プロポーズ・その一
書きだめしたい、しかし、追い付かない。
「どうぞ此方でございます」
ジュエリーKANEDAの大鳥さんから小さな箱を受けとった。
「ありがとうございます。代金は」
「今回はリングの部分と宝石の加工、その他諸々を含めまして此方のお値段です」
あれ?
以外に安い。それでも俺の給料1ヶ月分はしたけども。
「頑張ってくださいね」
大鳥さんがスッゴい応援しくれた。始めてきた客なのにこんなにサービスしてくれるなんて。
「ありがとうございます。頑張ってきます」
俄然やる気が出てきたわ。
よし、バシッと決めるぞ!
―――
「こうくん遅いな~」
飲み物を買いに行って早十分。私の旦那様こと飯田公平はまだ帰って来ない。
まったくもう、どこへ行ったのやら。
まさか、誘拐!?
いやいや、落ち着こうよ私。
いくらこうちゃんがイケメンで優しいナイスガイでも、こっちでそんな人間、・・・居ないことも無いわね。
でも、向こうに居た男の子が好きな神父様や、男の人ににばっかりアピールしてた貴族様みたいな人はそうそう、・・・いるわね。
あーもう、どうしよう。
頑張ってこっちに帰って来たのに、また離れ離れなんて嫌だよ~。
いっそ殺すか。
向こうでは生き残るために汚いこともしてきた。
私のこの手はもう汚れている。
魔族という人を何人も殺した。人間だって殺した。
すべては生きてこの世界に戻るため。そしてこうちゃんのお嫁さんになるため。
当時の私はこの目的を果たすためにどんなに汚いこともしていた。
それが正しいんだって自分に言い聞かせながら。
もう一度こうちゃんに会うにはそれしかないんだって必死に戦った。
だったら今更――。
いや、それはもうしたくない。
―――――
私がこの世界に帰って来た時、目の前にはこうちゃんがいた。
あの頃と変わらない、鋭いけど優しい目。
ゴワゴワしてそうだけど、実はフサフサモフモフな黒髪。
びっくりした時の表情。
うん、あの頃とぜんぜん変わらないこうちゃんだった。
もちろん変わったことある。
まず、背がすごく高くなってる。小さい頃は私よりも背が低かったのに今じゃ私が見上げるほどだ。
そして、体つきもすッごく男の子らしくなってる、向こうの戦士の人達みたいにがっちりしてるんじゃなくて、しっかりと引き締まってる体付きだ。
きゃー、のど仏も出てる。すッごいセクシー!!
子供の頃はやんちゃボーイで可愛いどこにでもいる少年だったけど、今のこうちゃんは誰がどうみてもイケメンだ、間違いない。
きっとモテモテでライバルも沢山いるんだろうなー。
私との約束を忘れて他の人と付き合ってたら嫌だなー。
えーい、絶対に負けるもんか。
いろいろ言いたい事はあったけど、こうちゃんに会ったらまず最初に言うことは昔から決めていた。
「ただいま、こうちゃッッ!?」
言い終わる前にこうちゃんは私に抱きついてきた。
エッ!? エッ!?
なになに?
こうちゃんが私を抱いている!?
うっそ!? 夢じゃないよね。
やったー、私の夢が叶ったよー!。
「おかえり、遥花」
あれ、こうちゃん泣いてる?。
なんで、私泣かせるような事――。
その瞬間私は、こうちゃんがどんな気持ちで私を待っていたかを察した。
それと同時に、ここに帰って来るまでにして来た事を思い出した。
ああ、そうか。
こうちゃんはずっと私を待っててくれたんだ。
寂しがり屋で優しいこうちゃんのことだ。私が居なくなった時は、きっと私のことを探してくれてたんだろう。
私はなんて幸せ者だろう。こんなに私の帰りを待っててくれた人がいるのだ。その人が私の無事を喜んでくれているのだ。
「ただいまこうちゃん」
そして私は、なんて愚か者だろう。
私が殺してきた人達にも、きっとその帰りを待っている人が居た筈だ。
私はその事を考えないで、ずっと自分勝手に動いてきた。
何より、ずーっと待っててくれたこうちゃんの事を裏切るようなことをした。
私は今、最高に幸せだ。
でもこの幸せのために何度手を汚したのだろう。
今もそこから、私が殺してきた人達が怨霊となって出て来るんじゃないのだろうか。
怖くなってきた。
そして、こうちゃんに申し訳なくなってきた。
「ごめんね、遅くなって」
「いいよ」
違う、そうじゃないんだよ。私はただ帰ることに必死で、実の所約束なんて、後回しにしていた薄情な女なんだよ。
「ごめんね、急にいなくなったりして」
「いいよ」
違うんだよ。本当は私、そんな事思ってすらいなかったんだよ。
「ごめんね、ペンダントこわしちゃった」
「いいよ、今ここに君がいるんだから」
ごめんね、違うんだ。私が本当に謝りたいのは、私が本当は汚いことをしてきた汚れた人間に成り下がった事だよ。
でも、それを口にすることは出来なかった。
まるで行方不明になった恋人と数十年ぶりに再会したように泣いているこうちゃんの顔を見ていると、口に出すのが恐ろしかった。
ごめんね、私って本当はずるい女なんだよ。
―――――
「どうした遥花! 何があった!??」
広場に戻ると嫁さんが泣いていた。
はあ!?
どうした、誰にやられた!
くそっ、俺が目を離した隙によくも!ゆるざぁん!!
「へっ!? こ、こうくん!? ち、違うの、これは目にごみが入って、もう取れたから平気だよ」
遥花は笑顔で答える。それはもう満面の笑みだった。
でもな嫁さん。俺にはわかる。
かなり無理した笑顔だろ、それは。
それに、どんなに誤魔化したって、誤魔化しきれねーよ。
その涙の跡は。
加えてだ。
「嘘をつくな。遥花は昔っから嘘をつくと、笑うときに左の八重歯を見せる癖があるからな」
遥花は慌てて口元を押さえる。右手でだ。
「それは嘘だ。本当は今みたいに右手で口を押さえる。何があったんだ。異世界の勇者様がこの世界のチンピラなんかに負けるはずがない。嫌なことでもあったか。もし良かったら俺に話してくれ」
遥花は「こうくんには敵わないなー」と、苦笑いをしたが、どこか陰のある表情をして。
「ごめんね、言えないよ」
と、後悔と悲しみ、自責の念がこもった声で言った。
やめてくれ、俺はお前のそんな顔見たくない。
遥花にそんな顔は似合わない。お前には天真爛漫に、天使も裸足で逃げ出すような無邪気な笑顔が似合ってるんだよ。
しょうがない。
本当はこの後、映画を観たりして時間を潰しつつ、夜景の見えるオシャレなレストランで食事をしてからこれを渡してプロポーズするという完璧な予定だったが、今、嫁さんを笑顔にするにはこれしかない。
「遥花! いや、遥花さん! お前に渡したい物がある」
俺は胸ポケットから例の箱を取り出し、勢いよく遥花の前に突き出すと、遥花の手前15センチの所でピタッと急停止。
箱についてあるボタンを押し、パカっと箱が開く。
もうおわかりだろう。
そう、結婚指輪だ。
ただの指輪じゃないぞ、プラチナ製のリングに特注で宝石をつけて貰った。
宝石はもちろん、昔遥花に送ったペンダントの石だ。
ちょうどいい塩梅に2つに割れていたから再利用させてもらった。
おいそこぉ!
けち臭いとか言うじゃねーぞ。こういうのは思い出が大事なんだよ。
お・も・い・で。
「遥花、あの時は保留にしたが、今度は俺から言わせてもらうぞ。
俺のお嫁さんになってください!!」
よし、ビシッと決まったぜ。
遥花は両手を口元に当て目を丸くしている。
よっし。計画通りだ。
俺の脳内嫁さん行動データでは、ここからさらにとびっきりの笑顔で、「うん」、もしくは、「とっくにお嫁さんだよ」、と色よい返事を。
を、おぉう!?。
「うそ? どうして?」
あ、あれれ~?
何で遥花ちゃん、悲しそうなの!?
ナンデ? ハルカナンデ?
俺、もしかしてやっちまったのか?
やばい、非常にまずい。
非常事態発生、非常事態発生!!
脳内公平! 緊急招集!!
繰り返す! 脳内公平! 緊急招集!!
どうやらここからはアドリブの時間のようだぜ。
公平は嫁の事になると嫁バカになりますが、世間一般の常識ではかなりのハイスペックです。
ジュエリーショップKANEEDA
新進気鋭のアクセサリー店。サービスもよく、お店の人も親身になってくれる。
確かな技術と信頼で、一生残る思い出を。(実在しません)
公平、遥花の脳内では結婚したようになってますが、実は式どころか戸籍登録すらしてないので実際はただの同居中の彼氏、彼女の関係です。(ここまでは。これ重要)