旦那さんとの食事
この話は前話の『嫁さんとの食事』の遥花視点です。
あと、暴走族の話に出てきた彼女が出てきます。
『今日はもう無理! 暑い! だるい! こうちゃんご飯食べに行こう』
という、私のわがままを、旦那様こと、飯田公平が受け入れてくれた訳で、今日はお外にご飯を食べに行きました。
行った所は大衆居酒屋。
向こうの酒場の雰囲気に似ていて、私には結構馴染み深かった。
だからだろうか。
あんな暴挙に出てしまったのは。
―――――
「とりあえず生を二つ。あと、シーザーサラダにから揚げ、今日のお勧めの三点盛りにホッケの炭火焼きと、遥花は何かあるか」
メニュー表から適当に料理を選んでテキパキと店員さんに伝えるこうちゃん。
大人だな~。
そのカッコいい様にみいっていると、こうちゃんが食べたい物はないかと私にメニュー表を差し出した。
些細な気遣いも出来る。なんて出来た旦那様だ。
はぁ~、こんな人のお嫁さんになれたなんて夢みたいだ。
っと、いけない、いけない。
店員さんを何時までも待たせるわけにもいかないので私も料理を適当に選ぶ事にした。
「うーん、あっ。じゃあ、アサリと海老のアヒージョをください」
元気な店員さんは注文を確認すると、「はい、よろこんで!」と言って笑顔で去って行った。
「ここ、あっちの世界のお店と似てる」
お店の雰囲気、店員さんのかけ声、お店の活気、お客さん達、それらの全てが、向こうでよく行っていた酒場に似ていて、思わず呟いた。
それを聞いたこうちゃんは何か聞こうと私をじっと見て、そっと目をそらした。
なんだったんだろう。気になる。
まあいいや。ご飯を食べてお酒を飲みながら話せばいんだし。
そう思って、私はふと向こうの世界でも、楽しいと感じられた数少ない思い出である、仲間達との思い出を振り返る。
あっちに行くつもりなんて、まったく無いし、二度と行きたくない。
けどせめて、私を支えてくれた彼らには、無事にこっちに帰ってこうちゃんのお嫁さんになれたよと伝えたい。
左手の薬指に嵌めている結婚指輪を眺めながら、そう思った。
―――
暫くして、元気な店員さんがビールと、取り皿、そして鯛にアサリにトマトといった野菜を白ワインと水で煮込んだ料理を出してくれた。
あっ、これに似たやつ、向こうでもあった。確かあれは何かのお祝いだったような。
「生二つお待ち!! あとこれは、なにやら新婚ラブラブなお二人さんにサービスです」
店員さんはとても爽やかな笑顔でそう言って去っていった。
何の料理か結局分からず終いだったが、私はそれどころではなかった。
「えへへ、新婚さんだ~」
店員さんの言ったその一言で、私はあまりの恥ずかしさと嬉しさに、何も考えられなかったからだ。
他人から言われると妙に恥ずかしいんだけど、嫌という感じじゃないし、むしろもっと言ってと思えてくるのは不思議だ。
そう。私はつい先日、こうちゃんの正式なお嫁さんになったのだ。
両親にも挨拶したし、戸籍も入れた。二人の気持ちはとっくに一緒だったから特に問題は無い。
私は遥・スーから、飯田遥花になったのだ。
もーっう、最高に幸せなのだ。
今でも指輪を見たり、人から言われたりすると顔が緩んでしまう。
たぶん今も、相当だらしない顔をしているのだろう。
だってこうちゃんがすっごい笑顔なんだもん。笑ってるもん。
だんだん恥ずかしくなってきた。
嫌いじゃないんだけど、こうも反応されると流石に困る。
……あっーもう!
こうちゃん、いつまでそうしてるのよ。流石に恥ずかしいんだよ。
ほら、とっとと乾杯するよ。
私は少し怒りながらグラスを持つ。
こうちゃんもいつの間にかグラスを構えていた。
「「かんぱーい」」
グラスのぶつかる渇いた音と、グラスから溢れそうになるビールの泡。
懐かしいなあ。
けど、今は懐かしさよりも、こうちゃんと一緒に乾杯をしている事が何よりも幸せで、何よりも嬉しかった。
「げふー。苦い。もう一杯」
うげー、やっぱり苦いよ~。
なんで大人の人たちは美味しそうに飲むんだろう。
あーでも、苦さの中にしっかりしたコク、というのがあるのかな。
それに、飲んでもその苦さが後に引かない。こういうのを“キレ”て言うのかな。
詰まるところ、私はこう思ったのだ。
「でも、こっちのお酒、向こうよりもぜんぜん美味しいね」
何気ない一言。それに目の前の旦那さんはひどく驚いている様だった。
「ちょっと待て。遥花、お前二十歳だろ。なんで酒の味がわかるんだ」
こうちゃんは信じられないと言いたげに、あっけからんとした顔で聞いてくる。
「なんでって、向こうじゃ15歳から飲んでもいいってなってたから、つい興味本位で」
なんだよう。私がお酒が飲めることがそんなにいけないのかよ。
そんな風にも取れた私は、向こうでお酒が飲めなかったことで嘗められたことを思い出し、強気になってこう言ってしまった。
「私、これでもお酒強いんだ。たぶんこうちゃんよりも」
これが全ての始まりだった。
自分でも解るぐらい、明らかに相手を挑発する様な言い方。こうちゃんがお酒に弱いと、勝手に思ったからこそ出た優越感。
うん。私、完全に煽ってた。
そして、当の旦那様はそんな煽りにこれでもかと乗ってきてしまった。
「舐めるなよ。俺だって高校でヤンチャな事だってしたし、大学では幾多の飲み屋を回って数多の酒豪を潰してきた」
うわ、こうちゃんの目が本気だ。
端的に言って、こうちゃんの目は獲物を刈る人のようにギラギラと輝いている。
やだ、めっちゃ恐い。
けどそんな所もワイルドでかっこいいな~。
「じゃあ、飲み比べでもする?」
ちょちょっおい。何言ってんだ私。
そりゃ、向こうでも何回か飲み比べして勝ったこともあるけれども、けれどもだよ。
あの時も結構一杯一杯だったし、仲間に解毒もして貰ってたし、とにかくギリギリだったんだけど。
そんな内心慌てふためく私に気付かずに、尚も力強い視線でこうちゃんは私を見ている。
「上等だ」
うわー、めっちゃ男らしい視線、かっこいい。じゃなくて。
やばい、勝てるビジョンが見えない。どうしようどうしよう。
私の胸の鼓動はどんどん早くなる。
この胸の高まりは恐怖、それとも高揚。……わからない。
けど、あのギラギラした視線に見つめられると心が昂ぶってしまう。
あーもう、為るようになってしまえ。
「よーし。勝った方がここの支払いね。負けないよ」
「ご注文のシーザーサラダと刺身の三点盛りをお持ち……」
ちょうどいい所に店員さんが料理を持ってきた。
私とこうちゃんは息を合わせたかのように同時に注文する。
「「追加注文で、一番強い(お)酒を頼む(お願いします)!!」
店員さんは呆気にとられた顔で料理を置くと、一瞬の間を置いたのち、さっきまでの爽やかで元気な声から一転。
「ふ、わかったよ。ちょっと待ってな」
と、長年酒場の店主を勤めてきたかのような年季あふれる渋い声でそう言った。
心なしか、顔も少し老けていた気がする店員さんは、店の奥へと姿を消していく。
「遥花、覚悟はいいか」
こうちゃんの顔は、確かな自身と不敵な笑みを作っている。まるで、自分が負ける筈がないとそう言っているみたいに。
「こうちゃんこそ。やめるなら今の内だよ」
こうなったら意地でも負けるもんか。敵無し、底なしの勇者と言われた実力見せてやるんだから。
―――――
それからの事はあまり覚えてない。
ただ、物凄く恥ずかしいような、楽しいような、そんなことをした気がする。
うーん、だめだ。思い出せない。私は一体何をしたんだ。
そんな訳で、私は気が付いたら、と言うか、ぼんやりとだが意識が戻ってきたのは、塀の上から飛び降りて気持ち悪くなってしゃがんだ辺りからだ。
「ウウ、気持ち悪い」
世界がぐるぐる回ってる。雑音が頭に鳴り響く。おまけに足に力が入らない。
うん、完全に酔っちゃったよ私。
「酔ってる時にそんな事するから」
こうちゃんは呆れた様に呟きながらやれやれといった感じで、笑いながらこちらを見ていた。
こんな状態のお嫁さんを笑いものにするなんて。
と、私は少し腹を立てたので、少し困らせてみることにした。
「こうちゃん、おんぶ!」
駄々をこねる子供のように、声を張っておんぶを要求してみる。
これで少しは困った態度を取るだろう。
と、そう思った私だったが、こうちゃんは少しもそんな態度は見せずに、サッと私の前の出てしゃがみ込んだ。
『ほら、はやく乗りな』と、口には出さずに目で語ってくるこうちゃん。
クハッッッ。私の旦那、超イケメン。
優しすぎてもうヤバイ。
「わーい」
というわけで、私は遠慮なくこうちゃんの背中に飛び込んだ。
当初の目的? 何の事かな。
困らせる? 旦那にそんな事をするわけがないじゃないか。
とにかく、今はこの幸せを堪能することにしよう。
私がこうちゃんに身を預けると、こうちゃんは私を揺らさないように立ち上がり、静かに歩き始めた。
「重くない?」
何気なく聞いてみる。
周りが見れば確かな歩みをしているこうちゃん。
けど、おんぶされてる私には解る。
こうちゃんが無理をしている事を。
「全然、だぜ」
そんな事はないと強がってまで、平静を装ったこうちゃん。
その優しさが堪らなく嬉しくて、今を生きてるこの瞬間が夢なんじゃないかと思ってしまう。
ううん、違う。
そう思わないと、私はこの幸せに押し潰されてしまうんだ。
「こうちゃん、私ね、こっちに帰ってから幸せだよ。まるで夢みたいに」
こうちゃんにしがみつく様に私は体を預け、こうちゃんの耳元でささやく様につぶやく様に言った。
……こうちゃん、なにかやらしい事を考えたでしょう。鼻の下が伸びてるよ。
でも、それが嫌だとは思えなかった。
それどころか、こうして要られることに幸せを感じる自分がいた。
それはまるで、胸が締め付けられるような幸せ。
彼の何もかもを受け入れてくれる優しさは、私に夢を、理想を、幸福を際限無く与えてくれる。
このまま、夢が覚めなければ良いのに。
この夢が覚めたら、またあの地獄が待っているのかもしれない。
堪えようのない幸せと恐怖が私の中で捻れ合う。
ああ、だめだ。またこの感覚だ。
幸せを感じると、どうしようもない恐怖を想い描いてしまう。
どうして、なんて今更だ。
わかっている。
私がどうしようもない事をしてしまったんだから。
それでもこの人と、一緒に要ることを決めたんだ。
この恐怖からは逃れることは出来ない。
けど、それをこうちゃんの前では出さないって、この人の妻になった時に決めた。
そうだった筈なのに、私は口を溢して自身の弱音を、恐怖を語ってしまった。
「私ね、頑張ったんだよ」
こうちゃんはそんな弱音を何も言わずに聞いてくれた。
「向こうに行って、右も左もわからかった」
「生き残るために色んな事を覚えさせられたし、覚えてきた」
「魔物に襲われて死にかけた事もあったし、いろんな人に騙された事もあった」
「帰る方法なんて見つから無かったし、周りもそんな事無理だって言った」
「助けた筈の相手が、実は裏切っていた事だってあった」
「そんな人達を私は手にかけた」
「もちろん、辛い事だけじゃなかったよ。私とこうちゃんの事を応援してくれる人だっていたし、助けてくれた人だって沢山いたよ。弱音を吐いた時に励ましてくれた人もいた。その人達のお陰で、私は帰って来れたから」
「沢山の命を奪って、沢山の人を裏切って、それでも私は帰りたかった。でも、いざ、貴方の元に帰って、こうちゃんの顔を見たら急に怖くなったの」
「私は向こうで酷い事をしてた。それは理解してたけど、仕方がないって、無理矢理正当化してた」
「こうちゃんのお嫁さんになるためだって、向こうのことは関係ないんだって。でも、こっちに帰って、こうちゃんの顔を見たら、その時の事を思い出して」
辛かった。苦しかった。怖かった。やりたくなかった。
向こうでの生活は、ずーとその繰り返しだった。
今思えばもっと違ったやり方もあった筈だ。
自分が、皆が傷付かずに済む方法がきっとあった筈だ。
それでも私はそれを選んだ。
それしか、知らなかったから。
向こうで犯した拭いきれない罪と後悔。
聞くに堪えない私の過去話をこうちゃんは何も言わずに聞いてくれていた。
気付けば私は目に涙を溜めていた。
「……ごめんね。こんな話、急に。重かったよね」
だめだなぁ。こんな事話すつもり無かったのに。
「遥花……」
いけない、いけない。
こうちゃんまで嫌な気持ちにさせてしまった。
そんなつもり無かったのに、私って奴は。
それを紛らわす様に、私はわざとらしく明るく言った。
「けど、今は大丈夫! こんな、重い女でも、こうちゃんは私をお嫁さんにしてくれた。もう、本当、夢みたいだよ」
明るく言ってみたが、改めて思うとこれ、最悪だ。
こうちゃんに甘えてる感がすごい。
こんなお嫁さんには成りたくなかったのに。
私は本当にひどい女だなぁ。
心の中を言い様ない、自己嫌悪感が襲った。
「……あーあっと、軽いなぁ。このくらい」
何でもないように、こうちゃんが呟いた。
さっきから膝も震えているのに、急にどうしたんだろう。
そう思ったが、こうちゃんは続けて言う。
「まったく、俺の嫁さんは軽過ぎるぜ、もっと肉付けた方がいいんじゃないか」
私は耳を疑う。
「こうちゃん、それ、女の子に酷いよ」
女の子は日々、ダイエットしてるんだよ。
それをこの旦那様は、乙女心がわかってないんじゃないの。
しかも軽すぎるって、私はそんな尻軽じゃありませんよーだ。
私の怒りを感じたのか、こうちゃんは、こっちを向く事はせずに、若干声も震えながら、言葉を続ける。
「俺は今、遥花を背負っている。自分の事を“重い"と言う遥花を、俺は背負って歩いている。
なんて事は無い。俺はお前を背負って歩いて行けるんだ。
どんなに遥花が重かろうが、俺はお前を背負っていける。
もし、それが嫌なら、俺がお前を支えて一緒に歩く。
だから、もう一人で抱え込むな。遥花の悩みは俺の悩みだ。
俺達はもう、夫婦なんだから」
こうちゃんのその言葉は、自己嫌悪と恐怖で一杯だった私の心を優しく包んでくれた。
もう、こうちゃんのばか。
なんで、そんなに優しいんだよ。
なんで、こんなにひどい女を愛してくれるだよ。
なんで、私をお嫁さんにしてくれたんだよ。
「こうちゃん、そんな事言われたら、私、甘えちゃうよ」
弱々しい声で私は言う。
ずるいよ。そんなことを言われたら、そうとしか言えないじゃないか。
「甘えればいいさ。遥花はずっと頑張ってきたんだから。
それに、妻に我慢をさせる夫になりたくないからな」
私の全てを受け入れてくれる優しい言葉。
それをこうちゃんは、さらっと堂々に言ってくれる。
「本当、夢みたいだな」
「馬鹿を言うな、これは夢じゃないぞ。
今日も明日もこれからも、ずーとそうだ。
悪い夢も、いい夢もない、ただ俺と遥花だけの幸せな現実だよ」
何を、と、こうちゃんはそんな風に言ったが、私はその言葉が何よりも心に残った。
自然と涙が頬を伝う。
こっちに帰ってから私、泣いてばっかりだな。
でも、全然嫌いじゃない。
向こうで流した涙は、その全てが悲しみと苦しみで、その度に心がすり減って行くの感じていた。
今流しているこの涙は、それとは真逆の、嬉しい涙だった。
涙を流していく度に心が満ちていく。
私はこれからも、恐怖という現実からは逃れられないだろう。
けど、私の隣にはこうちゃんがいる。
こんな私をお嫁さんに貰ってくれた、世界一格好良くて、世界一頼りになって、世界一優しい、私の旦那さん。
「こうちゃん、私、今がとっても幸せだよ」
この人と一緒ならどんな事だって乗り越えていける。
どんなに恐怖に襲われても、苦しい過去に悩まされても、きっとこうちゃんとなら、幸せな現実を送れる筈だ。
と、そう思った時、泣き疲れ、幸せに満たされた性か、急に眠気が襲ってきた。
「これからもずっとだ」
薄れ行く意識のなか、こうちゃんがそう静かに呟くのが聞こえた。
これからもずっと、この幸せという現実が続く。
嬉しいなあ。
けど、このままじゃ私が甘えているだけに成ってしまう。
それは私自身が許せない。
まどろみに任せて目を閉じ、私は静かに誓った。
こうちゃんは、支えて一緒に歩いてくれると言ってくれた。
なら、私もこうちゃんを支えられるような、そんな頼れる妻になろう。
それは、私が理想としている夫婦の形。
今はまだ、無理かもしれない。
けど、直ぐになって見せる。
私が世界一愛する旦那さんの為に。
そう思って、ふと見上げた夜空には、光輝くお月様が夜を優しく照らしてくれていた。
ーーー
そんなことを思った帰り道から夜が明けた朝。と言うかもうお昼の時間帯。
「こうちゃん、スッゴく頭が痛いんだけど。あと、お腹も気持ち悪い」
私は完全な二日酔いになっていた。
頭いたーい、おなかギュルギュルいってるよー。
ここまで酷いのはずいぶん久しぶりだった。
「はい、取りあえず薬と水飲んで。お粥でも作るからさ」
こうちゃんはさらっと二日酔いに効く薬と水を持ってきては、台所でお粥を作り始めた。
「こうちゃん、何か冷たい。甘えても良いって言ったくせに」
いや、確かにこうやって色々してくれてるよ。お粥だって作ってくれてるよ。
でもだよ。めっちゃ辛そうな嫁さんに向かって、そんなあっさりした態度はどうなのよ。
あっ、お粥の美味しそうな匂いが。
と、思いましたが、お粥の匂いを嗅いだ瞬間、おなかの気持ち悪さがが頂点に達した。
「うう、気持ち悪い」
「じゃあ、トイレに行こうね」
旦那さんはそう言って、私をトイレまでエスコート、という名の強制連行を行い、優しく背中を擦ってくれた。
「は、はずかしい」
なんでこんな恥ずかしい目に会わなきゃないけないの。
旦那さんの前で私、すごいカッコ悪いし、二日酔いでリバースする妻ってどうなのよ。
「こうちゃん、ニヤニヤし過ぎ! もーう、次はおんなじ目に合わせるんだから!」
そんな私のいたいけな乙女心のピンチを、これでもかと笑うのを必死に堪えている旦那の顔にすごく殺意が沸きました。
「勘違いしないでよね。私の本気はあんなもんじゃないんだから」
我ながら情けない。こんな事になってしまうなんて。
くそー、次は絶対に負けないんだから。
「飲みに行くのはいいが、今月はもう無理だぞ」
こうちゃんは自身の財布をひっくり返し、何も出てこないことを証明する。
あれ、ちょっと待って。そういえば、私、こっちに帰ってから買い物とかのお金払ってなくない。
えっ、つまり私ってニート? ヒモ?
猛烈な罪悪感が、私に突き刺さる。
「今月は遣いすぎたからな。後は今月の残り日数分の生活費しかない」
こうちゃんは溜め息を吐きながら、今月の懐事情を説明した。
その顔は何処と無く哀しそうで、自分の無力を嘆いているようにも見えた。
「だから、また来月にでも行こうか」
と思ったら、問題ないと、眩しい笑顔を作ってそう言ってくれた。
ヤバイ、私、情けない。
旦那様を支える所かむしろ、おんぶに抱っこで支えられている。
このままじゃいけない。
そう思った私は決意した。
「絶対に行こうね」
次は、私が払おう。その為にもお金を稼がなきゃ。
旦那様を支える為にも、幸せに胡座をかいて手放さない為にも。
うん、そうだ。少しでもこうちゃんの負担を減らしていこう。
それが私の、こうちゃんとの幸せを享受するのに必要な一つ目の対価なのだから。
私がトイレにこもって決意を新たにした時、急にインターホンが部屋に鳴り響いた。
誰だろう、こんな朝早くに。いや、もう昼だったか。
私は急な来訪者に対してそう思った。
「はーい」
と、こうちゃんは玄関の方に駆け足で向かい、私もその後について行く。
こうちゃんが扉を開けると、そこにはスーツ姿で眼鏡を掛けた小柄の、何処か懐かしい気がする女性が立っていた。
「やあ、久しぶりだね」
「市之瀬さん? どうしたんです突然」
女性が気軽な感じで手を挙げて挨拶すると、こうちゃんは少し驚いたように女性が訪れた訳を聞いていた。
あれれ、この人、誰だっけ~。
私はというと、女性の事を思い出すのに必死だった。
なんだろう、もうちょっとで出てきそう何だけどなぁ。
「いやなに、遥花君が見つかったという噂を聞いてね。まあ、当の本人は覚えていないようだがね」
ふええっ! 本当にすみません。
どうしよう、本当に思い出せない。かなり仲良くしてくれてた気がするのに。
そうやって私が狼狽していると、女性は肩を竦めながらヤレヤレと口にしてからこう言った。
「まあ、君は当時から公平君一筋だったからね。それに君がいなくなってもう10年だ、仕方ないよ」
「遥花。この人は市之瀬真希さん。ほら子供の頃、近所に住んでて、よく剛も入れて四人で遊んだだろ」
「――あっ!」
こうちゃんが教えてくれた事でようやく思い出せた。
と同時に、私は口を開く。
「真希ちゃ、じゃなくて真希さん、ご、ごめんなさい!」
私は真希さんに謝った。
子供の頃、私達の近所に住んでいた私達のお姉さんのような存在。
誰に対しても理知的で、誰に対しても厳しくて優しく、色んな事を教えてくれた人。
勿論、私も、色々と教わった。
「どうやら思い出してくれたみたいだね。それから、ボクの事は昔みたいに真希ちゃんって呼んでくれてかまわないよ」
真希さん、じゃなくて真希ちゃんは表情を変えずに、わずかに唇を上げてそう言った。
昔からこの人はあまり感情を表に出す人じゃなかったが、それは今でも変わってないみたいだ。
とりあえず、怒って無い様なのでよかったとしよう。
「それはそうと君、かなり酒臭いよ。昨日はどれだけ飲んだんだい? 公平君も苦労しただろう」
と思ったら、そんな事はなかった。
真希ちゃんは昔から怒ったら、淡々と相手の悪い所をピンポイントで突いて、説教を始める。
加えて、その冷静な喋りと透き通る様な声が、ピンポイントで突いた所を更に突き刺してくる感覚に陥るのだ。
下手に怒鳴られるよりも、ずっとこわいのである。
「ボク達がどれだけ心配したと思っているんだ。それなのに連絡一つ寄越さないなんて酷いじゃないか。そんなにボク達は嫌われてたのかな。君は今何をしているんだい、公平君と一緒に暮らし始めたというのは聞いたけど、まさか頼りぱなしって事はないよね。それに……」
やっぱり真希ちゃんの説教はこわい。
堪らず私はこうちゃんに助けを求めて振り替える。
って、こうちゃん、なにもっと言ってやってください見たいな顔してるのよ。
ちょっ、えぇ。
わかった、わかったから旦那、助けてください。
ほら、ここ玄関だよ。真希ちゃんを家に入れるとかなんかして話そらしてくださいよ。
お願いしますから。
そんな私の思いは通じる事はなかった。
そうして結局、私と真希ちゃんの10年ぶりの再会は10分間に及ぶ、玄関で二日酔い状態での説教だった。
私のライフはもうゼロよ。
「まあまあ、市之瀬さんもその辺にして、とりあえず中に入りませんか」
真希ちゃんの説教があらかた終わった所でこうちゃんがそう言った。
遅いすぎるよ、と言えるほど、私にライフは残っていない。
「そうだね、続きは中でしようか。ではお邪魔させて貰うよ」
真希ちゃんはそう言って靴を脱いで家に上がる。
うっそぉぉぉ、まだ続くのぉ。
そう思って、私はその場から動けなかった。
「まあ、君が無事、生きて此方に帰って来てくれて、本当に嬉しいよ」
説教をうけ、玄関で茫然と立ち尽くす私の肩を叩いてそう言った。
よかったー、許してくれたっぽい。
でもあれ。なんか違和感が合った気がするんだけど。
「遥花ー、ちょっと手伝って」
「あっ、はーい」
まあ、いっか。
私は深く考えることなく、リビングに向かった。
遥花「ねえ、こうちゃん。知ってる?」
公平「なにがだい」
遥花「この『幼馴染みの俺の嫁さんが異世界の勇 者様だったんだが』っていう私達の物語」
公平「うん」
遥花「いつの間にかアクセスが3000越えてて、PV も1000件越えてるんだよ」
公平「マジかよ!」ドーン
遥花「しかも、ブックマークも六件着いてて、感 想も評価も貰ってるんだよ」
公平「テッタ作品で一番の人気作じゃねーか。これはいよいよ書籍化もあり得るんじゃ……」
遥花「甘いよこうちゃん!」ビシッ
公平「何だって!?」ガーン
遥花「この小説家になろうという世界に一体どれ くらいの作品が投稿されてると思うの?
軽く見てもで8万件以上はあるんだよ」ズラー
公平「多すぎだろう!」
遥花「そう、読者様から見ればそれだけ選択肢がある。そんな中で、私達の物語を見つけて読んでくれた人がこんなにいるんだよ」
公平「いや、俺自信ととしては、遥花を人目にさらしたくないんだが」
遥花「こうちゃんのバカ」ギュッ
公平「俺はお前が好きだ」ギュッ
公平「しかし、そんなに読者もいるのにテッタは 8月の間、一回も投稿しなかったわけだろ う」
遥花「うん、そうなんだよ」
公平「しかも、書き溜めすらしてない。こんなん で、俺達の物語本当に終わるのか」
遥花「こうちゃん、私も同じことを考えてた。で も思い出して。作者は元々、疲れたときの癒 しとして、この物語を作ったんだよ」ニヤリ
公平「つまり、テッタは今平穏とした日々を過ごしている訳か」ハァ
遥花「全然そんなことないよ」サラッ
公平「違うんかい!」ドーン
遥花「単にかける状況じゃなかったってだけで、 疲れてはいるよ」
公平「じゃあ、こうしてまた投稿されたと言うこ とは」
遥花「うん、ネタは溜まってるから、更新はされると思うよ。相変わらず不定期だけどね」
公平「そうか、まあ、どんな感じで俺達の物語を 作り上げるか楽しみだな」
遥花「そうだね。私はこうちゃんとの子供が早く 欲しいかな」ポッ
公平「 」ボフッ!!
みなさん、本当にありがとうございます。
これからも、この作品をよろしくお願いします。
作者・テッタより




