01 鑑定人フューシャ
森の国と呼ばれる国のその街は、別名を「石の街」という。王都がある国の中心からは少し外れている、職人たちの街だ。一般的に、石像作りを専門にする工房や宝石職人の工房が大通りに建ち並ぶことがその由来だと思われているが、実はそうではない。この街の真の主は、冒険で得た石系の素材の鑑定を依頼する冒険家や、街に建ち並ぶ宝石や石材を加工する工房を顧客とする「鑑定人」達だ。
鑑定人。それは森の国では数少ない国家資格であり、持ち込まれる宝石や石材の等級を見極める専門家のことだ。彼らの専門性は近隣各国にも知られており、彼らが記した最高位の鑑定書が付いた素材を使った細工は、高級調度品として他国の宮殿を飾ることもあるという。鑑定人はそういう意味では人気職だが、生まれ持った資質が大きく物を言う職業でもあった。鑑定の精度が低ければ仕事にならないからだ。
建ち並ぶ工房の隙間に隠れるように店を構える、そんな彼らの中にも人気不人気はあり、人気がある鑑定人の1人は30代の女だった。常にウグイス色の執事服に朱赤のリボンタイ、右眼には金縁に薄茶のレンズの片眼鏡といういでたちの彼女は、この地域では見かけない赤紫色の長い髪を白い布でまとめており、それ故に同業者には「フューシャ」という呼び名で通っていた。
初夏の風が気持ちいい、ある晴れた日。人でごった返す生鮮市場で食材や日用品を買い、それらの紙袋を抱えて事務所兼住居のある工房街を目指して歩いていたフューシャは、道の真ん中でふと立ち止まる。
「エンリケ?」
呼びかけて振り返った彼女の正面には、彼女より頭2つ背が高い、いかにも冒険者ですといった風情の男が1人。何やらきまり悪そうに頭を掻いている。
「やっぱりバレたか。相変わらず気配に敏いよな、フューシャ」
「そうでもないわ。久しぶりね、冒険家のチームリーダーが、こんなところでどうしたの?」
仕事の依頼かしら? 言外にそう問うフューシャに、エンリケは言った。
「あんたに見てほしい石がある」
それを聞くやいなや、フューシャはくるりと踵を返して歩き出す。
「おい、待てよ!」
慌ててその後を追うエンリケに、フューシャは立ち止まりもせず言い放つ。
「悪いけど、他を当たってくれる? 私しばらく店を閉めるつもりなの」
「しばらくってどんくらいだ?」
「多分1ヶ月くらいね」
「マジかよ。で、どこ行くつもりだ?」
にべもない返事に、なおも食い下がるエンリケ。だが、フューシャの足は止まらない。混雑の中を縫うようにすいすいと進んでいく。
「この間、酒場のマスターからいい話聞いたのよ。南の国境行ってくるわ」
南の国境と聞いたエンリケが目を見張る。
「待て、俺の記憶が確かなら、狙いは白蛇か?!」
「そうよ」
トーゼンでしょ、と言い切るフューシャ。その足は未だ止まらない。
南の国境の白蛇。それは3週間ほど前から冒険家の間でたびたび話題に上る生き物だ。南の隣国である山の国との国境地帯にそびえる岩山には、白蛇が棲んでいる。白蛇は普段大人しいのだが、何かの弾みで暴れだしたという。目撃者は数日経てば大人しくなるかと思っていたがそうはならず、仕方なく地元を拠点とする冒険家にチームを組ませて狩ろうとしたが、山の主である白蛇は強く、生半な冒険家では手も足も出ないまま、日にちだけが過ぎていった。フューシャはそれを狩ろうというのだ。
「だから他を当たって?」
頑なに言い放つ彼女に、エンリケもとうとう折れた。
「あー、わーったわーった。今回は諦めるわ。でも、アンタそもそも戦えんのか?」
続く質問に、沈黙したまま生鮮市場を抜けるフューシャ。そのまま事務所兼自宅の、小さな2階建ての家まで戻ってきたが、エンリケの声は止まらない。仕方なく、玄関前で背後を振り返ったフューシャは言った。
「戦えるのか、と問われれば、是と答えるわね。一応冒険家の登録証は持ってるわ」
さらっと返って来た回答に、エンリケが再び目を見張る。
「おいおい。聞いてねえぞ、そんな話!」
驚きのあまり大きくなった相手の声に顔を少ししかめて、それでもフューシャは淡々と言う。
「そうね。大っぴらにしてる話じゃないもの。知ってるのは私の顧客でも付き合いの長いごく一部だけよ。それに、」
本業は鑑定人だから、あまり活動してないし。でも、手放すわけにはいかないから。そう続いた彼女の言葉にエンリケははた、と気づく。
「……もしかして、期限の問題か?」
「ええ、来月半ばで期限なの」
冒険家は登録制で、ギルドに登録するだけで簡単に名乗ることができる職業だが、その分活動実績がない「幽霊」も多い。そのため年に3度はギルドに行って依頼を受け、成功させて報告し、実績を作らなければならず、さらに毎年登録の更新を義務付けられている。
「そりゃ大変だ。でも白蛇は単独じゃキツイぞ? チーム組むアテあんのか? 必要ならうちのチームから人手貸すが」
「ないわね。でもなんとかなるわ」
ギルドには、普段単独で活動している冒険者がパーティを組む必要に迫られた際、即席パーティに欲しい職種を登録すると窓口で候補者をマッチングしてくれるシステムが構築されている。フューシャはそれを利用するつもりだった。
「わかった。酒場で聞いた以上の情報は俺にもないが、くれぐれも気をつけてな」
そう言って、エンリケは近場の鑑定人の事務所へと去っていった。




