俺の嫁さんは
俺こと、飯田公平は普通のサラリーマンだ。
今日も今日とて仕事で怒られてきた。
何しろまだ二十歳だ。今年で二十一だ。社会人生活も初めてだ。
くそー、と思いながら家への帰路をたどる。ちなみに今日は金曜日だ。
普通ならここで飲みにでも行こうぜと誘われる。しかし、俺は断った。
誤解しないでくれたまえ。
俺は別に会社の人との仲が悪いわけでもないし、飲みにいく友達だって普通にいる。
じゃあ、何故俺は真っ直ぐ家に帰っているのかというとだ。
俺には嫁がいるのだ。
おっと、誤解するなよ。二次元の、とか、妄想とかじゃない。現実の嫁だ。
しかも幼馴染だ。リアルで超絶かわいい、クウォーターの幼馴染だ。
ちょっと天然でドジな所もあるが、優しくて料理も上手い、できた嫁だ。
俺なんか本当に釣り合いが取れないくらいの女なのに、嫁さんは幼き日の、『将来はこうちゃんのお嫁さんになる』という約束を律儀に守ってくれた。本人も大変だったと言うのに。
あれはそう、もう12年も前になるのか。
ーーー
人気も少なくなった夕方の公園。ベンチに座る少女と少年を夕日が優しく照らしている
「こ~ちゃん」
「なんだよ」
「ありがとうね」
少女は少年つくったペンダントを首から提げ、天使でさえたじろぐ可憐な笑顔で言った。
少年の母親が、趣味でアクセサリーを作っているのを見て、子供ながらに頑張って作った物だった。
当時から好きだった少女に喜んで欲しくて。
「別に、綺麗な石があったからやっただけだ。俺が持ってるより、お前が着けた方が似合うと思ったから」
それは、少年が川原を散歩していた時に見つけた物だった。
澄み切った青色の石は、光にかざすと石の中で幾重にも屈折してさらに青く輝く。
それは少女が首から提げている今でも変わらなかった。
「……こうちゃん、私ね、こうちゃんのお嫁さんになる」
「はあぁ?」
突然の宣言に少年は驚いた。
確かに自分の想いが届くようにと打算を込めて送った。しかし、将来を約束するされるまでは想像していなかったようだ。
「おま、おまえなぁ、そういうのはもっと良く考えてから言うやつなんだぜ」
「じゅーうぶん、かんがえたもん。私、こうちゃんのこと、だ~いすきだし」
少年は嬉しかった。天にも昇るような気持ちになった。しかし、あまりに現実味が無かった。
相手は誰もが羨む高嶺の花、そんな少女が告げた言葉を、少年は理解し切れなかった。
「……わかったよ。だったら、10年後にもう一回聞くよ。十年後、俺たちが十八歳になって、お前の気持ちが変わらなかったら、結婚しよう」
ゆえに少年は、少女の告白を保留にした。
手を伸ばすことをしなかった。
少年にはまだ自信が無かったのだ。
自分の能力、見た目、その全てが少女に釣り合っていない。
だから、猶予を設けたのだ。自分を磨くため、少女に、未来の彼女にふさわしい男のなるために。
「わーい、やったー。やくそくだよ。わたしは将来、絶対にこうちゃんのお嫁さんになるから」
少女は飛び跳ねながら喜び、小指を前に出す。
少年はやれやれと思いながらも、決意を胸に少女と小指を結んだ。
しかし、少年は後悔する事になる。
あの時、理屈を捏ねて、建前を並べて答えを保留にした事を。もっと子供らしく、がむしゃらに、その手を掴もうとすれば良かったと。
次の日、少女は行方不明となった。
原因不明。突如として姿を消した少女は、神隠しにあったとまで言われるほど、その足取りを掴むことは出来なかった。
ーーー
当時小学生だった俺はあの時、ひたすら後悔しながら、学校にも行かずいろんな所を探し回った。
良く遊んだ公園、近所の裏山、ひっそりと佇む林、海辺の町、県外、国外。
そのたびに捜索依頼が出されすぐに家に連れ戻されたが、親は何も言わなかった。ただ一言。
「あの子はいたか?」
と言うだけだった。
その言葉が俺の心にさらに刺さった。
あいつはいなくなったりしない、俺と約束したんだから。だからそんなに悲しい顔なんかしないでくれ、もう居ないんだって顔をしないでくれ。
そんな否定が湧き上がる。
どうして、あの時、答え保留になんかしたのだろう。あの時格好つけずにもっと素直に答えるべきだったんだ。
あの時の後悔が渦を巻く。
もはや自分でも何を考え、何をしているかわからず、ただひたすらにあの子を、今は、俺の嫁さんの事を探した。
しかし嫁さんはどこにも居なかった。
ーーー
それから数ヶ月したときだった。
嫁さんが居なくなって1年がたっても俺は嫁さんを探していた。
また見つけられなかった、と俺はいつも二人で遊んでいた公園のベンチに座っていた。
そこは一年前、俺がペンダントを送った場所だった。
今でもその時の笑顔がよみがえる。
太陽が西の空に沈もうと、その色を真っ赤にさせている。
あの時と同じだった。
帰ろう。
そう思ってベンチを立とうとした時だった。
『・・しは、こ・ちゃんのお・・・んにな・ん・・ら』
俺は後ろを振り返る。辺りには、当然誰も居ない。
だが微かに聞こえたあの声は。
『・うちゃん、だ・す・だよ』
また聞こえた。やっぱりあいつの声だ。
「どこだ! どこに居る! 答えてくれ!」
俺はたまらずに叫び、公園を探した。
ベンチの下、滑り台の横、木の後ろ、目に付く所を片っ端から探した。
ここか、違う。ここでもない。どこにいる。
俺は息も途絶えるほど全力で彼女の姿を探す。
今度こそ伝えるから、つまらない意地なんて張らないで、格好悪くても伝えるから。
だから、だから。
そう思った瞬間、、あいつの声が鮮明に聞こえた。
「だから、私が帰るまで待ってて!」
それ以降、あいつの声が聞こえることは無かった。
しかし、俺は安心していた。
あいつは居なくなったわけじゃない。今も生きている。
あいつは無事だったんだ。
今は帰って来られない理由があるだけで、ちゃんと帰って来ると言った。
よかった、本当によかった。ただその言葉だけを呟きながら思った。
もうあいつを探すのはやめよう。
もう後悔をするのをやめよう。
あいつは帰って来ると言った。待っててと言った。
こうしちゃ居られない。
今度こそ、俺の思いを伝える。あいつに釣り合うような男になる。そして堂々と嫁さんとして迎えなくては。
だから、今だけは、泣いてもいいよな。
気付けぱ、俺は笑いながら、泣いていた。
ーーー
と、少し昔を思い出しみれば、気付けば家の前じゃないか。
嫁さんと再開した時の話はまた今度な。
俺は玄関の前で深呼吸をする。
家には仕事を持ち帰らない。もちろん嫌な事もだ。
ドアノブに手を掛け、玄関を開ける。
「ただいまー」
「おかえりー。っうわ、ちょ、ちょっと待って、って、きゃー」
嫁さんの声が悲鳴に変わったと同時に爆発が起きた。
「おわっ! だ、だいじょうぶかー!」
俺は靴を脱ぎ捨て部屋に入る。
嫁さんはキッチンの前でケホケホと咳き込んでいて、キッチンはものすごい火力で爆発が起きたのか、所々が黒ずんでいた。
あちゃー、またやっちゃったか。
咳が落ち着いた嫁さんは苦笑いしながらもピースサインを作りながら。
「だ、大丈夫デース」
と言った。うん、かわいい。
「今日はどうしたの?」
俺は嫁さんに優しく尋ねた。
「じ、実は、向こうの料理に魔法で魚を一気に焼き上げる調理法があって、それが美味しかったからこうくんにって思って」
嫁さんは目を泳がせながら、この惨状の原因を説明しだす。
ああ、困った顔も俺の為に料理をしてくれるのも最高にかわいい。エプロン姿も最高だ。
「そしたら急に、あのモンスターが」
そう言って嫁さんが指を指した。指の指し示した方を見るとほぼ黒焦げとなったGの姿があった。
「あ、あいつらには向こうで痛い目に逢わされたから、つい」
つい爆発魔法を放ってしまったわけか。
なるほど、うん、かわいいから許す。
だいたい嫁さんの前に姿を現したどころか、嫁さんを困らせるやつらが悪いんだ。嫁さんに非は無い。
「ご、ごめんなさい。キッチンをまた爆発させたし、今日の晩御飯も黒焦げになっちゃって」
嫁さんは目に涙をためながら謝る。そんなこと。
「どうでもいいよ、遥花に怪我が無くてよかった」
俺は遥花を抱き寄せる。からの頭をぽんぽん。
遥花はあたふたしていてどうなっているのか解っていないようっだった。
そんな仕草がかわい過ぎる。
「それに」
俺は片方の手で置いてあった黒焦げの魚を掴む。
手掴みは行儀が悪いがこれは味見だし許してもらおう。
遥花は「あ」と、口を広げ、「だめだよ、それは体に・・・」と言おうしていたが、かまう物か。
「この魚、美味しいし」
「……もう」
遥花は呆れてブスーと頬を膨らませていたが旨い物は旨い。
なんたって遥花が作った物だからな。
そんな俺を見て遥花は膨らませていた顔を溜息と共に崩し、天使のような、それでいてどこかイタズラ的な笑顔で笑いながら。
「わかった。じゃあこれからもっと美味しいの食べさせるからね。覚悟して待っててね、こうくん」
と言った。ああ、天にも昇るんじゃ~。
改めて、紹介しよう。
俺の嫁さん、飯田遥花、旧姓|遥花・スー。
日本人とイギリス人のクウォーターで、俺の幼馴染。
現在でも、天真爛漫、天然、ドジッ子、という素晴らしいスペックの持ち主に加えて。
「楽しみに待ってるよ、勇者様」
「まっかせなさーい!私のエクスガリバー捌きと火炎魔法の威力、とくと見よー!」
魔王を倒した異世界帰りの勇者様である。
ちなみに魚はやっぱり焦げたが、旨かった。
公平「エクスカリバーってビーム打つ奴じゃなかったけ?」
遥花「うーん、出そうと思えば出せるよ。なんか岩から引っこ抜いた時に出たから」
どこぞの騎士王「??」