第五話 夢の中でもやはり現実の考え方から抜け出せない
え?え……マジ?
先生の転入生という言葉が、私の頭に大量のはてなマークを送り込んできた。
なぜかって言えば、まず私は転入生来たれ〜とかは考えていなかったからだ。
まあ、その、実は……会いたいと思っていた人は居たんだけどね。
でも教壇の前に立っているのは、私と全く面識がない生徒――レイで、
もちろんその人とは別人。どういうことなの?
もう一つ、不思議だったのは
先生の方を見ていた華奢な背格好のレイが振り返り、
きょとんとした風にこちらを見た時のこと。
後ろ髪が首もとで外側にカールしているのが特徴的な、
儚げな淡い緑のゆるふわな髪。そして長い睫毛が柔和に影を落とした、紫色の大きく透き通った瞳。
なんというか、その姿はもう雰囲気が現実離れしている。
そんな、見たこともないし、現実からイメージしようにも
知らなきゃ出来ないような存在の人物を、どうやったら夢に見られるわけ?
いやいや考えろ自分、夢にはちょっとくらい妙なことはある。
そうだ、世界が違えば常識に囚われてはいけないと
幻想郷の某奇跡を起こせるあらびと神も言ってたし。
……だけど私、夢を自分の意思で操れてない部分が結構あるんじゃない?
見たことない人が転入してくる、なんてありえる?
明晰夢って何だっけーあれーー
「……僕は野藤レイです。これからよろしくお願いします」
柔和な声で行われた自己紹介に私はふと現実(実際は夢なんだけど!)に引き戻された。
その時は、へー、レイちゃんっていうのか……あれ?よく見たら制服男だ。
とか思ったけど、彼はまた中性的……いや、むしろ女子か? っていう感じである。
まあ、気をとり直して(?)私はだれーっと机に組んだ腕と頭を乗せた。
何か色々考えてたら疲れた気がする。夢でも、あの人には会えないのかー。
レイは空席だった私の席の後ろへ座るよう指示された。
彼は近くで見ると思ったより背丈はあった。百六十センチ台中間かな?
女子の中では高身長な明日美と同じか少し高い程度だと思う。っていうか、私が百五十センチ前半というのが……もうちょい欲しかった!
まあ、男子としては普通くらいだけど、
線が細い体つきだから余計彼はスラッとして見えた。
そんなレイを少しだけ妬みを込めてジトッと見ていたら、目が合った。
ゲッ、邪念を悟られたか!? なんて一瞬思ったが別段そんなわけでもなさそうだ。
ただ、彼はほんのわずかに首をかしげた。何かを疑問に思うかのように。
私はそれを特に気にも止めず、机に突っ伏して次の授業なんだっけー
理数系なら時間飛ばそうかなーなどと思案していた。
「ねえねえココロココロ、見てよ見てよ~」
休み時間、色々と二分の一でいい台詞だなと思いながら、
私の肩を叩く明日美に振り返る。
「あの子知ってる?」
彼女はそう言ってクラスの皆から質問攻めされるレイを指さした。
釣り気味アーモンド型の目を細め、どこかいぶかしげな様子だ。
「いや、見たこと無いな」
私が首を横に振ると、明日美は「やっぱそうか~」と取り囲まれたレイの方を見やる。
しっかし、転校生あるあるだよね。大変そうだけど、ちょっとすればすぐ落ち着くでしょ。
今この場で彼の周りに居ないのは、私と明日美、それから
一番後ろで窓側の席の、本を読んでいる三つ編みおさげの少女。
彼女は星原のぞみといって、私達とは親しく無くも無い(明日美は一方的に
のぞみにもハイテンションで突っ込んでいく)級友だけど、普段から無口で、
何を考えているのかは測りかねる。
後は現実でも内気な子とか、あんまり転入生とかに興味が無い子は
その辺で席に着いてたりふらふら立ち歩いたりしていた。
レイはしばらくの間は、
「ねえねえ、どこから来たの?」
「えーっと、ちょっと遠いところかな」
「どうしてこの学校に来たのですか?」
「僕の仲間が仲介してくれてね」
「好きな男子の……違った女子のタイプとかあんのか?」
「えっと、女の子の型式って何?」
「は?」
などという受け答えをしていたが、最後とか話が全くかみ合ってない。
後、素性とかも全っ然分かりそうも無かった。
ただ、彼は背後にお花畑が見えるような笑顔を時々困惑混じりにしつつ、
意味無意味問わず大量のクエスチョンに答えるばかりだった。
授業開始のチャイムが鳴る頃、赤茶色の髪を七三分けにした学級委員長が
黒縁眼鏡を光らせて人だかりを散らしていき、ようやくレイは解放されていた。
どこから見ても堅物な優等生(実際そうだけど)の
委員長の氷里マワルは、レイに二言三言何か言って、自分も席につく。
疲れたように苦笑しつつ、委員長と話す転入生の瞳の透き通った色から、
私は何故か空虚さを感じ取った。
……私も、次の授業の準備しようかな。
ほら明日美、まじこれってドリームミステリーだよねーとか
人の机に頬杖つきながら言ってないで早く席に着け。
やけに、瞼の向こう側が眩しい。
朝日と言うには目に優しくない量の太陽光線を顔に受け、
私は細く目を開けてベッドから起き出した。
うわっ、この日の高さだともう大分遅い時間じゃない。
カーテンをシャッ! っと高速スライドで閉めて
(朝日が眩しいなーなどと抜かしていられるレベルじゃ無い)
壁の時計を見ると十時を過ぎていた。朝ですら無くなりそうな時間だ。
まあ、でも今日は休日だもんね。明晰夢を見始めて最初の一週間、
学校が二倍って辛くね?まあ半分はわりと楽しかったけどさ。
なんとなく休日の気だるさに任せて、平日はきちんとやってる
ベッドメイキングもせず、ファンシーな枕もベットの上に転がしたまま顔を洗いに部屋を出た。
結局、昨日の夢は何だったんだろう。
眠気の残った頭で記憶をたどるうち、確信こそ無いけれど、
少しずつ、漠然としていた疑問に対する答えが浮かび上がる。
転入生の可憐な少年が、虚しそうに見つめていた完璧な世界。
そこは、もしかしたら。そして、その世界にいる人間のうちの、何人かは――――
自室に一度戻ろうと開けたドアの先に広がる光景を
目の当たりにした瞬間、私のぐだぐだした思考は中断された。
あの枕に頭を乗せ、私のベッドに横たわった妹が、
崩れ、穴の開いた空間の向こう側へと吸い込まれてく、まさにその瞬間に。