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05 助け合いの心

 明け方。肌寒い空気の中目覚めた御者が移動の準備のため作業を始めるのとほぼ同時に、ローテーブルの脇で眠っていたフューシャも目を覚ました。昨夜遅くに始めた分析作業は4時間ほどで終わっていて、ローテーブルには魔石や布系の素材が3つの山を形成している。ほぼ夜を徹した作業になったため、魔力の消耗と睡眠不足が原因で、フューシャの顔色は少しよくなかった。

「あまり寝てないみたいだな?」

 やや疲れた顔をしている彼女を見て、心配そうに御者が声をかける。

「そうね、でも性分なので。人の気配には割と敏い方なのだけど、気を抜けない旅路は特に酷くなって眠りが浅いの」

 鑑定(しごと)の時だけは、人の気配にいちいち反応していたら、その度にモノクルに流している魔力が途切れて進まないし、集中していられるよう訓練したのよ。そう言って肩を竦めたフューシャは、立ち上がって服に付いた砂を払い落とす。

 やや明るくなり始めた周囲に目をやると、ドルイド達はフューシャが寝る前に埋め火にした焚き火のそばでまだ眠っていた。暖を取るためフューシャが火種を起こし、脇に集めてあった小枝の山からいくつかを放り込んで火を強めていると、その気配を察してか、高僧が目を開ける。

「……おや、朝ですか」

「はい。フレマ様、おはようございます」

 火が安定したところで2人は僧兵を起こして馬車後部の水瓶の所に向かい、生活用水として運んでいる水を手桶に汲むと、それで顔を洗った。

戦利品(ドロップ)、整理できてますよ」

 焚き火の傍に戻るなり、フューシャは石のローテーブルを示してそう言った。

「これ、詳細リストです」

 高僧に差し出されたのは細かな文字をインクで記した木の板。いわゆる木簡だった。手持ちの紙を節約しつつ一覧を作るために、手頃な薪を1本割って作ったらしい。記されているのは素材の名前と等級(ランク)、そして最適な用途。それぞれが完全一致するものが複数あれば、その個数もリストの最後の部分に記されていた。

「遅くまで鑑定なさって、そのうえで一覧にしてくれていたのですか」

「本職ですもの」

 これくらいは当然でしょう。そう言ったフューシャの顔をしばらく見つめていた僧兵が、「言っていいのかなあ?」という顔をして口を開く。

「昨夜は眠れましたか?」

 自分たちが寝た時は、随分小さくなってはいたが焚き火はまだ燃えていた。その時には御者はもう眠っていたため、火を埋めたのが彼女であることは明白で、火を処理した後も鑑定関係の作業をしていたのであれば、ほとんど寝ていないだろう。そう思っての言葉だった。

「眠れていないのなら、次の街へ着くまででも体を休めてください」

 その言葉にフューシャは小さく笑う。

「もちろん移動中に仮眠させてもらいます。でもその前に、戦利品(ドロップ)を分けてしまいませんと」

 朝ご飯を食べる暇なく、馬車に押し込められてしまいます。苦笑混じりにそう言ったフューシャは、ドルイドたちに背を向けると、旅行鞄の口を開けてゴソゴソと漁り始めた。そしておもむろに3枚の布巾着を取り出し、そのそれぞれにローテーブルの上の仕分け済み戦利品(ドロップ)を詰め込んでいく。時折、ローテーブルの下から取り出した新たな木簡に目を落とし、内容を確かめている。

「これをお持ちください。この木簡に2袋分の内容物をまとめておきました」

 ドルイド2人の前には、数分のうちに素材が詰まった布袋2つと木簡が1つ並べられた。

「大体は小粒すぎて換金するしか使い道がないですけれど、小銭にもならないような素材はありませんでした。いくつかは装飾(チャーム)に使えます。大きめサイズのものは、お守り(アミュレット)にするには魔力少なめみたいなので、爆発系の魔法陣刻んで投擲武器にでも使ってくださいな」

 差し出された袋と木簡を、最初に渡された木簡と引き換えるようにして受け取った高僧は、それらを自分の荷物に納めに行く。一方フューシャは自分の分の布袋を鞄に詰めると、おもむろにローテーブルの天板に右手のひらを当てた。すると右手を中心にした円陣が浮かび上がり、ローテーブルがさらりと崩れて元の砂地に戻る。それを確かめると、今度は焚き火の中に最初の木簡を放り込み、記録面を焼き消して自分の痕跡を消した。

 移動前の片付けが済むと、御者が3人を呼びに来た。どうやらのんびり朝ご飯を食べている暇はないらしい、と顔を見合わせた3人は焚き火に土を被せて完全に消してしまうと、それぞれの荷物を手に馬車に乗り込む。ほどなくして馬車は街道を進み始めた。



 3人は馬車に揺られながら、無言で朝食を食べ始めた。乾物を咀嚼する音と、時折革袋から水を飲む音だけが馬車内に響く。真っ先に食べ終えたフューシャは後始末を終えると、マントの前を合わせて眠りに落ちていった。ドルイドたちもフューシャほどではないが寝不足気味だったため、同じように仮眠を取ることにする。背後が静かになったことで客が仮眠中だと察した御者は、時折馬に声をかける以外沈黙を保ち、その眠りを守っていた。

 昼前に次の経由地である集落に到着した一行は、そこで別れることとなった。

「あなたの千里眼と戦闘力のおかげで助かりました」

「いえいえ。こちらこそ遠距離からの支援をしていただき助かりましたよ」

 また縁があれば。待合所の前で互いにそう言い合って、握手を交わす。そしてドルイドたちは集落を後にした。フューシャはここから更に南に向かう馬車がないか確かめるため、待合所の受付へ。しかし、南へ向かう馬車は一昨日に出たばかりで、次に来るのは3日後だという。

「困ったわね。そんなに待ってはいられないんだけど」

 フューシャは受付に礼を言って集落の中心部へ戻る。せめて消費した分の半分程度の保存食と水を補充しなければ。集落で唯一の商店に向かい、買い物ついでに店主である60代と思しき女性に話しかける。

「南の国境の街へ行きたいのですが、乗合馬車は3日後だと聞きました。私急いでいて、そんなに待っていられなくて」

「それは困ったねえ」

 ふーむ、と腕を組み、何やら考えている声を聞きながら、フューシャは買った食糧をカバンに詰め込む。すると詰め終えたタイミングで、女性が手を打った。

「隣村のロットが来ていなかったかな。ちょっと待っておいで」

 言い置いて店を飛び出した老女は、通りの斜向かいにある宿屋兼酒場のような建物に駆け込んでいった。少しして戻ってくる彼女の後ろには、フューシャと同じくらいの年代の男性が1人。

「あんた運がいいね。ロット、今日村に帰る予定だったらしいよ」

 戻ってきた老女は開口一番そう言った。彼女の後ろで、物珍しそうな顔でフューシャを見ている、藁色の髪の男性がそのロットらしい。

「南へ行きたいっていうのはお前さんかい? 俺はロット。ここから南に行ったところにある村のモンだ。うちの村の近くには街道が通ってる。俺は荷馬車で来てるから、途中までなら荷台に乗せてやれるがどうだ?」

 立て板に水の勢いでそう言われ、フューシャは軽く目を丸くする。

「途中まででも時間を短縮出来るなら、それはありがたいお話ですけど……。あなたのメリットは何でしょう?」

 首を傾げて問い返されたロットは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間頭を掻いてカラリとした笑い声を上げる。

「助け合いの精神、てことで納得しちゃあくれないかい? ここいらの村は小さくて、近隣と助けあって生きてきたんだ。困ってる人にゃ手を貸すのが普通でね」

「それでも私は部外者(よそもの)ですよ? 次にここに来るのは間違いなく都会(まち)へ帰るとき、それも確実にこの地域を経由するとは限らないんです」

 店先で繰り広げられる押し問答に店主の女性はしばらくオロオロしていたが、最後は意を決した顔で2人の間に割り込んだ。

「2人とも少し落ち着いて。理由が必要だというならコレを持って行って。ね?」

 フューシャに差し出されたのは1枚の小さく折り畳まれた紙。それは防水対策を施してあるのか、一般的な羊皮紙や植物の繊維を荒く織った物とは違う手触りで、広げると小柄な彼女が両手を広げたほどの大きさになる、この地域一帯の広域地図だった。集落や街道の位置、国境線を知る程度ならこれがあれば充分である。

「いいんですか? この手触りだとかなり希少な物だと思いますけど」

 受け取ったフューシャはすぐさまその特性を見抜き、怪訝な顔をする。

「あなたが目指しているのは南の国境、トーキンの街でしょう? そしてあなたはこの辺りには慣れていない。だったら必要になるはずだよ、冒険家さん?」

 これは売り物じゃあないから、これを返しに来るというのが、帰りにここを通る理由にはならないかね? そう問われてフューシャは黙り込む。そしてしばらく逡巡した後、諦め顔で頷いた。

「わかりました。お借りすることにします。方位盤(コンパス)はありますし方角さえつかめれば大丈夫かと」

 フューシャは、希少な紙を傷めないよう、かつ取り出しやすいよう気をつけて、地図をカバンにしまう。ロットは「話がついたなら俺は準備を始めることにする」と店を出ていき、老女はおもむろに2人分の茶を淹れ始めた。

「予定通りなら、夕方には迎えに来るでしょう。予定が特にないのなら、少しおしゃべりに付き合ってもらえる?」

 断る理由は特にないので、フューシャはそのまま店で老女との会話から情報を集めることにしたのだった。

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