04 魔法剣士
マグマの灯りで目をやられ、足裏の痛みに地面を踏み鳴らすトロル。その足踏みが生み出す地揺れに足を取られないよう気をつけながら、体の右側で腰溜めに大剣を構え、中段突きの体勢でフューシャは駆け出す。そしてその速度を利用して、僧兵が地道にダメージを与え続けていた右の脛にその剣先を沈ませた。
突如襲った更なる痛みにトロルが吼える。
「~~~っ!」
とんでもない声量に耳をやられながら、フューシャは骨を避けてふくらはぎを斬り払い、次の瞬間左脚を軸にして斜め後ろに跳んだ。脛をやられたトロルが膝から崩れて倒れ込むのを予期しての行動だった。そして読み通りに倒れ込んだトロルの頭上を火球が数発掠めていく。その弾数は先程までのものよりも多かったが、どうやら高位僧が着弾のタイミングを微妙に読み違えたらしい。
倒れ込みの直撃は避けたものの、耳をやられて跳ぶときに少しバランスを崩したフューシャは、痛みでのたうち回るトロルが腕を伸ばせば簡単に届く範囲にいる。さっさとカタをつけなければならないのは明白だった。
「っ!」
見境なく振り回されたトロルの右腕が、体の右側で剣先を下に構えるフューシャの左腕を打つ。暴れるトロルの腕力は、普通金属の篭手すら変形させる程のダメージを与えるが、フューシャの装備は革の胸当てに革の篭手という軽装。本来なら確実に腕を折られて泣き叫ぶところだが、彼女は痛みに軽く顔をしかめた程度で平然と安全圏を探して後退する。
(……くる!)
後退したフューシャは、上級魔術が放たれた時特有の魔力の波動を首すじに覚え、更に後ろへ飛び退る。次の瞬間、のたうつトロルの上空1メートル半程度の位置に光球が浮かび、そこから降り注いだ光がトロルそのものに火をつけた。その光景にフューシャは軽く目を見張る。
(炎の壁? ……違う、これは聖なる浄炎だわ!)
悪しきものを浄化の炎で焼き清めるこの魔術は対象が火だるまになるため、同じ効果を持つ火属性の上級魔術と混同されがちだが、実は光属性も併せ持つ特殊な複合魔術に分類される。複合魔術はその特性故に消費する魔力も必要な詠唱時間も単属性魔術と比べて半端なく多いため、使える者が限られるという話をフューシャは思い出した。
(火球外した直後に詠唱はじめたとみていいのに、こんな短時間で複合魔術の詠唱終わらせたの? 流石ね)
同道した高位僧はどうやら世間一般のドルイドから外れた実力を持っていたようだ。燃えるトロルを見つめながら、フューシャはぼんやりとそんなことを思っていた。
気がつくとトロルは黒焦げになってその息を絶たれており、その目前へ回復した僧兵がやってきて、自分の剣をその「トロルであったもの」に突き刺しているところだった。剣を引き抜くとトロルの姿は灰と化し、風に流されて消えていく。その光景にフューシャは終わりを悟り、肩に入っていた力を抜いた。それに合わせて大剣は本来の大きさである短剣へと姿を変える。
「終わりましたね。お疲れ様でした」
フューシャの傍にやってきた高位僧がそう言って2人を労う。そこへ合流した僧兵は右手に小さな革袋を握っていた。
「大した数ではありませんが、戦利品です。野営地で分けましょう」
ここでは暗すぎる。僧兵のその判断に頷いて、3人は焚き火を目指して歩き出した。
3人が野営地に戻ると、御者が安堵の色を顔に出して迎えた。
「遠目にもフレマ様の炎は見えてました。手強かったようですな」
その言葉に、高位僧がフューシャを手で示して答える。
「こちらの方のおかげで、ここから十分に距離を取って迎え撃てましたから、今夜はもう大丈夫だと思いますよ」
焚き火の傍で荷物から出した革袋の水を飲み一息つくと、戦利品の検分をすべく3人は再び集合する。しかし、焚き火の灯りに浮かび上がるフューシャの左腕をまじまじと見つめた僧兵がおずおずと口を開いた。
「そういえば、トロルに左腕を殴られていたようですが大丈夫ですか?」
多少距離を取っていたとはいえ、すぐに代われる位置にいた僧兵にはフューシャの戦闘の一部始終が見えていた。それで骨に異常がないか心配になったらしい。
「ああ、大丈夫ですよ。私の装備はすべて『モグラ』たちの特別製ですから」
特別なのは装備だけではないのだが、臨時でパーティを組んだだけの同道者にすべてを教えてやる必要はない。故にフューシャは当たり障りのないところだけを明かす。
「『モグラ』? 森ドワーフの職人たちですか。それならば納得ですね」
森ドワーフとは、森の地下に土竜のように穴を掘って集落を作るドワーフ族で、手先が器用なことで知られるドワーフたちの中でも武器や防具の製造を得意とする。彼らとの間に信頼関係が築けている装備品の専門店でも納品数はそう多くはないが、彼らが作る装備を愛用する冒険家は多く、冒険家の間では彼らの生活環境から『モグラ』の通称で呼ばれるのだった。
「地属性の魔術に心得があるというので、戦闘では後衛型の魔道士だと思っていましたが?」
今度は高位僧に訊かれた。
「本業は鑑定人ですけど、冒険家ギルドには魔法剣士で登録しています。いつもは短剣をさっきみたいに大剣に変えて、単独で狩ってるものだから魔法はあまり得意じゃないんですよ、実は」
フューシャは苦笑気味に語る。その顔には「積極的に言うつもりはないから黙っていたけど、騙すつもりはなかった」と書いてあった。
「大半が鉱石類でしたから、鑑定人のあなたにお任せすべきですかね」
気を取り直した僧兵がそう言って持っていた袋をフューシャに差し出す。左手で受け取ったフューシャは、手振りで少し離れるようドルイドたちに示し、おもむろに足元の砂地に右手を当てた。次の瞬間、手を当てたところより少し先の地面にやや大きな魔法陣のような円陣が浮かぶ。そして陣の面積ギリギリのところまでの土が盛り上がるように動き、地面から直接脚が生えた、石造りの四角いローテーブルを形成した。
その出来にひとつ頷いて、目を丸くするドルイドには構わず、革袋の中身をその作業台にぶちまけたフューシャは、モノクルを一旦かけ直すと、まっすぐ焚き火の正面にあぐらをかいて座り、焚き火からの灯りを頼りに、順番に検分しはじめた。
袋の中身は僧兵が言っていたように一部を除いて鉱石系素材だった。まずは石以外の素材(主に布類だった)を1度袋へ戻して、残った素材をざっくりと等級で分類し、グループに分けてテーブルに配置していく。5割が下の中から上、3割が中の下から中、2割が中の上から上の下という感じだった。
(ホントの意味での「下の下」はなかったわね)
最低ランクの素材がなかった事に安堵したフューシャは、次に下位素材に分類した鉱石をそれぞれ分析し始めた。それと同時にモノクルの縁が蒼い光を帯びる。彼女が普段からかけているこのモノクルは、身分の高い人に仕える執事のような服装のフューシャを更にそれっぽく見せる小道具ではない。フレームにあしらわれた魔石に魔力を通すことで持ち主が視認した素材の名称、詳細な等級、最適な使い道など、鑑定に必要な情報を脳内に浮かび上がらせる魔道具で、個人の好みで多少デザインは違えど、鑑定人の有資格者に必ず与えられるものだ。本来は鑑定中にしか出番がないものだが、フューシャはある理由から改造を施し、日常的に使っているのだった。
(あ、この欠片、そこそこ強い地属性の魔力持ってる。けど、サイズ的にはお守りより装飾向きね)
(こっちは大きさはお守り向きだけど、魔力量は少なめか。最適な使い道は……『爆発系の魔法陣を刻めば、着弾時に魔力を放出して爆発する投擲具に使える。』ね……。ふぅん?)
時間が経ち、焚き火が小さくなっていくにつれて、手元に届く灯りも弱まっていく。それでもフューシャはすべての分析を終えるまでテーブルにかじりついていた。気を利かせた御者が、座っている彼女の後ろに荷物をまとめて置いていっても気づきもしないその集中力は、御者とドルイドたちが少し距離を取って眠りについても続いた。
主人公のチートっぷりが少しずつ明らかに。
・本業は鑑定人。
・サブ職業は冒険家、ギルドには「魔法剣士」で登録。しかも後衛型魔道士と見せかけて前衛職。魔法はあまり得意じゃない。
・千里眼持ち。
・本文に詳しい説明はないけど、錬金術使えます(ローテーブルは「自分の魔力で錬成陣を描く」という力技で錬成)。
・短剣の変形はいわゆる「魔法」じゃない、特殊能力的な方面の特技によるもの(詳細は追々出す予定)。
序盤も序盤だってのに、こんだけ晒してまだ設定の半分くらいだって言っても、信じられる……?