど、これからよろしくお願いします」
こっちこそだ。
こんな俺だがこれからよろしく頼む。
これからは、ずっと一緒だ。
お前と行きたい場所が沢山あるんだ。
お前と一緒にやりたいことが沢山あるんだ。
お前と一緒にしたいことが沢山あるんだ。
もうお前の手を拒まない、離したりしない。
もう不幸はいらない。
これからは二人で、沢山の幸せを作っていこう。
沈み行く太陽の中、俺たちはそっと、唇を重ねた。
Ifの世界
公平が遥花の手を掴めなかったら。
遥花:気がつくと、そこは向こうの世界だった。
私はもう、彼に想いを伝えることは出来ないだろう。
やっと自分に正直になれたのに。
公平:遥花がまた消えた。
俺はまた、手を掴めなかった。
本当に俺ってやつはどうしようもない人間だな。
→BAD ENDルートでした。
この考えが浮かんだ時の作者の焦りは半端じゃなかった。
自分でマジか、それはないって思いながらも、そっちで行こうとする自分がいた事に驚いた。
俺は打ち勝ったよ。自分自身に。
あ、公平に魔法が聞かなかった理由は、また今度話で出しますよ。
別に伏線でも何でもないですから。
あと、タイトルに(完)なんてつけてるけど、まだ終わらないよ。
ただプロポーズ編が終っただけだよ。
まだ、終わらないよ!!